第32首 春道列樹_異世界3

山川に 風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり


 ゴウッと炎が火柱となり、モンスター化した山熊が塵となり消え去った。

 

 魔王にマジナイをかけられた動物あるいは人間は、細胞間に魔水晶の小さな小さな粉粒を散りばめられて異生物となる。魔水晶が繋ぎ止められないほど細胞が損傷すると、マジナイをかけられた生き物は形を留められず、身体中の煌めく粒子と共に風に消え去る。その光景は美しく、大昔の暴君はモンスターを生きたまま捕獲し、宴が佳境に差し掛かると一度に火をつけ、乱反射する魔水晶が舞い上がる情景を楽しんだとさえ言われる。

 

 「ルイのマジナイは相変わらず効果絶大だな」


 トーマは後ろから魔水晶の粉がついた剣にふっと息を吹き付けて、鞘に収めていた。彼も一匹退治したらしい。


 「この辺りは、少し前まで人が住んでいたようだから、火のエレメントが多いみたい」


 マジナイの呪文に反応したのは、料理をするために作られた火、松明や蝋燭の火として作られたエレメント達だった。


「そんなことも分かるんだね。全然そんな気配ないけど」


 そう言ったのは、格闘家のショーシャだった。汗を拭い、大きな胸を締めるサラシをさらにキツくしながら続けた。


「私たちが火を起しながら歩いたら、ルイの魔法はもっとエレメントを吸収してもっと強くなるんじゃない?」

 と、閃いたように早口で言うと、ずっと黙っていた黒髪のダリアが澄んだ小さな声で制した。

「バカね。生きている火では役に立たないわ」

「え?どう言うこと?」


 みんなの視線が一斉に私に向かった。私は水晶を撫で、お師匠様が何度も聞かせてくれた話を始めた。


「エレメントはね、幽霊みたいなものなの。役目を終えた火とか、水とかいろんな自然のエネルギーがまだやり残してるよーとか、まだ頑張れるよーとかそういう時に、私たちみたいなマジナイ師が呼んであげると力を貸してくれる」


 4人は横並びで森の中を進んだ。

 

「マジナイで作る火は、人間が手で作るよりずっと強くて怖いって言われるけど、そんなことないんだよ」


 初めて私がマジナイで作った火は、とても大きくて赤くて私は思わず泣いてしまった。もう絶対にマジナイなんて使わないと、お師匠様と一緒に住んでいた家を飛び出した。森に入り、いつもの遊び場の樹洞でしくしく泣いていると、そのうちそのまま寝てしまい、気付いた頃には辺りは真っ暗で隣にお師匠様が座っていた。

 お師匠様は私が目覚めたことに気付くと、指先にぼうっとマジナイの火を灯した。


「ルイの作る火はいつも綺麗だよ」

 昔、お師匠様が作った火のように指先にマジナイをかけた。トーマは初めて出会った時から私のマジナイを褒めてくれる。


 お師匠様の作る火はいつも暖かくて優しくて、柔らかかった。ついさっきまで恐れていたマジナイの火に、私は見惚れていた。

「綺麗だろ。マジナイの火を構成するエレメントはかつてどのように使われていたかで、その性質が決まるんだ。この辺りは、あまり火のエレメントはないな。せいぜい旅人が一晩の暖を取るために火を焚き大切に扱ったんだろう」

 ゆらゆらと、お師匠様の指先で燃える火が今にも消えそうに揺らめいていた。


 私は、後ろを歩いていたトーマを振り返った。

「ここの人たちはね、きっと火を囲んで幸せに暮らしていたんだよ」

 今はない村の気配が辺りに漂った気がした。食事を温める火、それを囲む家族の団欒。ひょっとしたら祭りにも使われていたかもしれない。マジナイの火から、そういう日常の優しいエレメントを感じた。

 トーマとみんなは、私の言ったことが分からない様子でポカンとしている。


「マジナイはエレメントのありがとうなんだよ、だから綺麗なの」


 ますます分からないという顔をされてしまったけれど、私はお師匠様の言葉を使ったせいか、お師匠様になれた気がした。嬉しくなって顔を緩めると、みんなもつられてくれて全員が笑顔になった。

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百人一首の情景 Fuyugiku. @fuyugiku000

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