第13首 陽成院_画家

筑波嶺の 峰より落つる男女川 恋ぞつもりて淵となりぬる


 ホルベインのホリゾンブルーの上に、少しだけ重いコンポーズブルーを乗せた。悲しいブルー。以前私が失恋したときに描き殴った雨の色だ。この色を見ると、そのときを思いだしてしまうので、私は密かに涙のブルーと呼んでいる。じわりとホリゾンブルーに広がった。筆先から少しずつ、涙を落とすようにコンポーズブルーを重ねていく。

次にピーコックブルーを筆に取り、紙の上の海を深くする。

遠く広がる海を描く。絵と会話をするように色を重ねて、私たちの関係を築き上げていく。人間関係も、絵のように出来上がっていく様を目で見ることができたらいいのに。ささいな一言、出来事が絵にどのように作用するのか、途中あるいは完成されてしまった絵が意図していた物なのか、知ることができたらどんなに分かりやすいだろうか。

波が浮かぶ真っ青な海に、カドミウムレッドが流血したらどうなるか想像してみる。突如現れた赤に画面の均衡が崩され不穏を表す警鐘となるだろうか。日常において、この赤の一滴は気付かれない。気付かれないまま、雫が周りの青を滲ませ広がり染めていく。気づいた頃には、もはや修正不可能な状態だろう。あるいは同様に、思いがけず素晴らしい絵が出来上がっているかもしれない。

 私は一つの関係、一つの人生を描くように一筆一筆を紙に重ねていった。

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