第12首 僧正遍照_高校生3

天津風 雲の通ひ路吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ 


 終わった……

 ライブは最高だった。推しはいつにも増してキレッキレのダンスだったし、今日のためにブリーチしたという金髪ショートは、黒のミリタリー風な衣装に映えて神だった。ライブ会場のスクリーンが、彼女の中性的で切長の挑むような目を映し、曲が終わってその顔が大きな笑顔に変わった瞬間、何度目かの恋に落ちた。

 達成感はあるが不思議と虚無感はない。スマホを取り出すと、一件のメッセージとファンクラブからメールがあった。

 絶対にクラスメイトにはバレないように、毎回あえて地元から遠い開催地のチケットを取っている。もちろん一人で、場合によっては友人たちと旅行と称して一泊することもある。今日は特急で帰れば十時には家に着くだろう。帰路はさっきまで同じライブを観ていた男たちでひしめき合っているが、素知らぬ顔をしていれば、仲間だとは思われない。

 ファンクラブからのメールは物販に関するものだった。ファンクラブ限定販売のグッズは大抵すぐに売り切れてしまう。僕のような隠れオタは、行動力はあるけれどグッズとなると二の足を踏んでしまう。愛でる場所もないし、自慢する相手もいない。それに、公式グッズがなくても、コンビニやCMで彼女たちを見ることができるし、ファンクラブに入っていれば、グッズができるまでだったり、CMの裏側を知ることができる。一般には見えないところを知っているということが、公になっている現実と彼女たちの真実(かどうかは、さておき)を繋げてくれる。だから、ライブが終わっても虚無感を感じないのだと思っている。事実、推しはライブ後の素顔をもうファンサイトにアップしてくれている。

「ライブどうだった? 」

 メッセージはクラスメイトの女子で、世界で唯一オタバレしている人間だ。彼女からのメッセージには、必ずスタンプが付いている。この眼帯をしたキャラクターが推しだそうだ。実際こんなやついないのに。でも、決して周りに隠さないところは、正直羨ましいとも思う。

「よかったよ」 

「え、それだけ!!?? 私なら目の前に現れたら気絶するかも」

「目の前ではない」

「やっぱり気絶しないかも、もったいない」

 噛み合わない。置き換えて、というか相手の立場に立って話をしてくれるのは良いのだけど、相手の立場に立って自分の萌えにすり替えるところがすごい。

 なんと返せば良いか二、三秒悩んでアプリをスワイプした。

 ライブはやっぱり特別だけど、彼女たちが汗水たらして泣きながら努力しているところを知っているから応援したくなる。僕がファンなのは、ライブパフォーマンスの素晴らしさや音楽の良さだけでなく、彼女たちがどうやって作り上げてきたか知っているから、出来上がったものはやっぱり特別だけど、ライブが完成ではなくてその前もその後も全ての彼女たちを応援している。単純にこんなに応援できる人がいるって凄いことだと思う。

 メッセージアプリを立ち上げた。

「推しに会えて、自分ほど幸せな人はいないと思った」

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