12.「ファン」


「—————じゃあ、後は頼んだわ…シーラちゃん」


副秘書長シーラとの通話を終え、有頂天うちょうてん 咫狸あたりは自宅を後にした。

未だに着慣れない喪服に気持ち悪さを感じながらもタクシーを呼び、運転手に行き先を告げて後部座席に身体を預けると、深く溜め息をついた。


「…悪いけど何か適当に番組流してくれる?」


「ええ、良いですよ」


気さくな返事が聞こえ、ミラーに目をやると運転手は女性だった。


年は恐らく二十代後半あたり。

髪型は後ろ髪を洒落た髪留めで一纏めにしており、下ろせば肩に届くぐらいの長さになるだろう。髪色は「黒」なのだが車内照明の影響か‥時々「紫」に見間違えてしまうこともある。


帽子を被っていたので初めは気づかなかったが、

透明感のある肌・高い鼻・宝石のような瞳…と容姿はかなり美麗。どこか気品のある雰囲気も相まって、まるで古い物語に出てくるお姫様のようだった。



「珍しい、ってよく言われるでしょ」


「ええ。大体の方には…」


ミラー越しに尋ねると運転手は指で髪をじりながらそう答え、ハンドルにあるボタンに触れると天井からモニターが顔を出した。



〈――――…会場の崩落! 未成年の少女、一名が死亡〉



そんなテロップが流れたあと、キャスターがニュースの概要を語り、関係者各所のインタビューの後で出演者がコメントしていく…。


「…どこも同じか…」


「かなり…衝撃的な事故でしたからね」


つい愚痴をこぼすと運転手も同調してくれた。

…聞くところによると、彼女は例の事故で亡くなった少女のファンだったらしくUtubeの動画を何度も見返していたのだという。


「———動画チャンネルも閉設してしまっていて、たまたま動画を保存してあったので助かりました。…まぁ、ほんとはダメなんですけど」


「なるほど…」


髪を指で回しながら彼女はそう告白すると、少し居た堪れなくなったのか更に話を続けた。


「そういえばご存じですか?

あのチャンネルの動画ですが、実は彼女の家にいるAIが撮っていたものらしくて…そのAIと思しき機械の姿が事故現場で見られたそうなんです」


「…AIが」


〝AI〟というワードで例の朝礼会議を思い出してしまい、咫狸あたりはため息まじりに答えていた。



「それも報道の映像じゃなくて…その場にいた観客が撮った動画に偶然映っていたもので…瓦礫がれきに埋もれた彼女を懸命に救助する様子が――――」



…と運転手は延々と話を続けていると、いつの間にか車は目的地に辿り着いていた。



「————こちら…でしたか」


行き先は住所のみで伝えていた為、目的地に着いた運転手はとても気まずそうな顔をしていた。


「今…扉を開けますね」


「悪いことをしてしまった…」という彼女なりの罪悪感からか。

運転席から飛び出した彼女は自ら後部座席の扉を開けようとしたが、


「…え」


後部座席に回ろうとしたところであるもの・・・・が目に入ってしまい、彼女は固まってしまった。



「姉ちゃん…この件は内密で」



運転手の手を取り、メーターに記載されたあたいよりも少し・・多めの額を支払うと、咫狸はその場を去っていった。


「————あ。ご利用ありがとうございました」


既にいなくなった乗客に向けて礼を述べ、運転席へと戻ろうとするが、


「ご冥福を。アイちゃん」


そう言って帽子を取ると、彼女は葬儀場に向かって深々と頭を下げていた…。


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