9.「デビュー」


【※※※※※※※。※※※】


「うん。いよいよ…だね」


本番まで30分。

ステージから遠く離れた楽屋に流れ込む数万の人の活気が絶えず私を締め続けている。ライブ開始の5時間前に会場入りし、柔軟・ボイトレ・リハーサル‥と入念な準備を行ってきた。


けれど、今日の主役は私じゃない。

会場のお客様は先輩方のライブを待ち望んでいるだけで私は前座。

期待されていないのは当たり前だし、きっと大なり小なり失敗もするだろう…。


でも今はそれでもいい。

たった一人だけでも・・・・・・・・・あたしというアイドルを認めてくれれば、それで大勝利なのだ。



(アイちゃん。そろそろ…)



「—————はい!」


 元気に返事をした後、鏡を見ながら衣装の最終確認をする。

着ている衣装は従者と共にデザインした特注品。

腹部を覆うピンクのコルセットが特徴的なワンピースを基調とした衣装ドレスだ。


「よし。いこうか」


桃紅に染まった長髪をなびかせながら従者と共に少女は楽屋を後にした…。



「いやぁ…私もここまで来たんだね」


【…はい。本当に、よくここまで頑張って来られましたね】


「うん。ありがとう。———————でもね」


【?】


「…怖い、って言ったら怒る?」


【‥‥】



 少女の言葉に従者は沈黙する。

この何万という人の活気の中に飛び込むのだ。弱気になるのも仕方がない事なのだろう。


【(いや…)】


「そうではない…」と従者は否定する。


想いと時間と努力。

ここに至るまでに懸けてきた自分の本気ほんきが無残に砕けてしまうことが16歳の少女にはとても恐ろしいことなのだ。


【私も…】


なぐさめ、はげまし、叱咤しった

…そういった飾り気のある言葉はいま必要ない。


従者に出来ることは主との絆を信じてただ〝正直〟でいることだけだったからだ。



【…私も。実は怖いのですよ】


自身を差しながら従者は正直に答えた。

…けれども、やはりそれが良くなかったのだろう。こうして本心を声に出しただけで従者の腕は震えてしまったのだから…。


「え…」


少女は歩みを止め、すぐさましゃがみ込むと従者の震えた手を握りしめていた。


【アイ様…】


・・・主を見つめる従者の目には幼き少女の姿が映る。



好奇心旺盛おうせいで、悪戯いたずら好き、

涙もろくて、寂しがりで、

たった一人に認めてもらいたい健気けなげな女の子。

…いつしか大人ぶるのが板につき、

誰かに甘えることを忘れてしまった少女が


『私、アイドルになる』


十五の夏…夢を言葉にした。


その背に山吹やまぶきの陽を浴びながら、

汗を流し、れた吐息をらす少女。


その姿を見た瞬間、従者わたくしは初めてときめき・・・・を覚えたのだ。



「——————」



そんな少女が今にも泣き出しそうな顔で私を見つめている。

あと数分で待ち望んだ舞台に立てるというのに何て愛おしい顔をしているのか。私に出来ることなど一つしかないというのに…。



【…アイ様、アイドルになってください】



冷たい腕で私は少女を優しく覆う。

私の想い・・を伝えるには力不足かもしれないけれど、

これ以上強く抱きしめたら衣装にシワが付いてしまうから。


…だから私は精一杯優しく抱きしめることに努めた。


「…ありがとう」


少女は立ち上がる。

そのりんとした顔にはもう幼い頃の面影はない。

それでも最後まで私の手を掴んだまま‥やはり少女しょうじょは舞台へと歩いていくと、


「じゃあ…行ってくるね!」


【はい。行ってらっしゃいませ。アイ様】


私の手をすり抜けて、少女は楽しそうに駆けていった。




道行く先は華やかな舞台。


二人で目指した始まりの舞台。


「輝き」を求めた少女のささやかな夢への第一歩だ。








      










      

■■■■ ■■■【そのはずだったのに…】■■ ■■■■■




バチンッ・・・



世界が千切れる終焉しゅうえんの序奏は、

まるで無造作にページを破られる絵本の断末魔。


何となくの暴力ヴァイオレンス

面白そうという無慈悲な好奇心コーラス


夢物語には不相応の悪趣味な賛歌さんかと共に開かれたそれは、

ひらいて「おしまい」の物語ものがたりだったのだ…。



【アイ様————————っっ!!!!】



‥‥そして、真っ黒な世界が少女に向かって墜ちていった。



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