10.「家出」


…あの事件から一週間の時が経った。


『ライブ会場で天井崩落。未成年一名が死亡』

『有名女性Utuber永眠。正体はあの政治家の娘か…?』


などと世間では色々と騒がれていたようだが、その全てが私にはどうでもいい事だった。


「…ご愁傷様しゅうしょうさま

 娘さん、本当に災難だったな。アキトー・・・・

 何か困ったことがあったら何でもいえよ。いつでも力になる」


「あぁ‥‥来てくれてありがとう。あっちゃん・・・・・


葬儀に来た一人の男が旦那様を訪ねると二人は握手を交わす。


黒髪のオールバック。生え揃えられた口ひげと顎髭あごひげ

やや筋肉質な体格をしたその男は旦那様とかなり仲が良いらしく、旦那様の顔に僅かながらの生気が戻っていた。



…参列者の名簿に目を通すと『有頂天 咫狸あたり』と記載されていた。






「—————それでは最後になりますが、本日はお忙しい中お集まり頂きまして誠にありがとうございます。冷葬・・終了後、ささやかではありますが食事をご用意しておりますので―――」


冷葬れいそう、という言葉に参列者の数人が首を傾げていた。



従来であれば、遺体を火葬し、遺骨をお墓に納める‥というのが一般的だが、2400年以降から将来の医療発達―――〝死からの蘇生〟を信じた者達による遺体を冷凍する葬法が始まった。


…勿論、ただ凍らせるだけでは腐食は免れないため専用液に浸した状態で氷漬けにするのだが、火葬と大きな違い事があるとすれば〝遺体の顔を永遠に見続けられる・・・・・・・・・・・・・・〟ということだ。



【・・・・】


それが悪い事だとは思わない。

一人の親として、娘の顔を見続けたいと願うことは間違いではないだろう。



ただ私から言わせれば、


【今までのアイ様を見もしなかった父親が

 死後の娘を見続けたいと願うのは自分勝手過ぎるのではないか?】


…という話である。



「‥‥っ‥‥」


【・・・】


氷漬けにされていくアイ様を見送りながら僅かに口を震わせる父親の姿…。


そんな風景を私は刺すように録画し続けていたが、この男・・・の言葉で私は生涯初めての激昂げきこうを体験することになる。




「————アイドルなんて馬鹿げたものを目指さなければ‥———」




この時、覚えていた事はただ一つ。

思考・電力・記録…と言ったあらゆる回路が過剰熱波オーバーヒートしそうなほどに熱かったことだけだった。



【ふざけるな!!!】



大声を上げて私は鉄のかいなを男の顔に振るい、主に背を向けて駆け出した。


何処どこへ‥という当てもない。

ただ初めて私の中で生まれた憤怒の感情エラーコードに従って全力で足を回し、


【…さようなら】



二度目の〝さようなら〟を愛する主に告げて、

AIは家出をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る