11.「さようなら」


曇天の下。

薄汚れた鉄の絡繰からくりが一体。

物珍しそうに眺める人々の視線を後目しりめに歩き続けていた。


主の元を離れてから三日の時が過ぎ、絡繰りは内部電力の大半を使い果たしていた。

装備された太陽光発電機構も初めは機能していたが、この曇天続きでは効果は望めず。…日を追うごとに稼働限界を迎えつつあった。


【アイ…様】


何処どこへ‥という考えは既に無い。

主を失ったAI、帰るべき場所を破棄した絡繰りには


何時いつまで主との思い出に浸れるか〟


が最優先すべき事項であった。





————————————・・・————————————




…それは主との最後。

会場の崩落に巻き込まれ、病院に搬送されたアイ様との記憶だった。


「・・・・」


緊急手術の末、急死を免れたアイ様は天井を見上げていた。

アイ様の急報を聞いた旦那様が病院を訪れたが、とある事情・・・・・により面会謝絶。…病室には私と看護婦のみが入室を許されていた。


【アイ様…】


私は複雑な感情にさいなまれていた。



――――‥どうしてこんな事になってしまったのか。

――――‥私が、いや私たち・・・が何を間違えたというのか。



私というAIは精神的に追い詰められていた。噴き上がる感情コードによる負荷で回路がどうにかなってしまいそうなほどに…。





       〝余命三日〟




…それが急死を免れたアイ様に残された命だった。


「命…あたし…みじかい…だって」


舞台に上がった直後、舞台天井が崩落。

落下した照明器具等によって頭部に衝撃を受けたアイ様は脳に強い障害を負った。


手足は若干動かせるが起き上がる事は出来ず、会話機能などのあらゆる機能が低下。さらには記憶の混濁も現れており、旦那様をはじめとした中年男性に対して痙攣けいれん癇癪かんしゃくといった強い拒否反応を起こしてしまう。


‥‥だが、何よりも恐ろしいのは低下した機能等によって誤認識された世界をアイ様が見続けていたことだった。




「…なれなかった…アイドル―――——お姉ちゃん・・・・・




アイ様にはAIたる私の姿が人間————それも自身の〝姉〟だと認識されていた。これが精神的な障害なのか事故による影響なのかは医師にも判断できないらしい。


もちろん、アイ様は生粋の一人っ子。

私が従事する前に姉・兄がいたという情報はない。

実際、年齢で言えば私の方が「妹」なのだが、正直私の姿がどんな風に見えているのか‥気にならないと言えば嘘になる。


【ええ‥‥本当に。残念でしたね。アイ・・



アイ様の中で姉と認識されている以上、私もアイ様の世界と同調しなくてはならない。自身と他の世界に差異がある事を知れば、その精神的負荷にアイ様の身体が耐えきれないからだ。


…だから、私は「星連ほしつらアイの姉」として共に在り続けることを決めた。


たとえ周囲にどんな目で見られようと、

たとえ数日後には徒労となってしまうとしても、

私は主への愛を止める事はできなかった…。





「————お姉…ちゃん…」


【‥‥どうしました?】


 二日目の深夜のことだった。その日の朝方、心肺停止したアイ様は何とか難を逃れたが、その後は意識不明の状態となり、夜を乗り越えられるかも危うい状況であった。


「余命三日」というのもあくまで医師の見解で実際は生きていることすらも奇跡に等しいことだと言うが、同じ奇跡が起きるのならば私はアイ様の回復を見狂しくも切望した。


アイドルになれなくとも、

昔のような生活に戻れないとしても、

私はアイ様の笑顔が見ていたい。


私はアイ様と・・・・。


「‥‥あたし…ね」


その瞬間、脳波を測る機器に異常があらわれる。

けたたましく鳴る警報アラームと激しく上下する脳波。

それは死がアイ様をさらうまでのカウントダウンであり、

同時にアイ様の最後のあらがいに思われた。



【頑張っ…】



知っていたはずの未来がもう間近に迫ると、私は無意識に声援を送ろうとしていた。



――――…何を頑張るというのだ。もうアイ様は充分に頑張って来たではないか。



どこにもやれない感情の塊を刃に変え、私は私を突き刺した。


私が一番近くで見て来たはずなのだ。

私が一番知っているはずなのだ。


くじける姿を、泣き崩れる姿を。

流した涙の数だけまぶたが肥えていく様を。


幾度も立ち上がって来た少女の強さを。

叶うかも分からない小さな願いのために奔走した少女の健気けなげさを。





「ほしかった‥‥み・・て—————————パパ・・に」




…ゆりかごから見上げる赤子のように。

天井を見上げながら微かに両腕を動かすと、少女の命はこと切れた。



【伝えます。————必ず】


…その数秒後に旦那様と看護婦・医者が駆け込んできたが、もう全てが終わった後だった。


「アイ‥‥?」


膝を崩す旦那様を横目に私は少女の手に触れる。


きっと、もう届かない言葉なのかもしれないけれど。

少女が快く眠れるように…と懐かしい言葉を私は告げる。


…最も言いたくなかった言葉を始めに付け足して。



【さようならアイ。そして…おやすみなさいアイ様・・・



・・・そうして、私は過去に生きるだけの絡繰りになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る