「ずっと・・・」

「————ただいま…」


玄関を潜り、誰に向けたわけでもない「ただいま」が家の暗闇に消えていく。

いつものようにシャワーを浴び、軽めの夕食を…と冷蔵庫を適当に開いていくと、


〈食べてね〉


とメモの貼られた箱が冷凍室に入っていた。


「なんだ…?」


取り出してテーブルの上で開くと、中には丁寧にラッピングされた棒アイスが入っていた。


「え…」


チョコレートでコーティングしたシンプルなものから、

果物やナッツ・ココアパウダー等で飾られたものなど…多彩な棒アイスの数々は食べるのが勿体ないほどに素晴らしいものであった。


「アイ…なのか?」


メモに書かれた筆跡を見つめながら私は昼間の出来事を思い出していた。


「バレンタイン…か」


果物で飾られたアイスを手に取り、いつの間にか私はそれを口にしていた。


「…!」


口の中で果実の甘みが広がり、ほのかなチョコの苦味と独特の粘りが果実の甘さを留めながらも芯にあるバニラアイスが徐々にチョコの粘りをほどいていき、最後は癖のない乳の甘さと果実の酸っぱさが口の中を整えてくれる。


「うまいな…」


年を取ったせいか…あの口の中で粘つく甘いチョコの具合が苦手になってしまった私にとって、このアイスは久しく忘れていたチョコの旨さを思い出させてくれた。


「次は…」


深夜にもかかわらず私はもう一本にも口をつけていた。

食感を重視したナッツ入りのチョコアイスは噛み応えもあり、ナッツの塩味とチョコの苦味の塩梅が絶妙に良い。これらに芯となったチョコアイスのシンプルな甘味が混ざることで塩味と甘みの永久機関が始まる。…万が一にも最後に塩味が残ってしまえば次のアイスを手にしてしまうのも必然という訳だが、


【————駄目だ】


残り一本‥となったところで自分の築いた何かが壊れそうな気がして私は右手を掴んだ。


【…私は変わってはいけない】


左胸を掴んで私は復唱する。


私は娘を守らなければならない。

私は強く在らねばならない。

厳粛に、気を緩まずに、私は「私」を殺し続けなければならない。

一時の感情で私は今まで殺し続けた「私達」を裏切ることなど出来ないのだ。


「…だから…」


これは、残りのチョコは、

いつか私が「私」を殺さなくてもよくなったその時まで…。


「とっておくことにしよう」



――――――――――――・・・———————————————




「——————そういえば」


あれから六年。

娘が亡くなってから暫く経った頃、テレビを見ていた私はあることを思い出して自室に駆けていった。


「確か‥————」




‥‥あの日、私は急いで小型の冷凍庫を買いに走った。

「キッチンの冷凍室に入れたままでは娘も嫌がるだろう…」と思ったからだが、私は一つ大きな間違いを犯してしまう。


…食べてしまったチョコの棒やラッピングなどを全て家の外で処理してしまったのだ。


〈父さん、おいしかった?〉

〈ああ、美味しかったぞ。ありがとうアイ〉


翌朝、アイが感想を求めて来たので私は正直に答えた。けれども娘は


〈…ふーん。そうなんだ〉


とキッチンをうろついた後、あのAIと何かを話していたが私は何も気にしなかった…。




「‥————あれは怒っていたんだな」


リビングのテーブルに置いた冷凍庫を六年越しに開くと、中には娘がくれた最初で最後のチョコがあった。


最後の一本は、バニラアイスにチョコをコーティングしたシンプルなチョコアイスであるが、そうでなければ六年経っても原型を留めてはいなかっただろう。


「いただきます」


あの日と変わらないチョコアイスを一口かじる。


苦味が、いつか食べたチョコの味と多くの悲しみを再生させる。

甘みが、あの日に食べたチョコの味と沢山の思い出を蘇らせる。


苦くて、甘い

甘くて、苦い


ホロホロ…と崩れるチョコを全て手ですくいながら私はそれを口に放り込む。


「おかしいな。六年も…経ったせい…かな」



苦くて、

甘くて、

少しだけ、

しょっぱくて…。




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