6.「動画」


「———じゃあ、そんな感じで。明日の日程はファイルに送ってあるから今日はシーラちゃんに従ってくれや。―――あぁ。俺はいつも通り好きにやらせてもらうさ。じゃ、よろしくヒトシ・・・~」


通話を切ったあと、何人かに一斉メールを送信したところで有頂天うちょうてん咫狸あたりは腕時計に目をやる。


…時刻は11時過ぎ。

いつもであれば馴染みのコンビニで昼食と漫画雑誌を買って秘書長室で時間を潰している頃だが例の朝礼会議が長引いたせいか‥今日は異様に腹が空いていた。


「どっか飯でも食いに‥‥ん?」


トイレから出ると見慣れた人物が視界に映る。


黒スーツが雑踏する内閣府内でひと際目立つ白衣。黒ぶちの眼鏡を中指で上げながら手元のタブレットを見つめる黒髪の青年は間違いなく明日あすあゆむであった。


「おいアスボー。昼飯食いに行こうぜ」


「え、嫌ですけど」


タブレットから顔を上げることなく歩はこれを断るのだが、


「まぁ、そう言うなよ。おごる・・・からさ」


「‥‥場所は?」


…年相応の反応を見せることもまれにある。








「ほぉ~…」


タクシーに乗ってから数十分。

咫狸と歩は都内のはずれにある小さな中華屋へと辿り着いた。


開け方にコツがいりそうな年季を帯びた木製サッシ。

日焼けた暖簾のれん

細かな模様をあしらった磨りガラス。

時代めいた店構えに咫狸あたりが感心するなか、


「早く行こう」


…それらに一切目をくれることも無く歩は引き戸に手を掛けていた。


「風情がないねぇ…お前は」


こんな所・・・・に連れてきて風情も何もないでしょ」


少し苛ついた様子の歩が扉を開けると、


「いらっしゃい坊ちゃん」


割烹着かっぽうぎ姿の優しそうな老婆が歩と咫狸を出迎え、奥のテーブル席に案内する。店内には数人の客のみで店の隅に置かれたテレビの音声がよく響いていた。


「チャーシュー麺を一つと…あと餃子を二人前で。アスボーは何にするよ?」


「醤油とカツ丼」


「は~い。いつものね」


注文を受けると老婆は二コリ…と笑って店の奥へと向かうと、テレビの音声に混じった店主の「あいよ!」という活気ある声が聞こえた気がした。


「…で。何の用なのさ」


 お冷を一口飲んでから歩は尋ねてきた。

…大方、店についた辺りでこちらの意図を察していたのだろう。


「ぶっちゃけよ…〈人型AI〉についてどう思うよ」


「ロマンは有るけど条件がキツイ。それに条件通りの存在が出来たとしても非力にされたAIが可哀そうだよ」


「…運営方法次第、ってところか」


「そこが肝だけど。やっぱり一番の問題はAIの精神面だね」


「何か今までのASBシリーズから上手く転用できたりとか出来ないのか?」


「それは無理。あれは各々の役割が決まった上で創ってるから…。

それに記録はコピーできてもAI独自の人格まではコピーできないからね」


「…なるほど」



――――‥じゃあ、AIの精神はどこに保管されてるんだ?


…などと無粋な事は聞くまい。


「お待たせしました~。は~い醤油とカツね~」


いつの間にか歩が白衣を脱ぐと店の奥から料理を持った老婆が現れた。


ほうれん草・かまぼこ・チャーシュー・メンマ・ネギ・海苔など具材沢山の醤油ラーメン。

蓋が被せられた小さめのカツ丼。

少量の漬け物と味噌汁の入った椀…。


それらを順に歩の前に置いていくと、


「お客さんのはもう少しで出来ますからね~」


気を遣ってか…咫狸にそう伝えると老婆は再び店の奥へと消えていった。


「それにしても何でひとしさんは急に人型AIなんて言い出したんだろうね」


「さぁな。俺的には面白そうだから何でもいいけど…結局いつものアレ・・じゃね」


「あぁ、娘さんの未来のため・・・・・・・・・、だっけ?」


「そうそう」


「酷い国だね。日本も」


箸を割り、特に咫狸あたりに断りを入れることも無くあゆむはカツ丼に手を付け始めていた。


「…にしても今になって人型AIか。何ならもう父さんが作ってたかもしれないね…」


「それは…マジで笑えねぇな」


珍しく歩が冗談を言ったところで咫狸はずっと気になっていた事を尋ねる。


「ところでよ——————お前、さっきから何見てんの?」


「え、動画だけど」


「何を今さら‥」とでも言いたげに不思議そうな顔を浮かべて歩はタブレットから視線を外す。…ここにきて、ようやく明日歩は咫狸の目を見て言葉を交わすのであった。


「…何かの研究資料か?」


「いや…UTubeの…」


「‥‥U‥‥はっ!?」


…明日歩という孤高の天才に初めて年相応の人間らしい一面を垣間見たからなのだろう。そのあまりの衝撃に咫狸は急いで立ち上がり、歩の前に置かれたタブレットを奪い取っていた。


『——————‥———————』


すると、そこには一人の少女の姿があった。


動画の内容はいわゆる「歌ってみた・踊ってみた」系のもの。

ただ、そういったたぐいのものは余程のインパクトがない限り素人が見たところで良し悪しが分かるわけでもない。


…けれども、少女の姿を一目見た瞬間、確かに咫狸は目を奪われていた。


「こういうの微塵みじんも興味ないんだけどさ。…この人には輝くものがあるんだよね」


「…どっかで見たな‥‥」


歩にも聞き取れないような小さな声で咫狸は呟く。

初めて見たはずの少女に何かの面影を感じながらも咫狸の目は引き寄せられるように動画の紹介文を読み始めていた。



動画のタイトルは「練習風景」

そして紹介文にはただ一言。


――――【#アイドルになる】————のみ。



「面白いじゃねぇか。この時代に〝アイドル〟なんて」


「・・・・」


ニヤリ…と笑みを浮かべながら動画を眺める咫狸あたりをよそに老婆は静かに料理をテーブルに並べていく。そんな老婆に悪いと思ったのか…歩が小さな声で「ありがとう、おばあちゃん」と礼を述べると老婆は優しく笑って歩に話しかける。


「変わった上司ね」


「いや、ただの変態だよ」


「あら…そう」


勘定をそっとテーブルに置くと、老婆はそそくさと店の奥に消えていった。

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