7.「アイ」
「———動画配信?」
トレーニングの休憩中、芸能事務所の募集要項に目を通していた時のこと。
トレーニングに付き添ってくれているあの子が動画配信サイト「Utube」に私のトレーニング風景を投稿したい、と言い出した。
「顔は‥‥。
いや、宣伝目的なら顔も出していかないと…だよね」
正直乗り気では無かったが、本気で何かを目指すのならば
「うーん」
鏡を見て、自分自身の顔をまじまじと見つめる。
――――…世間から見たら私は一体どんな風に映るのだろう。
不安と挑戦心がせめぎ合う中、血迷った私はこんなことを尋ねていた。
「私って…可愛いのかな?」
自分で言って恥ずかしくなりタオルで顔を覆う。
けれども一向に顔から熱が引く気配はなく、急いで近くにあったミネラルウォーターを飲み干して気を紛らわすことにした。
【※※! ※!※!※!】
隣にいたあの子が懸命に何かを伝えようと声を発し始めたので振り返ると、その手には私の端末が握られていた。
「…え。なに?」
差し出された端末を受け取って電源を入れると、
そこにはいつの間にか撮られた写真———笑顔でダンストレーニングをする私——と一文が添えられたメモが表示されていた。
〈アイ様の笑顔 私は大好きですよ〉
顔を上げると、
両手を腰に当てて上体を逸らしながら「えっへん」と満足げに構えるあの子の姿があった。
「そっ…か」
目を見開きながら間の抜けた返事をすると、緩みそうになる顔を抑えるように私はもう一度タオルで顔を覆う。
―――――こうも純粋に褒められると、どうしていいのか分からなくなる。
―――――この子は本当にそう思っているのかな。
褒められ慣れていない私はどうしても他人からの誉め言葉を受け止められなかった。
〝もっとすごい人はいる〟
〝もっとがんばっている人はいる〟
そう言って臆病な私は更に小さくなっていった。
何かを果たした時の達成感はあるけれど、やっぱり根底にある自分を認められない自分がいた。だけど…
【私は大好きですよ】
たった一言の何気ない言葉。
母にも、父にも、
友達にも、男の子にも、
誰にも言われたことのない初めての「大好き」を。
笑った私を心から褒めてくれたあの子の
私は一生忘れまいと誓った…。
――――――――・・・——————————
「———初めまして
年齢は
投稿し始めた動画をきっかけに私はとある有名芸能事務所にスカウトされることになった。
…かつて世を魅了し、圧巻し、白熱させ、羨望と希望と願望…と見るもの全ての〝望み〟を懸けられた存在———アイドル。
その在り方は孤高という
‥その在り方は頂点という人望の構造。
満天の星空からたった一つの輝きを見つける宝探し。
‥‥その在り方は平等に寄せて返す波。
少し足を伸ばせば触れることも出来る
こうして時代を超えてアイドルの概念は変わった。いや、本来の意味を忘れられたアイドルは別のものへと形を変えただけ。
〝スター〟〝アイドル〟〝アイドルグループ〟〝グループ〟
500年以上の時を過ごした〝アイドル〟は言葉を変え、
本来の意味を忘れられた形で存在を続けた結果…いつの間にか〝
「———私の夢はアイドルになる事です。
若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
…だから私は本当のアイドルを取り戻すことにした。
たとえ瞬きの光であったとしても私がここに在ることを証明するのだ。
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