13.「友人」
「秘書長、お疲れ様です」
「ああ。今日は頼むぞ」
入口に立つ警備員と言葉を交わし咫狸は会場に向かう。そして、おもむろに懐へと手を伸ばすと、その手には携帯端末が握られていた。
「…はは」
…葬儀自体に問題はない。ただ、その故人と遺族がビッグネームである事もあり、ある程度の対策を講じる必要があったのだが…。
「出来る部下を持つと苦労しねぇな」
端末を見ながらそう呟くと、ようやく咫狸は目的の人物を発見する。
参列者に力無い笑みを向けるその男は高校時代からの友人であり現・総務大臣補佐に当たる人物。
…互いの立場は違えども、昔から尊敬に値する男であることに変わりはなかった。
「よう」
声を掛けると、その人物――――
「あっ…」
睡眠不足、栄養失調、おまけに覇気も無し。
まるで今にも娘の跡を追いかけてしまいそうなほど秋人は
「ご愁傷様。娘さん…本当に災難だったな、アキトー。
何か困ったことがあったら何でもいえよ。いつでも力になるからさ」
本当に独りになってしまった友人に対し、何と言葉を掛けたらいいのか咫狸には分からず、ただ思うままの言葉を振りまくことしかできなかった。
本当に大事なものを失っていない者に失った者の喪失・虚無…といった
「来てくれてありがとう。あっちゃん」
…だから、昔の愛称で呼んでくれた秋人の手を咫狸は強く握った。気とかオーラといったスピリチュアルなものは一切信じていない咫狸だが、人の〝想い〟が通じることを教えてくれた友人のために咫狸は全霊を懸けることを誓ったのであった。
【———————。】
「ん?」
秋人と握手を交わし、その場を去ろうとしたところで咫狸は妙な視線を感じた。
振り返ると秋人の隣に鎮座していた機械がこちらを見つめており、カメラと目が合うと機械はどこかに行ってしまった。
「あれが例のAIか…」
背中に表記された「ASBシリーズ」という型番。
不自然に新調された両腕パーツに違和感はあったが、十五年ほど前に秋人へ勧めた「家庭支援用AI」に間違いなかった…。
「———それでは最後になりますが、本日はお忙しい中お集まり頂きまして誠にありがとうございます。冷葬終了後————」
秋人の言葉を節目に葬儀は一時休憩を迎えた。
「冷葬」という言葉に対し、幾人かは首を傾げていたが咫狸は「やっぱりそうか‥」と言葉を漏らした。
焼香の際、
…娘の出産と同時に秋人の妻が亡くなった時、生前の彼女の意思を尊重して火葬を行った。
当時の秋人が一体どんな心境で遺骨を拾っていたのかは分からない。
ただ誰にも相談することなく秋人が冷葬を決意したのは、
きっと今の秋人にとって、形を残す事でしか自らの心を保てなくなったからだろう。
「便所にでもいくか…」
葬儀会社のスタッフが冷葬の準備を進める中、芸能事務所やら学校関連の者達が秋人を訪ねていた。芸能事務所の社長と思しき人物が深々と頭を下げるのを眺めていると、不意に便意が押し寄せてきたため咫狸はその場を後にした…。
「…あれ?」
考え事をしながら咫狸がトイレに向かうと聞き慣れた声が耳に入る。
「意外なとこで会うな」
「…秋人さんが声掛けてくれたからね」
そこにはASBシリーズの生みの親、
「似合わねぇな」
「そうでしょ?」という返答が来ることを見越して咫狸は感想を述べると、
「そうかな? まぁ…確かにいつもの白衣の方が似合うか」
…少し残念そうな顔をしていたが勝手に納得した様子だった。
「葬儀の参列…というよりも、お目当ては
「うん。あのコ、色々と無理しちゃったから。
‥‥あ、でも、もちろん葬儀もちゃんと参加はするよ。
冷葬なんて滅多に見られないし…。それに―――」
「それに…?」
「‥‥」
返答はない。
ただ、何も答えないまま歩は咫狸の横を通り過ぎていき、
「そんな事よりも…トイレは良いの?」
そう尋ね返すと歩はどこかに行ってしまった。
「‥‥やばい。漏れそう」
グルル‥と忘れられた便意が猛威を振るい始め、咫狸は急いでトイレに駆け込んでいった。
「保存しとけばよかったな…」
‥‥ふと誰かがそう呟く声が聞こえた気がした。
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