15.「告白」


気がつくと雨が降り出した。

…それとも〝雨になっていた〟が正しいのだろうか。


省電力モードで自動走行を続けた私は見知らぬ路地裏で静止していた。

せわしくボディをつつく雨粒へのわずらわしさが無ければ、きっと私は二度と目を覚ますことはなかったかもしれない…。


〈電力低下。直ちに充電してください〉

〈電力低下。直ちに充電してください〉


〈電力低下。直ちに充電してください〉

〈電力低下。直ちに――――――――〉



【…うるさい】


忘れていた偽りの声が回路内で鳴り響く。

「いっそ頭を叩けば止むかもしれない…」と腕を挙げるが、自傷防止機能が働きかけて私の腕は定位置に戻っていった。


〈内部電力:1%。稼働時間:3分〉


…やがて、けたたましいアラームが止むと偽りの声は余命だけを告げて静かになった。



―――残り3分。あと180秒で私は完全に落ちる。

スリープモードで見るただの黒とは違う、果てなき闇に私は身を投じるのだ。



…だから、最後に。私はもう一度だけアイ様に会いに行くことにした———…。





・――――――…―――――…——————…———————・




4歳。初めての出会い。

初めて出会った幼女は私を何かの乗り物と勘違いしたのか、事あるごとに私の上に乗ってきた。当時はずいぶんと興奮した様子であったが、今にして思えば、あれがアイ様にとって初めての〝肩車〟だったのだろう。


5歳。幼稚園を卒園。

好きな遊びは意外にも泥団子づくりで、よくポケットに忍ばせては洗濯機を泥だらけにしていた。…正直、何度叱ったことか分からないが、叱られるアイ様がニコニコしていた・・・・・・・・のを鮮明に覚えている。


6歳。小学校に入学。

初めは人見知りしていたアイ様もすぐに学校生活に慣れていったが、度重なる習い事のせいでよく熱を出していた。…熱にうなされながらも寝言で「パパ…パパ」と言うのが私の回路に重く突き刺さった。



 7歳‥9歳‥11歳———と。年々誕生日ケーキのろうそくは増えていく。

幼女から少女へと成長する過程で、いつしか背は私を越え、少女は髪を伸ばし、乙女への準備を始める。…けれども、蝋燭ろうそくに同じ火は生えない。蝋の質や芯の角度によって火は燃え上がり、くすぶり、埃一つで火はその安定さを失う。


…ことアイ様に限っては精神面への負荷による強制的成長が彼女を〝おとな少女〟へと変貌させてしまったのだろう。



〈…121…120…〉


――2分になった。

だが、あと120秒。アイ様との思い出に浸れる。



13歳。中学校入学。

環境が変わったことでアイ様に変化が訪れた。

一つは自分から友人を作らなくなったこと。

二つ目は積極的に家事を手伝うようになったこと。

そして、私の発する不細工な言葉を完全に理解し始めた事である。



…14歳。

成長期に入り、少女の身体は乙女へと変化し始めていた。

少女の笑顔に心奪われるようになり始めたのは、ちょうどこの時期だっただろうか。



〈…61…60…〉


・・・1分。もう残り60秒となってしまった。



15歳。

中学三年生の夏。

少女は夢を語り、私に助力を求めた。

きっと、この一年が生涯で最も濃い一年であっただろう。

家事をこなすだけの私が最も主に尽くせた一年であり、

アイ様が最も輝いていた一年だった…。


〈…31…30…〉


嗚呼ああ、アイ様…】


偽りの声が死を数える中、私は一つの告白をした。


主に従事する身でありながら抱いてしまった汚らしい感情を。

主の遺体を前にしてもなお消えることのなかった狂気的な考えを。




【私は——————死んでも貴方にお仕えしたい】



その刹那、時が静止したように雨音が止まった。

…きっと私の初めての告白は雨が綺麗に浄化してくれることだろう。

この錆びた体は雨が降りしきる街の路地裏に置き去りにされるが、

ただひとえに貴方を、主を愛する事しか能のないAIには何とも相応しい死に場所ではないか。



〈【6…5‥】‥4…〉



偽りの声と共に私は自らの死へ向かう秒読みを始めたが、すぐに止めた。


主の帰りを待っていたあの夕刻と同じように、

ただ穏やかな気持ちで在りたかったからだ…。




〈3…〉



〈2…〉



〈1‥〉

















〈―――――――――――■■///◇■…電源を確保しました〉



【え…?】


‥‥目を開けると、私の電力供給口に携帯用バッテリーが接続されていた。

止んだと思われた雨も、その大半が黒いポリエステルに阻まれていただけで地面に跳ね返った飛沫は容赦なく私に飛び掛かってきていた。



「————ようやく見つけたぞ」



見上げると、そこにいたのは葬儀場で見た男———有頂天うちょうてん 咫狸あたりの姿であった。



【なぜ…どうして、ここが…、あなたが…?】


状況を上手く呑み込めないまま私は伝わりもしない不細工な言葉で尋ねていた。勿論、私の予想通りに彼は首を傾げていたが私の起動を確認すると彼は一つの提案を口にした。





「なあ、お前。————————〝アイドル〟にならないか?」






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