2.「声」



『———~ご利用ありがとうございます。

こちらは家庭支援用AI。ASBシリーズ・型番HTTPSです。

マスター登録をお願い致します。』


身体は金属。

活力は電気で、

記憶はチップに。

そして、声はプログラムされた音声のみ。必要事項をマスターが登録すると同時に私の偽りの声は失われ、時おり電子音を発しながら仕事に従事する存在となる。


足となる球体の上に円柱の塊を被せ、

伸縮可能な腕を取り付けた簡素な型体フォルム

炊事・洗濯・子育てなどの家事をこなすための家庭支援用AI————それが「私」という存在であった。



「期間限定のマスター権を提示したい。

この子が二つ年を重ねるごとに私の権力を娘に譲渡していってほしい。

譲渡完了年齢は〝この子が20歳になったとき〟‥‥できるか?」


険しい顔をした黒髪の男―――旦那様が私を見つめながら尋ねる。


私に対する不信感の表れなのか、それとも別の要因なのか。

苦汁の決断を経たような硬い顔から私が旦那様に抱いた印象は「厳格そうな方」であった。…別に悪い意味はない。


『——~はい。

「マスター権の共有およびその期間に関する提示」でございますね。

…可能です。

ただ一つ注意事項がありまして。

お子様のマスター権が旦那様よりも強まった場合、

マスターとしての優先順位が変わり、

今後このAI機器の行動に大きな変化が訪れる可能性がございます。

それでも宜しければ、お子様と旦那様の性別・名前・生年月日…等。

個人情報の登録をお願いします』


このように子どもの成長に合わせてマスター権を譲渡することは珍しくはない。

成人した時や親元を離れるときなど、子どもの人生に大きな節目が訪れた際にマスター権を譲渡することは多々ある。


ただ今回のように、我が子のマスター権を少しずつ強めていく譲渡方法はあまり例のないものであった…。



「———娘を頼む」


 そのときの旦那様の顔は心中を素直に物語っていた。

自身の不甲斐無さを恨むように眉間にしわをよせ、大事な一人娘を機械風情に任せることになってしまったことを卑下するように目を瞑り、

「よく分からないものに娘を預けてしまった…」と悔やみ、怖がるように口を震わせながら旦那様は私にすべてを託したであった。



『——~はい。畏まりました。

これより旦那様をマスター。お子様を仮マスターとして仕事に従事させて頂きます。どうぞ、よろしくお願い致します。』


全ての情報登録が終わり、

最後に旦那様の言葉を承ったと同時にプログラムされた私の声は失われる。

緊急時になれば再び声を発することもあるのかもしれないが、

私の意思が含まれないそれ・・はやはり偽りの声でしかない。


「…こんにちは…」


それは旦那様の背から現れた幼女のものだった。

ツヤのある黒髪に愛らしい顔。緊張よりも好奇心がややまさった曇り晴れの瞳が私を見つめいた。


こんにちは・・・・・


先程とは異なり随分と不格好な・・・・挨拶となってしまったが、これは初めから分かっていた事だ。きっと旦那様とも目の前の幼女とも私は言葉を交わす機会などなく、ただお役目に従う者として彼らの傍に在り続けることだろう。



かくして、私と旦那様の娘——当時4歳であった星連ほしつらアイ様との生活が始まったのである…。

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