第28話 過去


 ブロロロロロロロロロロロ――――

 キキキキィィィィー!


 橋を渡り適当な路地に入り、建物の影になっている場所で車を止める。

 まだアンテノーラまで少しある手前の街だ。

 すぐそこに敵が迫っているが、鮮血に染まったローラに、アベルは動揺を隠せない。


 すぐにローラを寝かせ傷を確認する。

 背中から脇腹に銃弾を受けたようだ。


「おい、ローラ、しっかりしろ!」

「ア、ベル……さ……ま」


 弱々しく答えるローラ。

 アベルが傷口を手で押さえるが血が止まらない。


 どうする、どうすればいい!?

 医者に……

 いや、この街に入ってから人っ子一人見掛けない。

 銃声や国境の街が陥落したのを聞いて住民が一斉に逃げ出した後なのか?

 このままではローラが!

 アンテノーラの病院まで行っていては間に合わない!

 治癒魔法……

 治癒魔法さえ使える者がいれば……


 アベルは希少スキルである治癒魔法を使える学友を一人知っていた。

 実際に魔法を行使出来る者の中でも、治癒系魔法は千人に一人いるかどうかの希少スキルだ。

 治癒といっても、肉体を完全再生するようなものではなく、傷口の細胞のスピードを加速させ塞ぐ程度のものだが。


「くそっ! くそぉおおおっ! 何故、俺は攻撃特化魔法ばかりなんだ。肝心な時に役に立たないじゃないか!」


 アベルが叫ぶ。

 どうしようもない気持ちを空にぶつけるように。


「アベル……さま……」

「ローラ、もう喋るな」

「い……え……大事な、話……なのです。聞いて……ください」

「大事な話?」

「とても……大事……な……二人……だけで」


 必死にすがりつき何かを伝えようとするローラ。


「わ、ワシは離れていよう……二人だけで話すのじゃ」

 サタナキアが気を使って離れた場所まで歩いて行った。



 二人だけになると、ローラはポツリポツリと話し始める。


「アベル様……信じられない……かもしれませんが……私の話を、聞いて……ください」


「ああ、分かった」


「実は……私は、この世界の……住人ではないのです……」


「は? ロ、ローラ……何を言っているのだ……」


「聞いて……ください……この私の、過去の罪を……」


 ローラは話した。

 自分の過去と犯してしまった過ちを。

 弱々しい声ながらもハッキリと。

 それは信じられないような事だった。



 私の本当の生まれた場所は、こことは全く別の世界にある日本という国です。そこは、この世界のように魔族はおらず人族が住んでいる世界です。


 私は、今のこのような姿ではなく、もっと地味で目立たない女でした。人と話すのが苦手で、いつも人の顔色ばかりをうかがって、友達もいないような女だったのです。


 ある時、私はイジメの標的にされ……最初は無視されているだけでしたが、次第に教科書や上履きを隠されたり、お金を取られたり、皆で悪口を言われたり、トイレで頭から水を掛けられたり。人付き合いが苦手で根暗な私は、格好の標的だったのかもしれません。


 勇気を出して先生に相談しても、『入試も近いのに問題を起こさないで!』と私が問題児かのように怒られただけで、誰もイジメから助けてくれる人はいませんでした。学校としては『イジメは無かった』と問題にしたくなかったのでしょう。


 でも、そんな悪夢のような世界で、たった一人だけ私に優しくしてくれた人がいたのです。


 それは、佐々木透矢という人でした。彼は、掃除やゴミ捨てを押し付けられ、大量のゴミを運んでいる私を助けてくれたのです。誰もが私と関わらないように無視しているなかで、彼だけは私に優しくしてくれたのです。


 それからは、彼の事が気になり、ずっと遠くから見るようになりました。真面目で誠実で優しい彼の事を。彼もイジメを受けているようでした。世の中は真面目で優しい人が損をするように出来ているのかもしれないと、彼を見て私はそう思いました。


 誰も味方がおらず何の救いも無い世界で、私には彼の存在だけが大きくなってゆきました。そして、私は自分の気持ちを伝えようと手紙を書いたのです。私のような地味で何の取り柄もない女が、彼の恋人になれるとは思いませんが、できれば気持ちだけでも伝えたいと。そして、例え友達だとしても側にいられたらと。


 しかし、それが間違いでした。


 私の書いた手紙がイジメグループの女子に見つかってしまいました。その女子達は『良いネタを手に入れた』と歪んだ笑顔を浮かべ、その手紙を使って遊ぶのだと言いました。


 私は必死に手紙を取り返そうとしましたが、逆に腹を殴られたり、制服を汚されたり、土下座をさせられたりして、ショックでそのまま逃げ帰りました。


 後で聞いた話なのですが、その手紙を使って佐々木君を騙して笑い者にして遊んだと――――


 私は後悔してもしきれない程のショックで部屋に引きこもりました。私のせいで、優しいあの人を傷つけてしまった。私のせいで、あの人の心に深い傷を。私が壊してしまったのです。優しいあの人の、他人を信用する心を。唯一の親切にしてくれた人の気持ちを。私が、全て!


 もう全て手遅れで、全てが取り戻せない、大きな大きな過ちを犯してしまいました。私は、息をひそめるように部屋こもったまま生活し、そして……皆が卒業式を迎えた日に、近くにある高架橋の柵を越え飛び降りました。


 ――――――――



 全てが終わったのかに見えた私は、気付くとこの世界に赤ちゃんとして前世の記憶を持ったまま生まれ変わっていました。


 死ぬ直前に、私は願ったのです。

 もし転生するのならば、地味でコミュ障で惨めな自分ではなく、もっと美しく人付き合いが上手く誰からも好かれるような人になりたいと。まあ、魔族だったのですが。


 それからの私は変わりました。前世とは全く違う自分に。この、前世と全く違う美しい容姿を武器に、今度こそは失敗しない人生を歩もうと。


 そして出会ったのがアベル様でした。

 一目見て思ったのです、『あの人に似ている』と。


 私は全身に衝撃を受けました。容姿も性格も違うのに、何故か面影を感じるのです。私の犯してしまった過ちを。その贖罪というのも変なのですが、私はこの方に誠心誠意尽くして命を捧げようと思ったのです。おかしいですよね、あの人にはもう会えないのに、全く別の人に恩返ししようだなんて。まあ、顔が超好みな美少年だったのもありますが。


 だから、もう良いのです。

 これは私の我儘。

 アベル様には関係の無いこと。

 私が一方的に、前世での男の面影をアベル様に押し付けて、私が勝手に死ぬだけなのです。

 もう、思い残す事はありません。

 どうか、アベル様は、私の事などお忘れになって、無事王都へ辿り着き覇道をお進みくださいませ。


 ――――――――




 全てを話し終わったローラは、腕を力なく垂れ下がり、もう終わりの時が近いように見えた。


「ローラ……そんなバカな……おまえは……」


 アベルは頭の中が混乱していた。


 どういう事だ……

 ローラも転生者だと……

 高坂直こうさかなお……キミなのか?

 確かに高校の卒業式に亡くなったのだとすると、転生した年の差が七歳というのも合っている。


「ぐっ、げほっ、がはっ!」

「おい、ローラ、しっかりしろ!」

「アベル様……さよ……な」

「さよならなんて言うな!」


 ローラを抱きしめる。


「誰か! 誰でもいい! 神でも敵でも誰でもいい! ローラをローラを助けてくれ! 何故だ、何故、俺はこうなんだ! この世界では勝ち組だったんじゃないのか! 誰か! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!!」


 アベルの叫びが、誰も居ない路地裏に残響となって轟いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る