第5話 淫乱
王都デスザガートにあるアスモデウス伯爵家の邸宅。
豪華な彫刻と精工なガラス細工に彩られているが、寝室は落ち着いた雰囲気で住みやすさを重視した造りになっている。
地方に領地を持つアスモデウス伯爵家は、領主である父親が城で地方を治めており、アベルと数人の使用人だけが王都の邸宅に住んでいた。
アベルが部屋でくつろいでいると、専属メイドのローラがやってきた。
「アベル様、お呼びでしょうか?」
このローラというメイド。アベルの命令には何であっても絶対服従するようにと、伯爵家から仰せつかっているそうだ。
つまり、そういう事だ。
ここでアベルは少しだけ試すようなことをする。
「ローラ、裸になってこっちに来るんだ」
「は、はい……」
ローラは静かに服を脱ぎ始める。ずり落ちたメイド服から見える肩が、たまらなく色っぽい。
「い、いや待て、冗談だ。悪かった……」
「えっ……は、はい」
ローラはホッとした表情をして、しなやかな体を包んでいるメイド服を整える。
貴族の屋敷の男に専属メイドとして雇われるということは、往々にして
だが、アベルはローラに手を出してはいなかった。
実のところ、彼は前世のイジメや女子から馬鹿にされたトラウマから、女性に多少の苦手意識があるのだ。
まだアリサのような屈託のないタイプなら少しは話やすいのだが、ローラのような女を強烈に感じさせるタイプは苦手である。
この専属メイド、眉目秀麗で品行方正に見えるのだが、アベルにとっては苦手意識が勝ってしまう。
顔も立ち振る舞いも清楚なはずなのに、体の各パーツも仕草も声も全てが淫らに見えてしかたがないのだ。
先ず声。
清楚で落ち着いていて礼儀正しく良く通る声なのだが、まるで成人向け淫らなお姉さんが耳元で囁く音声作品のような感じなのだ。
あまりにも色っぽくて体の芯がゾクゾクするようなエロボイスで話すから困る。
次に目。
本当に清楚で優しそうな目をしているのに、何故か時折とても淫らで誘っているように見えて仕方がない。長いまつげが影のように伏し目がちに見え、まるで成人向け漫画の淫らな女教師キャラのような印象を人に与える。
たまに美しい曲線を描く眉が、困り眉のように快感を堪えているような淫らな表情になるのだ。淫具でも装着しているのかと勘違いするくらいに。
そしてくちびる。
少し厚くポテッと柔らかそうで綺麗な桃色をしている。まるで成人向けゲームのセクシーな人妻キャラが、男性のアレを時に優しく時に激しく舐るような淫らな感じがしてどうしようもない。
更にうなじ。
普段はモブキャップで髪を上げており、白くて艶めかしいうなじがチラチラと見えるのだ。もはやそれは乙女の絶対聖域を惜しげも無く公開しているようなものである。
たまに暑い日は、うっすらと汗をかいていたりして、もう完全に誘っているとしか思えない。
最後に仕草。
全ての動作が流麗で気品があり礼儀正しく清楚なはずなのだが、もう語るまでも無く全ての動きがエロいのだ。荷物を持つ時にあげる吐息など、まさに行為中のそれと同じである。
長くなってしまったが、とにかくこのメイド、アベルにとってはエロの権化のような淫らさで苦手意識があるのだ。
こんな世の中のエロを全て集めて作られた芸術作品のようなメイドに、四六時中世話をされ何でも命令を聞くなどと言われているのだから、彼の精神的疲労が限界になってしまうのも仕方がない。
「アベル様……」
主人がが黙ってしまったのを不安になったのか、ローラが話しかける。
「くっ、俺はどうしてしまったんだ。ローラの色香に惑わされるとは……」
「えっ、あの、アベル様?」
「あ、ああ、そうだった。明日の用意で……」
アベルはいくつか用件を告げて、下がって休ませる事にした。
「今日はもういいから、部屋に戻ってゆっくり休んでくれ」
「はい、アベル様、おやすみなさいませ」
部屋を出て行こうとするローラの後ろ姿だが、尻やウエストのラインがメイド服にクッキリと浮かんでいる。
そんな、完全に誘っているかのようなローラの後ろ姿にアベルは声をかけた。
「ローラ、もし俺が悪逆非道な伯爵子息だったらどうするつもりだったんだ?」
最初不思議な顔をしたローラは、身なりを正し最高の笑顔を向けながら言う。
「アベル様は、とてもお優しい方です」
もう一度だけ頭を下げてから部屋を出て行った。
バタンッ――
「俺が優しい……」
そう言って黙ったアベルが考える。
そんなはずはない。
確かに前世の俺は、優しく真面目で親切であろうとした。だが、その結果がアレだ!
俺は悟ったのだ! 優しかったり真面目なヤツは、悪いヤツらに付け入られ利用され搾取されるのだ! 散々利用されて使い捨てにされるのがオチだ!
俺は二度と同じ失敗はしない!
人の本性は悪だ!
必ず上り詰めてやる!
そして、クズ共を叩き潰してから人類を滅亡だ!
◆ ◇ ◆
翌日――――
今日は校外教練がある日である。
チームに分かれて協力し、実戦さながらに戦術を駆使して競い合う訓練だ。
いつものように淫らなメイドと一緒に登校しているアベルだが、静かに斜め後ろに控えているローラが気になってしかたがない。
くそっ! 今日も一段と淫らだな!
こんな清純そうな顔をしていながら淫ら極まりない仕草や表情をするとは反則だ。
清楚で清純……いや、違う! もう、姿かたちまで淫らそのものじゃないか!
俺は、一体どうすれば良いんだ……。
今日も同じように淫らな専属メイドのことばかり考えていた。
「アベル様、どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない」
ううっ、ダメだ……
何て綺麗でよく通る美しい声なんだ。朝からそんな
どうしてこの淫らなメイドは、そんなに俺を惑わせるんだ!
頭を抱えながら歩くアベルの元に、アリサがやってきて肩を叩いた。
「アベル、おはようっす!」
馴れ馴れしくアベルの肩をペチペチと叩きながら挨拶をしている。気さくな性格をしているのだろう。
「ああ、おはよう。アリサは今日も元気だな」
「もちろんっす! 今日の校外教練は一緒に頑張るっすよ!」
彼女が喋る度に、少し強調された制服の胸が揺れる。わざとではないのだろうが、彼女の距離が近くてアベルに胸が当たりそうだ。
ピキっ!
「ん? 何か後ろから凄まじい殺気がしたような?」
アベルが振り返ると、淫らなメイドが静かに控えているだけだ。
「ん、気のせいか?」
「アベル、どうかしたっすか?」
「いや、何でもない」
校門が見えたところで、アベルは振り返りローラの方を向いた。
「ローラ、もうここで良いから」
「はい、畏まりました」
淫らなメイドは来た道を戻って行く。
◆ ◇ ◆
「校外教練を行う! それぞれ六人のチームを作り、外に整列して待機せよ!」
「「「はい!」」」
ライラ教官の一声でチーム分けが始まる。このチーム分けで勝敗が決まるようなものだ。
なるべく能力の高く連携も上手く行くチームを作らねばならない。
「アベル、一緒に組もうか」
ニコラがビリーを連れアベルと合流した。二人は実力も申し分ない。これで男子は決まりだろう。
「私も入れて欲しいっす」
アリサはが寄ってきた。こう見えて成績も優秀だ。
「もしよろしければ、私も入れてくださらないかしら」
アリサに付いてきたのは、エレアノーラ・パイモンという女だ。名門パイモン家の伯爵令嬢で、名前にパイが付いているからかどうかは知らないが、胸の大きな魅力的な美女である。
「あと一人か……」
クラス中が、自分達のチームに強い仲間を引き入れようと奔走している時、一人柱の陰に隠れて皆を見つめる少女がいた。
サタナキアである。
「ううっ、何て残酷なんじゃ。クラスでチームを作れとか……コミュ障のワシには拷問のようじゃ。こんなの最後に一人あぶれて、教官に『誰かサタナキアちゃんを入れてあげて』とか『仕方ないから、先生と一緒に組むしかないか』とか屈辱的なことを言われるに決まっておる」
「王女殿下、どうかなさいましたか?」
「ひゃん!」
こそこそしているサタナキアに、ライラ教官が声をかけた。
「殿下、もしよろしければ、私と一緒に組んで特別待遇と致しますが……」
「い、いや、大丈夫じゃ! ワシは……ほれ、あそこの者と組む予定じゃ!」
想像していたように教官と組まされそうになったサタナキアは、咄嗟にアベルのチームを指差してしまう。
「分かりました。お任せください」
ライラはアベルの元に歩いて行き――――
「おい、アベル候補生! 王女殿下が直々に貴様のチームを御指名だ! 無礼の無いように心がけろ!」
「はっ!」
何だ? どういう事だ? 王女が俺のチームを指名だと? もしかして、『石田三成三献茶』作戦が功を奏したのか!(違います)
「王女殿下直々の御指名、恐悦至極にございます」
「う、うむ、良きに計らえなのじゃ」
アベルが恭しく挨拶すると、サタナキアもそれに合わせて時代劇っぽい喋りになる。しかし、内心ガクブルで緊張でどうにかなってしまいそうだった。
ううう……
選りに選って、何でこのお茶男と一緒になってしまうのじゃ……。また、腹がパンパンになるまで飲まされそうで怖いのじゃ。
でも……向こうで威張っている怖い男のチームよりは、少しマシかもしれないのじゃ。
それぞれが様々な思惑を持ちながら、波乱の校外教練が始まろうとしていた――――
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