第6話 教練

 アベルたち候補生は馬車で校外教練場に向かっている。


 森林や渓谷の中で実戦を想定して陣地を築き、お互いのチームで陣地の旗を取り合う訓練である。魔力で銃弾を発射する魔装式歩兵銃まそうしきほへいじゅうを使用し、模擬弾で戦い旗を取られるか全滅するかで勝敗が決まる。いかにチームが協力し合い攻撃と防御のバランスを考え連携できるかが重要だ。



「いいか、貴様ら! チームの中でリーダーを決め、リーダーの指示に従い作戦を立てろ!」


 校外教練場に到着すると、すぐに整列しライラ教官の説明が入る。リーダー決めは重要だ。



 アベルはチームメイトを眺めながら考える。


 これは、サバゲ―のフラッグ戦のようなものだな。俺はサバゲ―はやった事が無いが、これはチームワークが最も重要だろう。

 ニコラは優秀だし抜け目がない、ビリーは真面目過ぎるきらいがあるが、成績も優秀で連携も問題無さそうだ。

 問題なのは王女だな。いまいち何を考えているのか分からん。



「あのぉ、アベル君」

 エレアノーラ・パイモンが話し掛けてきた。


「どうかなさいましたか、パイモン伯爵令嬢」

「もう、堅苦しいぞっ! 私のことはぁ、エレナって呼んでね」

「分かりました。それでエレナ、何か?」

「リーダーは、三つの理由でアベル君が良いと思うの」

「ほう、理由を聞かせてもらえますか?」


 この巨乳お嬢様、何かデキる女キャラっぽいことを言い出したぞ……



 エレナは指を一本ずつ立てながら、説明を始める。


「一つ、この士官学校は階級や爵位に拘る人が多く、一般的に爵位の上の人がリーダーを務める通例になっているの。平民のビリー君や男爵家のニコラ君がやると波風立てて後々面倒なのよ」


「なるほど」

 確かに、ゲリベン辺りが絡んできそうだな。エレナ、おっぱ……に目が行ってしまうが、意外と頭が良いな。


「二つ、このチームで伯爵家なのは私とアベル君だけど、私はやりたくないしアベル君は成績も優秀だからアベル君で良いでしょ」


「つまり、やりたくないのか」

 だが、階級で言うと一つ忘れていることがあるぞ。


「三つ、王女様が、さっきから絶対当てるなよって顔してるから」


「ん?」


 出発時から全く喋っていない王女を見ると、完全に戦意喪失するかのように塞ぎ込んでいる。これにはアベルもビックリだ。


 この王女……学校でも全くやる気が無いし、教練もサボりがちだし大丈夫なのか?


「王女殿下、ご気分でも悪いのですか?」

「いや、ワシはいいから、お茶の男……そなたがリーダーをやるがよい」

「はい、殿下のご命令とあらば、若輩じゃくはいながら謹んで務めさせていただきます」

「うむ……」



 サタナキアは最初からやる気など無かった。

 そもそも、争い事が大嫌いなのだ。


 ううっ、何でワシが魔装式歩兵銃で撃ち合いなどせねばならぬのか……。いくら模擬弾とはいえ、当たったら痛そうで怖いのじゃ……。

 父上が『ノブレス・オブリージュ』だかなんだかで士官学校に行けなどと言うからこんなことに。

 ワシは、ずっと部屋で静かにしていたいのに。


 ブツブツと誰にも聞こえないように愚痴るサタナキアだった。


 ◆ ◇ ◆




「第一試合はアベルチーム対ディートリヒチーム! 各々所定の位置に着き開始の合図で戦闘開始せよ!」


 ライラ教官の命令で所定の位置に移動する。

 ディートリヒって誰だよとアベルは思ったが、どうやらゲリベンの名前のようだ。。見た目と性格はアレだが、名前だけは大層なものだ。




 アベルたちが所定の陣地に着いた。

 丘の上に陣地があり、正面は開けた道で左右が森林になっている。

 正面から最短で進めば早く敵陣に到達出来るが狙われやすい、迂回して森林を進めば見つかり難いが時間が掛かる。


 これは心理戦だ。

 相手がコチラを誘き寄せてから隠れている敵により一網打尽にされるかもしれないし、前線で戦っている間に遠く迂回して来た敵に陣地を取られるかもしれない。

 だが、相手がゲリベンなら分かりやすい。


 これはアスモデウス流軍学『島津義久しまづよしひさ釣り野伏のぶせ』だ!


 ※アスモデウス流軍学『島津義久釣り野伏』とは:戦国武将島津義久の考案した囮を使った包囲殲滅戦法を元にした作戦である。部隊を三つに分け、左右の部隊を潜ませておき、正面の部隊を前進させ挑発してから後退し、左右の部隊の場所まで後退してから反転して包囲殲滅する作戦である。因みに、連携が上手くいかないと難しい戦術だ。



「俺の考えた作戦はこうだ」

 アベルは釣り野伏を皆に説明する。


「相手が血気盛んで猪突猛進なゲリベンスト卿だからこそ有効な作戦だと思う。これにはビリーの協力が必要なのだが」


 ビリーの方を向いたアベルが返事を待つ。


「はい、ボクもアベル君の作戦は有効だと思う。何でも言って下さい」

「では、作戦はこうだ――――」




 ズダァァァァァン!

 試合開始の合図が上がると同時に、先行するアベルとビリーが正面を走る。


 配置――――

 正面部隊:アベル、ビリー

 右側面:アリサ

 左側面:エレナ

 陣地防御:ニコラ、サタナキア


 それぞれの配置でアベルチームの皆が作戦を頭の中で反芻はんすうする。


『先ず俺とビリーが先行し敵部隊と交戦し、すぐにそれっぽく退却。先日の剣術教練でビリーにボロ負けしたゲリベンは、向きになって追いかけてくるはずだ』


 地面に書いた地図に石を置いてアベルは説明する。


『所定の位置まで誘き寄せたら、あらかじめ潜ませておいたアリサとエレナに斜め後方から攻撃。俺たちも反転して攻撃だ』


 ――――――――




 中央を走っていたアベルが横のビリーに話しかける。


「そろそろ敵と遭遇する頃だろう、少し脇に寄って様子を見よう」

「了解」


 暫くすると何やら聞いたことのある不快な声が、二人の耳に響いてくる。


「おい、上級魔国民の俺様が来てやったぞ! 早く出てきて勝負をしろ! がははははっ!」


 アベルは眩暈めまいがしそうになる。


 何だアイツは? 実践を想定した訓練で大声出して敵に自分の居場所を教える奴がいるかよ!

 いくらコネで入ったとはいえアホすぎるだろ。

 あんなのが軍の上層部になったら、部隊が全滅しそうだぞ……。



「ここから確認できるのは四名ですね」

 ビリーが木の陰から覗いて確認している。


 ゲリベンが子分を連れて大声を出しながら中央の開けた場所を歩いているようだ。

 岩陰に隠れながら進んでいるのを見て、逆に安堵してしまう。何の遮蔽物しゃへいぶつも無い場所を堂々と歩かれたら、それこそアホらしくてコチラのやる気が削がれるというものだ。


「まあ無いだろうが、念のため森の中に伏兵が潜んでいて、コチラが撃った所を狙われるのを警戒しておこうか」

「はい」

「ここから射撃して、数を減らしてから作戦に移ろう」

「了解です!」


 アベルが木の陰から魔装式歩兵銃を構えて、魔力を込めて狙いを付ける。


 魔装式歩兵銃は、一般の兵士が扱える程度の魔力で弾丸を撃てるように作られた銃だ。


 人族との長い戦争の歴史の中で、大昔は魔法を直接発動させファイアボールやライトニングのようなものを撃っていた。しかし、魔法の発動に時間が掛かり効率が悪かった為、技術革新が起こり即攻撃可能なこの銃が開発されたのだ。

 魔力が高く潜在力のある者は、更に大型の魔装式榴弾砲まそうしきりゅうだんほうのような大口径の兵器も扱えるようになっている。


 ダンッ!

 アベルの撃った模擬弾が、岩陰から見えた一人の男に命中する。


「ぐわああっ!」


 撃たれた男に模擬弾のペンキがベットリと広がり、戦死判定となった。

 警戒していた伏兵も居らず、射撃ポイントを狙われることも無かった。


「よし、行こう」

「了解」


 アベルたちは一斉に走った。


「待て! くそっ! 庶民めが!」


 まんまと罠に掛かったゲリベンチームが、大声を上げながら後を追いかけてきた。

 岩陰や森林の遮蔽物を使いながら、殲滅ポイントまで誘き寄せる。


「よし、この辺りだな」


 ダンッ! ダンッ!

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!


 アベルたちが反転迎撃するまでもなく、ゲリベンチーム三人はアリサとエレナに後ろから撃たれて全員戦死判定になった。

 前ばかりを警戒して岩陰に隠れていた三人は、がら空きの斜め後ろから二人に狙撃されたのだ。


「あの二人、優秀だな。やるじゃないか」

「対戦相手の男性より、ずっと強い戦士ですね」



 四人は合流して次の行動に移る。


「念のためアリサは戻って、二コラと一緒に陣地を防衛してくれ。迂回してくる敵に注意して」

「了解っす!」


「俺達は、このまま敵陣に向かおう」

「了解」

「おー!」



 結局、敵陣に残っていた女子二人は、アベルたちが到着すると簡単に降参してしまった。何でも、女子が止めるのも聞かずに四人で突っ込んで行ってしまったそうで、これはお疲れ様としか言いようがない。


 こうしてアベルたちは校外教練で好成績を収めることができた。



 ライラ教官が成績発表をした後で、サタナキアに声を掛け気遣う。

「殿下、大丈夫でしたか?」

「お、おう、問題無いのじゃ」

「それは何よりです」



 少し離れた所でサタナキアは呟く。

「うううっ、敵が攻めて来なくて良かったのじゃ。もう、こんな危険なのは嫌じゃ……」



「アベル君って凄いわね。私、ちょっと興味あるかも」

 エレナがアベルの横に近付き話しかける。


「ふっ、このくらい楽勝だな」

 涼しい顔をしながらも、心の中では動揺するアベルだ。


 ちょ、待て待て待て!

 胸が近い!

 何だこの巨乳は!

 いきなり馴れ馴れしいぞ!

 俺は、こういうエロそうな女が苦手なんだ!


 くっそ、それもこれも全部、俺が前世で童貞だったのが悪いのだ! 内心動揺しまくりなのを隠して涼しい顔をするのも大変なんだぞ!


 果たして、アベルの女性恐怖症は克服されるのだろうか――――


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