第4話 学友

 校内教練も終盤に差し掛かった頃、王女のサタナキアがフラフラと教練場に現れた。ライラ教官は、特に咎めるわけでもなく見て見ぬ振りを決め込んだようだ。

 きっと、教官としての使命と王族への忖度との間で、余計な波風を立てない方向に動いたのだろう。


 サタナキアはクラスの集団から、少し離れた所に一人で座っていた。王族とあってか、クラスの誰もが遠慮して声をかけようとしない。真っ先に声をかけそうな権力に弱い印象のゲリベンは、練習試合で受けた怪我の治療で医務室に行ってしまっていた。



 サタナキア自身は、授業初日からすでに限界を感じていた。誰にも聞こえないよう離れた場所で、小声でボソボソと独り言を呟くばかりだ。


「うううっ……誰も話し掛けてくれない……。初日でボッチ確定なのか。だから学校なんぞに行きたくはなかったのじゃ……」



 誰も王女に遠慮し躊躇ちゅうちょしているなか、一人の候補生が声を掛けるタイミングをジリジリとうかがっていた。

 そう、アベル・アスモデウスである。


 やっと王女が現れたか。

 次は失敗しないように近付かなくては。

 よし、次の作戦は、アスモデウス流軍学『石田三成三献茶いしだみつなりさんけんちゃ』だ!


 ※アスモデウス流軍学『石田三成三献茶』:秀吉が鷹狩の帰りに喉が渇き立ち寄った寺での石田三成の逸話。先ず喉の渇きを癒す為に大きめの茶碗にぬるめの茶を、次に少し熱めの茶を、三杯目には小振りの茶碗に熱い茶を入れて味あわせるという細やかな気配りにより、秀吉に気に入られ家臣になった話を元にした作戦である。



 一人で佇んでいるサタナキアのところに、アベルがティーカップを持って参上する。

「王女殿下、お茶をお持ち致しました」


「ひいぃ! えっ、ま、またそなたか……」

 サタナキアは、差し出されたティーカップを見つめる。


 何じゃコレは?

 何か変なモノでも入っておるまいな……

 怖い……これもイジメなのか?

 新入生の試練なのか?

 ううっ、飲まねば許してくれそうもないのじゃ……


 サタナキアは恐る恐るティーカップに口を付け、お茶を飲み込む。


「うっ、マズっ!」

「は?」

「い、いや、何でもない……」


 アベルの入れたお茶が不味くて、ついサタナキアが口を滑らせた。


 何じゃこの茶は?

 ぬるくて不味いのじゃ……

 この男、紅茶は熱い湯で入れる事を知らぬのか?


 そんな彼女の気も知らず、アベルは三献茶を勧めようとグイグイ行く。


「もう一杯、如何ですかな?」

「えっ、いや、もう十分じゃ……」

「そう言わず。どうぞ」

「いや、もう……」


 しまった、これでは三献茶にならぬではないか!

「そういわず、もう一杯どうぞ」


 アベルは次の茶を差し出す。


「ううっ……」

 何じゃこれ、やっぱりイジメなのか?

 腹が膨れるほど飲まされてから、腹パンされるのか?

 もう、帰りたい……


 王女に腹パンなどするはずもないのだが、アベルの作戦が裏目に出ているようである。


「さあさあ、三杯目もどうぞ」

「ぶわっ! もう許して欲しいのじゃ」

「えっと……」



 お、おかしい!

 俺の戦略は完璧だったはずなのに……

 何が悪かったんだ?

 先程の草履持ちも今回の三献茶も失敗してしまった。


「上手く行かないものだな……(ぼそっ)」

 アベルは肩を落として帰って行く。



 サタナキアは、去り際にアベルが漏らした独り言を聞いていた。


「ん? 今の……もしや! あやつもコミュ障なのか? それで、友達が欲しくて先程から変なことばかりして……あの変な行動は、ワシと同じじゃ! ワシも他人とコミュニケーションを取ろうとして、良かれとしてやった行動が逆効果で怒らせてしまった事があったのじゃ」


 アベルは、サタナキアにコミュ障認定されてしまった。


 ◆ ◇ ◆




 授業が終わり帰り支度をしているアベルの元に、ニコラがビリーを連れて声をかけてきた。


「アベル、入学祝に皆で食事でもどうだい?」

「食事……コンパみたいなものか」

「コンパって何だい?」


 アベルの脳裏に苦い記憶が甦る。


 俺は、前世の学生時代は勉学と奨学金返済でバイトに明け暮れ彼女も居なかったしコンパもろくに出たことがなかった。

 青春を謳歌しているかのような若者を羨ましくもあったが、バカ騒ぎしているヤツらを見て、何処か別の世界の人間だと思っていたのだ。



 だが、今ならやり直せるのだろうか? この生まれ変わった俺ならば……。


「まあ、たまには良いか」

 アベルは首を縦に振った。


「そうこなくっちゃ」

「だが、男三人で行くのか? 華がないことだな」


 まあ、前世も彼女がいなかったから、華がない人生だったのだが――


「ちょっと待ってくれ」

 ニコラは、そう言うと近くにいる女子に声を掛けて連れてきた。

「彼女も行きたいそうだよ」


 は? 何だコイツ? コミュ力高いな! 陽キャか? 最初から馴れ馴れしいヤツだと思っていたけど、こんな簡単に女子と仲良くなるとは……


「アリサ・フルフルっす! よろしくっす!」


 元気な女子が挨拶する。ちょっとウザい後輩のような感じだ。少し小柄でクリっとした目をした、大部分の男子が可愛いと思う女子だ。胸の部分が少し強調されていて目のやり場に困る。


「アベル・アスモデウスだ」


 動揺を気取られないよう冷静な態で挨拶するアベルだが、内心は苦手な女性を相手に戸惑っていた。


 一通り自己紹介を済ませた一同は、一緒に講堂を出て行く。




 それをサタナキアが羨ましそうに遠くから見ていた。


「いいなぁ……もう仲良くなって一緒に遊びに行くのか……ワシはボッチ確定じゃというのに……」


 そして、ちょっとだけイラっとする。


「しかし、あの男! 同じコミュ障で、ワシに変なちょっかいかけてきおったくせに、もう他の者達と仲良くなっておるではないか! コミュ障仲間かと思っておったのに、裏切られた気分じゃ!」


 少し上がりかけたアベルへの好感度が、また少し下がった。


 ――――――――




 アベルたちが士官学校の正門に近付くと、門の隅にメイドが立っているのが見える。


 ロングのワンピースのメイド服を着てモブキャップを被った正統派のメイドだ。何が正統派かといえば、前世でメイド喫茶などで見掛けた可愛い衣装ではなく、何となく本格的っぽい感じなので勝手にアベルが正統派と呼んでいるだけなのだが。


 彼女の名前はローラ・ウアル、アベルの専属メイドだ。彼の命令には絶対服従するらしい。

 アスモデウス伯爵家の支配する領地出身で、一見清楚な感じなのに妙に仕草やうなじや目つきや眉が淫らに見える困ったメイドだ。

 

「アベル様、お迎えにあがりました」

「今日は皆と食事をしてから帰るから、先に帰っていてくれ」

「畏まりました」



 ローラを帰して皆と合流するアベル。遠い昔を思い出し感傷的な気持ちになる。


 このように学友と一緒に遊びに行くなんて、一体いつ以来だろう……

 前世の学生時代はイジメや疎外感の記憶ばかりで、こんな風に誰かと一緒に遊んだのを思い出せない。大学の時にコンパで盛り上がる陽キャのヤツらを見て、嫌悪感を持ちながらも少し羨ましかったのかもな……。



「そういえば、アベルて強いっすね。あのおっかない教官と互角に打ち合ってたし」


 アリサが興味津々な感じで、アベルに纏わりついてきた。これにはアベルの童貞脳が急速回転してしまう。


 ニコラ目当てだと思っていたが、まさか俺に興味が?

 いやいやいや、勘違いしてはいけない!

 女性に慣れていない男は、挨拶されただけで好きだと勘違いしてしまうものだからな。勘違いして告白してしまったら、そんなつもりではなかったとか言われて恥をかくかもしれない。気を付けねば。


「どうかな。ビリーも中々なもんだったろ」

 とりあえずアベルはビリーに話しを逸らしてみた。


「ボクは、相手が弱かっただけだから」

 ビリーが答える。


「はははっ、違いない」

 

 あのゲリベンとか言ったか……

 軍の上層部には、あんな大貴族の無能が大量にのさばっているいるのかもしれないな。人間共を滅ぼす前に、あいつらの掃除も必要かもしれない。


 その日、アベルは久しぶりに自分の中に積もる怒りを、少しだけ忘れることができた。


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