第25話 敗走

 国境を越えたアベル達は魔族領ジュデッカに向かう。

 アベル達の進んでいる裏街道は、幾度となく続いた戦乱により荒廃し通る者も少ない。

 それ故、道も悪く車のタイヤがどこまで持つか分からないような状況だ。


 二人は、何も無い荒野を車のエンジン音だけを響かせて進んでいた。



「陛下、申し訳ございません」

 突然、アベルが話し掛けた。


「な、何じゃ……」

「あの装飾品……陛下の大切なアクセサリーだったのではないかと思いまして……あのような人族に与えてしまい申し訳ございません」


 ずっと気になっていたのだ。

 もしあれが、サタナキアの大切な物だったとしたら……

 あの場を切り抜ける為に軽々しく渡してしまったが、もし彼女の大切な物だったらと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 そう、アベルも……

 前世でのイジメで、大切な物を奪われたり壊されたりしてきたのだから。


「あれは父上から貰ったものなのじゃ」

「陛下……」

「いや、良いのじゃ。あの場は、あれが最善の策なのじゃ。命より大切な宝石などありはせん」

「うっ…………」

「どうしたのじゃ、急に? そなたなら、もっと合理的に考えると思っておったが……」


 そうだ、俺はどうしてしまったんだ……

 心に迷いが生じているのだろうか……

 やけに昔の事を思い出すし、感傷的な気持ちになってしまう。

 こんな事ではトップに上り詰める事も、人間に復讐する事も出来ないというのに。


 アベルはモヤモヤした気持ちのまま、ひたすらジュデッカに向け車を走らせた。


 ――――――――




 日が昇り始め辺りが薄明るくなった頃、ジュデッカの方角から煙が上がっているのが見えた。

 街の全貌が見えてくる頃には、彼方此方から火が上がり街が燃えているようだ。


「もう戦闘が始まっているのか!」


 速すぎる……

 いくらコチラが裏街道で回り道だったとしても、もう前線が突破されたのか……?

 まるで、電撃戦ブリッツクリークだ。

 航空機もマトモな戦車も無いのに、一気に突破され制圧されたというのか?

 やはり武装解除していたのが原因か……

 反撃もままならず、簡単に敗北してしまったのか。


「アベル……」

 サタナキアが不安そうな顔をしている。


「陛下、街に入るのは危険です。ジュデッカは既に敵の手に落ち、橋頭保きょうとうほを築かれているかもしれません」

「う、ううっ…………」


 大きな目に涙を溜め、燃える街を見るサタナキアが震えている。

 自身の失政により、街は燃やされ多くの同胞が殺されてしまっただろう。

 敵の甘言に騙され平和を求めた結果がこれなのだ。


「このまま進むのは危険です。迂回して街の後方に向かいます」

「…………」


 アベルが声を掛けたが、サタナキアは茫然としたままだ。


 マズいな……

 車の燃料が少ないというのに、これでは給油が出来ないぞ。

 ジュデッカに駐留していた魔王軍の残存兵力と合流出来れば良いのだが……




 大きく迂回してジュデッカ後方に広がる森林まで到達すると、街から逃げて来たであろう避難民と遭遇する。

 皆、着の身着のままでボロボロになり、怪我や火傷をしている者も居た。

 誰もが疲れ切り項垂れている。


 アベルは、その中の一人の若者に声を掛けた。


「私は魔王軍特殊連隊所属、アスモデウス中佐である。街の状況はどうなっている?」


 若者は声を振り絞るように話し出す。


「ううっ、街は……突如攻め込んで来たドレスガルド帝国軍に……もうダメだ! 街も女子供も、みんな燃やされた! 奴ら、着弾すると燃え上がる新型爆弾のような物を使いやがる……」


 燃え上がる新型爆弾だと!

 焼夷弾ナパームのようなものか……

 人族は、そんなものまで作っていたのか……


 ※焼夷弾しょういだんとは、特殊な薬剤と油により激しく燃焼させ広範囲を灰塵かいじんに帰す悪名高い兵器である。その破壊力は甚大で、極めて高温で燃焼し水を掛けても消火されない上に、燃焼の際に大量の酸素を使い広範囲にわたって市民を窒息死させる恐ろしさだ。


「それで、魔王軍は何処に行った?」

「皆ちりじりになって何処に行ったのかは分からない。森の方に行ったという噂を聞いたから、こっちに向かって来たんだ」

「そうか、御苦労だった」

「おい、魔王軍は何をやってるんだ! 俺達を守ってくれるんじゃなかったのか!」


 アベルは唇を噛みしめた。

「ぐっ、帝国とは和平交渉になっていたのだ。これは人族の騙し討ちだ」


「だからといって、肝心な時に何も出来ないなんて! 一体どうなっているんだ! 魔王様が変わった途端にこれだ!」

「お、おい、よせ! 不敬罪だぞ……」


 若者が魔王の批判を始めて、隣の男が止める。

 軍の士官に魔王の悪口など言えば、連行され厳しく処断されるからだ。


「うっ、ううっ……」

 車に乗ったままのサタナキアは、若者の新魔王批判に俯きうめき声を上げた。


「こんな状況故、今の発言は聞かなかった事にしておく。早急に避難し軍の指示を仰げ」


 アベルは若者の言葉を流して、車を森に向かって走らせた。

 異世界から転生して来たアベルにとって、生まれつきの魔族ほど魔王に忠誠心を持ち合わせていない上に、この緊急時に不敬罪で揉めている時間など無いのだ。

 そもそも、現魔王に文句があるのは、アベルとて同じ気持ちだった。



 横に座るサタナキアが、黙ったまま茫然としている。

 己の犯した過ちの大きさに気付き、自責の念にかられているのだろう。




 暫く森を走り開けた場所に出ると、魔王軍が集結しているのに出くわす。

 敗走した第四軍ジュデッカ駐留部隊に間違いないだろう。

 兵士に雑じり民間人もいるが、先程会った市民と同じように街から逃げ出した者だろう。


 アベルは車を降り、近くに居る兵士に声を掛けた。


「状況はどうなっている?」


 魔王領に入ってから元の軍服に着替えているアベルの階級章を見た兵士は、敬礼して状況を説明する。


「はっ、我が軍はドレスガルド帝国軍の攻撃を受け、拠点を放棄し現地点まで転進しました。駐留部隊は大打撃を受け混乱し、現状でどれだけの部隊が残っているか不明であります」

「そ、そうか……」


 ダメだ……

 駐留軍は、ほぼ壊滅と見て良いだろう……

 拠点を放棄し撤退した上に、再集結した兵がこの程度しかいないのでは、とても敵を押し返すのは無理だろう。


「現時点で最も階級の高い士官に会いたい。緊急な要件がある。案内せよ」

「はっ」


 アベルは、サタナキアを連れ兵士の後を付いて行く。

 そして、彼女だけに聞こえるように囁く。


「陛下、私に話を合わせて下さい。王都まで戻る為です」

「わ、分かったのじゃ……」



 奥に設置された天幕の中に入ると、司令官らしき魔族が座っている。

 アベルは前に進むと敬礼をした。


「私は特殊連隊所属アスモデウス中佐であります! 至急、伝えなければならない最重要命令があります」


「ガルヴァーニ大佐だ。最重要命令とは?」

「その前に、最高機密故、人払いを」


 ガルヴァーニが天幕にいる部下を下げさせる。

 アベルはサタナキアを前に通し告げる。


「こちらは魔王陛下サタナキア=ルシフェル様です。魔王陛下より直々にご命令があります」


 ガタッ!

 サタナキアが深くかぶっていた帽子を取り素顔を見せると、ガルヴァーニ大佐は立ち上がり敬礼をし、席を譲り自らは下座に移動する。


「魔王陛下の御尊顔を拝謁奉り恐悦至極にございます」

「う、うむ……」


 サタナキアを椅子に座らせると、アベルはガルヴァーニに話し始める。


「魔王陛下は帝国との平和条約調印式に出席する為グレストに赴いておりましたが、卑劣にも人族が陛下を罠に嵌め亡き者にせんと企み銃口を向けてきました。私は陛下を護衛奉りグレストからここまでお連れした次第であります」


「おおっ、陛下……なんと御労おいたわしい……」


「よって、陛下は王都デスザガートへお戻りし、大元帥としての職務を全うする為に、麾下全ての魔王軍は協力せよとのご命令であります」


「ははっ! 我ら陛下の御意向に全面協力致します。何なりとご命令を」

 ガルヴァーニは畏まった。


「先ず、帝国で自動車を鹵獲ろかくしたのですが、燃料を調達して頂きたいのです。そして、現状の我が軍の状況はどうなっておりますか?」


「我ら、混乱した状態のまま集結し満足な補給は有りませぬが、陛下の為に早急に燃料を調達してくる所存」


「はい、お願いします」


「そして、現状ですが、無線の報告によりますと、国境沿いの街全てにドレスガルドの大軍が押し寄せ、現在交戦中との事。城塞都市アケロンのみ持ちこたえているとの事ですが、後は戦線が崩壊し押されているとの事です。特に第四軍は壊滅状態との事で……」


「なっ、壊滅……」


 第四軍はビリーが最前線に配属されているはずだ……

 くっ……

 ビリー、無事でいてくれ……




 燃料の目途も立ちそうになり少しだけ展望も開けそうなアベル達だが、第四軍が壊滅したとの情報を聞き重い雰囲気になってしまう。

 そしてアベルは目を疑った。


 ふと、アベルが避難民の方に視線を向けると、街から逃げて来た者達の中に、見知った女性の姿を見つけてしまう。


「あ、あれは……まさか、ロ、ローラ!」


 そう、あの淫らなメイドを、何処までも付いてくるアベルの専属メイドを。

 予想外の場所で再会した彼女の意図とは――――

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