第24話 望郷
国境付近の棄てられた廃村に身を隠していた。
この辺りは国境を巡って幾度となく小競り合いが繰り返され、いつしか住民は消え失せ廃墟のみが寂しく残っている。
アベル達は、奥まった場所の廃屋に身を隠し、途中の畑でくすねてきた芋を焼いて空腹を満たしていた。
「陛下、このような粗末な食事しか用意できず申し訳ございません」
アベルが焼けた芋を差し出す。
「い、いや、十分じゃ……そなたのお陰で何とか凌いでおるのじゃから……」
そう言って、サタナキアは芋を食べ始めた。
夜になったら国境を抜けるか……
この辺りなら警備も手薄なはずだ。
一気に魔族領へ入り、ジュデッカに向かえば……
しかし……
街で見た帝国の大軍が気になる。
今、魔族領はどうなっているのだろう……
ジュデッカに入った途端、戦闘に巻き込まれるような事は避けなければ。
あんな大軍の侵攻を受けて、最前線のビリーは無事だろうか……
ニコラは、アリサやエレナは……
武装解除しているところを奇襲されたら……
いくら一人一人が魔力を持ち体力的にも勝る魔族といえど、圧倒的な物量をもって攻め込まれたら一溜りもなく防衛線は瓦解するだろう。
「アベルよ……こうしておると、士官学校での行軍訓練を思い出すのう……」
突然、サタナキアが望郷の想いを乗せたように語り始めた。
講和は裏切られ条約も失敗し、部下を失い今は着の身着のままの逃亡者だ。
祖国では、敵の侵略により臣民の命が次々と失われているのかもしれない。
今にも折れそうな彼女を支えているのは、士官学校時代の思い出なのかもしれなかった。
「陛下…………」
「ワシはな、昔から人とコミュニケーションを取るのが苦手でな……父上が『高貴な生まれの王侯貴族には、その富や権力を持つ代わりに義務が生じる』と申してな、社会の模範となるように努めねばならんと勝手に士官学校に入学させられたのじゃ」
ノブレス・オブリージュ
特権を持つ者は持たざる者達への義務によって、つり合いが保たれるべきだという倫理的な考えである。
「ワシは、ずっと部屋で静かに本を読んだりして暮らしていたかったのじゃ。それが、いきなり士官学校に…… 誰もが腫れ物に触るようにワシに接している中、そなただけはワシを普通の者と同じように話し掛けてくれた…… 最初は靴を取られたりお茶を飲まされたりして、なんじゃコイツと思ったがの。それも今では分かる。そなたはワシと仲良くなろうとして空回りしておったのじゃな。ワシも、良かれとしてやった事が、逆に悪影響を与えてしまう事があるのでな……」
「陛下、それは……」
「今回の件もそうじゃ……ワシは良かれと思って、これで平和になると思って停戦を結び平和条約を……それなのに、部下を死なせてしまい、戦争も拡大させてしまった……ワシは、ワシは、うううっ……ワシは、こんな事になるとは思っていなかったのじゃ! ワシのせいで多くの者が苦しむ事に! ワシは、最初から魔王の器ではなかったのじゃ……」
サタナキアは大粒の涙を流して泣き出した。
自分が取り返しのつかないような事をしてしまったのではないかと。
魔王の器ではない自分が、義務どころか害悪を与えてしまったのではないかと。
だが、今それを言っても仕方がない。
失政が元に戻る事も無く、失った者も戻ってはこないのだから。
「陛下、今は王都に帰る事だけを考えましょう。とにかく今は生きて帰る事だけを考えて下さい」
「ううっ、ぐすっ……う、うむ……」
望郷……なのか?
まだ少しか経っていないのに、俺まで士官学校での日々を懐かしく思ってしまう。
元の世界での学生生活には戻りたいとは思わないのに、異世界に来てからの士官学校での日々が懐かしく思えるだなんて。
まるで、あれが俺の……ただ一つの青春の日々だったように……
アベルは分からなくなった――――
前世で電車に轢かれ、世を呪って異世界に転生した。
悪魔に生まれ変わったのも、人類を滅亡させる
それなのにどうだ。
人類を滅亡どころか、魔族が滅亡しそうになっている。
クソのような前世の人生と違い、エリート街道を一心不乱に進んできた結果がこれだ。
神は……神という存在がいるとするならば、この世界に俺を呼んだ理由は……俺は何の為にこの世界に転生したのだ……
ローラは、今頃どうしているのだろう……
アベルは、ふと淫らなメイドの事を思い出す。
不思議な女だ。
伯爵家当主である父親が、街で見つけて雇い入れた美しい専属メイド。
初めて会ったはずなのに、何故だか懐かしい感じがした。
どこまでもアベルの第二の人生に干渉してくる女。
ローラか……
でも、彼女のおかげで、苦手意識をもっていた女性にも、少しだけ慣れて普通に接するようになったんだよな……
もうエレナにも童貞っぽくギクシャクした態度をしないで済みそうだ。
ふふっ……
んっ? 俺は笑っているのか?
こんな最悪の状況なのに、ローラの事を考えると自然と笑みが……
まさか、俺のように童貞を拗らせると、初めての年上女性に想いが強くなってしまうのか……
ふっ、まさかな……
――――――――
辺りが夜の闇に覆われ静寂に包まれると、アベルは立ち上がり出発の準備をし出す。
車を隠す為に乗せてあった木の枝を除けて、水冷四気筒サイドバルブエンジン始動する。
「陛下、行きましょう」
「うむ……」
夜の闇に紛れて車を進ませる。
もう少しすると国境だ。
何とか人族の国境警備隊を振り切り、魔族領に入らなければならない。
ガソリンの残量が少ないな……
魔族領に入ったら、何処かで給油をしなくては……
工業都市ゲヘナに行けば、いくらでも燃料が手に入るが、あそこは東北の奥まった地方にあり無理だ。
ジュデッカでは、粗悪な燃料しか手に入らないかもしれないな……
暗い通りを進み続けると、国境のゲートが見えてくる。
頑丈なゲートに検問所が設置され、警備兵が一人立っているのが見える。
どうする……
攻撃するか……?
しかし、ここで戦えば奥から応援が駆け付けるかもしれない……
騙して通過するか……
「待て、通行証は持っているか?」
話し掛けてきた警備兵に対し、アベルが盗んだ軍の身分証を見せる。
「我らは軍の特命で魔族領への偵察任務の途中だ。これは秘匿命令が出ている故、一般兵には知らされておらぬ事なのだが」
「ほうほう、第24軍バーク司令官直属ですか。話は伺っておりますよ」
カシャ!
警備兵は、アベルに銃口を向ける。
「ぐっ、しくじったか」
「ふへへっ、上から命令が出てるんだよ。魔族二人が国境を越えようとするから捕まえるようにとな。捕まえた者には報奨金が出るそうなので、俺は部下に睡眠薬入りの酒を飲ませて、金を独り占めしようと一人で待ってたわけよ」
こいつアホか!
俺達が誰なのかも知らないのか?
報奨金が出るほどの魔族ならば、相手は大物だと分かりそうなものを……
はした金目当てに部下を眠らせるとはな……
まあ良い、こんなアホなら利用出来るだろう……
何処の世界でも、クソみたいな上司がいるという訳か。
「その報奨金とはいくらなんだ?」
「はあ? そんな事はオマエら魔族には関係ないだろ!」
「まあ、給料の何か月分とかそんなもんだろ。少しだけ贅沢したら、それで終わりだ」
「何だと!」
アベルは小声でサタナキアに話し掛ける。
「
「じゃ、じゃが、あれは……」
「早く」
アベルは、敢えて魔王陛下とは呼ばずに、彼女から魔王が付けている装飾品を受け取る。
「おい! 何をコソコソしている!」
「なあ、アンタ。これは高価な宝石の付いた純金製の装飾品だ。これがあれば、アンタは一生遊んで暮らせるだろう。選べ! どうでもいい魔族を捕まえて報奨金とやらで少しだけ贅沢するか、ここを見逃して、この財宝で一生遊んで暮らすか?」
「うっ、ぐぬぬっ……」
金にがめつそうな男は、明らかに欲に駆られて迷っている。
「ぐっ、第三の選択もあるな。おまえたち魔族を捕らえて、その財宝も頂くというのがな!」
「ふっ、まだ分からないのか? 俺は魔族の中でも上位種の上級悪魔だ。そして、その中でもトップクラスのエリート。アンタが銃の引き金を引く前に、俺の魔法でアンタの頭を吹っ飛ばすくらいは出来るんだよ」
「なっ、ななっ!」
「アンタを殺して通過するのは簡単だが、騒ぎで仲間が起きてくると面倒だから、財宝を渡すかわりに見逃せと言っているのだ。この財宝を受け取り何も見なかった事にして、おまえも酒を飲んで部下と一緒に知らなかったふりをすれば、誰にもバレないし財宝は独り占めだろ」
「ぐぐぐっ、ううっ……」
「こんな魔族を二人くらい逃がしても、アンタには何の損も無いはずだ。この財宝があれば、欲しい物も買い放題だし、いい女も抱き放題だろ?」
「うっ……確かに……」
ふっ、本当は魔法術式発動に時間がかかるから、銃の引き金の方が早いのだが。
欲に目がくらんだヤツは、目先の金を優先させるからな。
それに性欲まで刺激してやれば完堕ちだ。
「わ、分かった。その財宝を渡して、さっさと行け!」
「ああ」
アベル達は国境を越え魔族領に入る。
目指すはジュデッカ。
そこで魔王軍と合流し、王都デスザガートまで戻らねばならない。
だが、二人の前には、とんでもない現実が待ち構えていたのだった。
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