第15話 奪還

 地響きのような靴音と凄まじい雄叫が合わさって、轟音の波となってアケロン城正門から突入した。

 それはまるで人族に対する死刑を告げる号鐘ごうしょうのように鳴り響き、何が起きたのか分からず右往左往しているドレスガルド帝国軍兵士を飲み込んで行った。


「「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」

「撃て! 撃て! 撃て! 撃て! 撃て!」


 ダンッ! ダダンッ! ダダンッ!

 ダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!!


 容赦のない一斉射撃で全く準備の整っていない敵兵は次から次へと撃たれて倒れて行く。

 ある者は頭を撃ち抜かれ脳漿のうしょうをぶちまけ、ある者は体を撃たれ鮮血を飛び散らせ、次々と血の海に沈んで行った。


 次から次へと魔王軍兵士が城内に突入し、やがて乱戦となると魔王軍が剣を抜いて戦い始める。

 酒を飲んでいて寝ている所を突然起こされた敵兵は、何も出来ないまま次々と殺されている。

 それは戦闘とよべるようなものではなく、まるで一方的な殺戮だった。


 あらかた城内に突入し城壁の占拠も終わった所で、特任参謀となっているアベルも入城した。

 城内は人族兵士の死体が転がり、辺り一面血の海で地獄絵図のようになっている。


「これは凄い……これが本物の戦争か……」


 前世では戦争といえばテレビの中の映像が映画の中だけの存在だった。

 外国では戦争をやっている国もあったが、何処か遠くの世界の話だと思っていた。

 今、目の前で行われている現実リアルこそが真実なのだ。

 自分の提唱した作戦で多くの人が死んだ。

 やらなければやられる。

 ただ、それだけだ……


 

 アベルの目の前で生き残っていた人族が起き上がり向かって来る。

 静かに銃を向け照準を合わせ引き金を引く。

 魔装式歩兵銃は、通常の銃の機構に魔力を込めて威力を増加させる機能がある。

 上級悪魔であり高い魔力を持つアベルは、より強力により正確に確実に敵を倒す力が有った。


「ダンッ!」


 一発の銃弾が敵の頭に命中した。


 俺は人を殺したのか……?

 この手で……

 前世ではありえない事だった。

 人を殺せば殺人罪だ。

 だが、ここは異世界で戦場だ。


「ダンッ! ダンッ!」


 物語の主人公が敵を殺すように――――

 アベルは冷静に引き金を引き、敵を撃ち殺して行く。

 先日までの普通の人間のような感覚は麻痺し、まるで映画やゲームの中の出来事の様に、ただ現れる的を何の感傷も無く処理しているだけだ。


 そうだ、俺がこの世界に転生したのは人類を滅亡させる為なのだ。

 どの世界の物語でも、主人公は敵を倒し世界を救うのだ。

 ただ、俺が勇者でも騎士でもなく、物語では敵側である悪魔だがな!




 夜が明けて辺りが明るくなる頃には、勝敗は決していて大量の人族の死体と捕虜の山が残っていた。

 アベルは敵将を捕らえたとの報告を受け、アケロン城執務室へと向かう。

 ドアを開けるとそこには、縄で縛られ不服そうな顔をした敵将と、傷だらけの若い魔族の女が居た。

 魔族の女には鞭で打たれたような傷跡がいくつも残っている。


「おい! この薄汚い魔族めが! この俺がドレスガルド帝国軍少将だと知っているのか! すぐ縄を解け! 低俗な魔族が、この俺様と対等に口を利けるを思うなよ!」

 

 アベルは唾を撒き散らしながら汚い言葉を吐き続ける汚物には目もくれず、傷だらけの魔族少女の元に行き傷の具合を確認する。

 部下に命令して、手枷を外して傷の治療をするように申し付ける。


「おい! そこのオマエに言っているのだっ! 見た所、階級も低そうな若造だろ! 貴様、早く俺の縄を解かないと後で後悔するぞ! 薄汚い魔族の分際で、この俺にこんな事が許されると思っているのか!?」


「貴方はご自身の立場を理解されておらぬようですね」


「なんだと!」


「貴方達は負けたのです。貴方は、その薄汚いとか形容している魔族の捕虜となるのですよ。少しはご自分の身を案じ、土下座でもして命乞いをしたらどうですかな」


「ぐっ、ぐぬっ……」


 アベルは、その敵将を鋭い目で睨みつけ、口元に不敵な笑みを浮かべる。

 そして、おもむろに近付いて行くと、厚く固い軍靴で顔面に蹴りを入れる。


 ドッガァァァァァン!

「ぐあああああぁぁぁぁっ!」


 顔面にクリーンヒットした敵将は、鼻血を吹きながらボウリングの玉のように転がり壁に衝突した。


「コイツを地下牢にぶち込んでおけ」

「はっ!」


 一撃で戦意喪失したロング少将は魔族兵に両脇を抱えられ、暗く薄汚い地下牢へと連れられて行った。



 この世界にはハーグ陸戦条約もジュネーヴ条約も存在しないからな。

 捕虜には悲惨な生活が待っているのだろう。

 そもそも、人族は魔族の事を人間だと思っていなくて、捕虜などとらず虐殺するか奴隷にするだけだ。

 人族が行っている事が自らに返っているだけだから、それこそ因果応報というものだな。




 その日、アケロンの城塞都市はアベルの策により奪還に成功し、街は一日中歓喜の声が上がり続けた。

 人族の占領が続いた事により、魔族の男の多くが処刑されアケロンの人口分布は大分偏った事になっており、アベルは勝利の英雄として黄色い歓声を受けるのだった。


「モテモテじゃないか。これで魔属領を奪還した英雄として王都に凱旋だな」

「あまり調子に乗るなよ。今回は、たまたま上手く行っただけだ」


 完全に制圧が完了したアケロン城に、セーレ少将とキマリス少将を迎え入れる。

 キマリス少将は、士官学校を出たばかりの若造の成功が面白くないようだ。

 まあ、自分の息子程の小僧が、上官を差し置いて成功すれば嫉妬の対象となるのは理解できる。


「閣下、兵の練度が高く勇猛果敢であったからこそ成功したのであります! さすが最前線を守る第五軍だと感服致しました」


「英雄となったのに殊勝じゃないか」

「あまり謙遜しすぎるのも好かん!」


 まあ良いさ。

 出る杭は打たれる。

 勝って調子に乗っていると、嫉妬されて足をすくわれるかもしれないからな。

 最初の内は慎重に行くとするか。




 ギリウス――――


 この街にもアケロン奪還のニュースは届いていて、街中がお祭り騒ぎのようになっていた。

 アベルはアケロン城が一段落し、久しぶりにギリウスに戻って来た。


「おかえりなさいませアベル様」


 将校用宿舎に入ると、専属メイドのローラが出迎える。

 久しぶりに見ても淫らなオーラが出まくっていて、すでに目つきが妖しくなっている。


「ローラ、留守の間は何も無かったか?」

「はい、何事もございません。万時抜かりなく」


 ローラの視線がベッドを指したのを見逃さなかった。

 万事抜かりなくが掃除などの事なのだろうが、夜伽の準備を言っているような気がして仕方がない。


「それよりアベル様、ここギリウスでもアベル様は救国の英雄だと噂で持ち切りでございますよ」


「ふっ、この程度当然だな。まだまだこれからだ」


 アケロン奪還の褒賞の授与を受ける為に、一度王都に戻る事になる。

 昇進は決定的だ。

 初陣でここまでの功績は大成功だ。

 まだまだ、このまま一気に上り詰めてやる。


 アベルは、淫らなメイドがベッドを見つめて何か言おうとしているのを見ていないフリして、一人戦果を挙げた余韻に浸っていた。







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