第14話 策謀

 これまでの攻撃でアケロン城前方に掘った塹壕ざんごうを拡充し、大規模な野戦陣地を構築した。

 敵に作戦を見破られない為には、本気で長期戦を戦う覚悟だと思い込ませねばならない。

 今まさに、互いの兵士が配置に着き戦端の火蓋が切られようとしていた。


「突撃!」

 魔王軍の掛け声と共に一斉攻撃が始まる。

 後ろの塹壕ざんごうから支援用の魔装式迫撃砲が発射され、魔法支援兵からの支援魔法が放たれる。

 魔族は元来魔力を持っていて、特殊な触媒を使い魔法の行使が可能になる。

 しかし、魔法術式発動に時間が掛かり前線での使用は役に立たず、もっばら後方からの支援のみだ。


 支援攻撃の後に魔装式歩兵銃を持った兵士が突撃する。

 すぐに城壁上からの敵の銃撃が始まり、血で血を洗うような殺戮の現場と化す。


 後方で戦場を見つめるアベルは、心に走る動揺を抑えようとしていた。

 前世では銃を撃つどころか触った事もなかった。

 目の前で次々と撃ち殺されて行く兵士に、衝撃を受けながらも動揺を顔に出さないように必死だ。


 どうやら魔族に転生して肉体が強靭になり魔力も得たが、精神まではゲームのように何も感じない強さとまではいかないか。

 しかし……

 これは、まるで日露戦争の旅順要塞りょじゅんようさい攻略戦だな……

 堅牢な要塞に向かって突撃するなど、無駄に兵を失うだけに思える……

 それだけ要塞への攻撃は難しいのだ。


 

 何度か攻撃を仕掛けるが、決定的なダメージを与えられず膠着状態になる。

 こうしている間にも、次の策の為に後方では砲床ほうしょうの構築工事をしている。

 作戦の決め手となる効果抜群な策。

 実際に稼働させるのは難しいだろうが、見た目のインパクトは絶大だ。




 翌朝――――


 アケロン城を占拠している人族、ドレスガルド帝国軍司令官ロング少将の元に緊急報告が入る事となる。

 朝食の時間を邪魔され、ロングは不機嫌に部下からの報告を受ける。


「いったい何だ、朝から騒々しい!」


「大変です、魔族軍陣地の後方に砲床構築ほうしょうこうちくをしているのが確認されました。後方からは砲架ほうかなどの部品や大量の食料が運び込まれているとの事です」


「なんだと!」


「砲床の大きさから、敵は榴弾砲りゅうだんほうを運び込んで組み立てる算段だと思われます」


 そうなのだ。

 アベルは後方から遠路遥々と魔装式榴弾砲を運び込み設置しようとしているのだ。

 榴弾砲が設置出来れば、大破壊力の攻城兵器により長距離射撃で城壁や城門の破壊も可能となる。

 しかし、榴弾砲は重く運び込むのに時間を要する上に、砲塔を設置する為に砲床の構築工事や組み立てにも時間が掛かり、前線で使うとなると問題が多い。

 

「おのれ、魔族め! あんな物を設置させてたまるか! すぐに出撃して叩き潰してやる!」


 ドレスガルド帝国アケロン城駐留軍は、城を出て魔王軍を攻撃する決定をした。


 ――――――――




 魔王軍アケロン城攻略部隊司令官のキマリス少将とセーレ少将は、アベルに対して全く違う感情を抱いていた。

 キマリス少将としては、士官学校を卒業したばかりの青二才のアベルが、前線でアレコレと指示してくるのが腹立たしい。

 アロケル大将の命令であるから従っているものの、そうでなければ新任少尉などが少将に意見するなどあってはならない事だと思っていた。


 もう一方のセーレ少将は、面白い男が出て来たものだと多少ながら感心していた。

 魔王軍は古い慣習や家柄ばかりを重んじて、新しい風を入れず組織が硬直化していると感じるからだ。

 あの男が魔王軍に新しい風を引き入れて、この停滞したままの軍を動かす切っ掛けになれはそれも良しと思っている。



 思惑は違えど同じ魔王軍として戦っている者達にとって、遂に作戦の転機となるその瞬間が訪れた。

 何度目かの突撃が失敗し魔王軍部隊が後退した瞬間を見計らって、ドレスガルド帝国軍が城門を開け追撃に出たのだ。

 城壁上から掩護射撃えんごしゃげきを受けながら怒涛の進撃をする人族に対し、魔族は一斉に後退し陣地を捨て撤退を余儀なくされた。

 長期戦に備えた食料も設置途中の榴弾砲も、そのまま放置し見す見す敵に譲り渡す失態をしてしまう。


 しかし、それこそがアベルの策であった。

 如何にもそれらしく混乱して撤退しているように見せかけているが、なるべく兵の損害を減らす為に計算されていた。

 敵が城から出てこない事も想定して、敢えて遠く離れた後方から貴重な榴弾砲まで運んで来たのだ。

 魔王軍の最新兵器が登場したとなれば、人族も躍起やっきになって城を出て榴弾砲の設置を阻止したり鹵獲ろかくしようとするものだ。


 撤退する時に、大量の食糧や物資を積んだ荷台の二重底になっている部分に兵を忍ばせ、全ての準備が完了したのを見計らってアベルも撤退して行った。


 ――――――――




「ガッハッハハハハハハッ! 愚かな魔族め、あの慌てぶりには大爆笑だ! 大量の物資まで残していきおったわ!」


 魔王軍を退け大喜びのロング少将が、勝利の美酒に酔いながら大笑いをしている。

 元から魔族を甘く見ている彼としては、魔族の敗走が楽しくて仕方がないのだ。

 魔族の残した物資も榴弾砲の部品も全て鹵獲して城内に運び込んでいた。


「次に来た時は、あいつらの残していった榴弾砲を自らの身に食らわせてやるわ! ガッハッハッハ!」


 城内に歓声が響く。

 誰もが魔王軍に勝利した喜びでバカ騒ぎだ。

 堅牢な城壁を備えた城塞都市であるアケロン城に、もはや魔族は為す術も無いと誰もが思っていた。




 深夜――――


 忍び込んでいた魔王軍兵士が、城内の各所に爆薬を設置している。

 そして、撤退したと見せかけた魔王軍は途中で反転し、再びアケロン城付近まで戻っていた。

 今や今やと逸る気持ちを抑え、突撃の号令を待っている状態だ。

 

「そろそろ時間だな」

 アベルが時計を見て呟く。


 ズドォォォォォォォン!

 ドドォォォォォォォン!

 ドォォォォォォォォン!


 その時、アケロン城で幾つもの爆発音がして煙が上がる。

 遂に反撃の時間だ!

 魔王軍兵士に緊張が走る。




 その頃、城内のドレスガルド帝国軍はパニックに陥っていた。

 魔族を退け久々の酒を飲んで寝ていた兵士達は、誰もが何が起きたのか理解出来ず右往左往するばかりだ。


「何事だ!」

「それが、敵が現れました」


 良い気分で寝ているのを爆音と騒ぎで叩き起こされたロング少将は、すこぶる不機嫌になり部下の報告を受けている。


「敵だと! 一体何処からだ!」


「敵は城内に居ります! 何か所も同時に攻撃され火の手が上がっております!」


「なっ、そんなバカな! トンネルでも掘って地下から現れたとでもいうのか!?」


「ただいま調査中でして……」



 城内各所を爆破した魔王軍兵士達は、騒ぎに乗じて城門を見張っていた人族兵士を殺害し、内側から大きな門を開け放つ。

 定刻通りに門が開いた所に、魔王軍が怒涛の進撃を開始する。


 遂に、これまで受けた屈辱を何倍にもして返す時が来たのだ。

 魔王軍による情け容赦のない反撃の時間が迫っていた。

 


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