第13話 初陣

 ギリウス――――

 東側国境近くにある街で、魔属領防衛の要でもある第五軍の駐屯地でもある。


 魔王軍は第五軍まで存在し、第一軍は王都防衛としてデスザガートを守っている。

 現状で人族が王都まで攻め込む事を想定しておらず、実戦を知らない大貴族が将校を務めていて、見た目だけは豪華だが兵の練度も低そうな部隊だ。


 ビリーの所属する第四軍は、国境西側の広い平野を防衛しており、常に人族との小競り合いが起きている激戦区だ。


 ニコラの所属する第二軍とアリサとエレナが所属する第三軍は後方に控えている。


 俺の所属する第五軍は、国境東側から東の海岸線を守っていた。

 ギリウスから国境方面に向かった所にある城塞都市であるアケロン城が陥落し、目下もっか第五軍の最優先目標はアケロン城の奪還である。



『くだらない……』

 アベルは心の中で呟いた。


 アベルが着任してしばらくすると、将校を集め第五軍の作戦会議が行われた。

 今まさに軍議の最中なのだが、幹部連中は精神論を唱えたり、正面から攻撃などと戦術とさえいえないものばかり、下っ端の尉官いかんに至っては上官に賛同したり褒めたたえるばかりで何も意見は無い。

 ただ会議を開いているといった名目だけに見えた。


 くだらない、この世界は戦略や戦術が軽んじられているように感じる。

 特に魔族は、なまじ魔力を持っているから正面からゴリ押しばかりだ。

 ここは俺が作戦立案を提言するしかないようだな。


 何度目かのアケロン城奪還作戦は、これまた何度目かの正面からの突撃に決まりかけている空気の中、アベルが静かに手を上げた。


「何だ貴様は!」

「小官はアスモデウス少尉であります! 作戦の具申がありあります!」

「何だと、少尉風情が何を申すか! 黙っておれ!」


 アベルが発言すると、司令官の腰巾着こしぎんちゃくのような上官が、ここぞとばかりに新任少尉を黙らせようといきり立つ。


「より我が軍の被害を少なく、簡単にアケロン城を奪還する策があります」

「だから黙っておれと……」


「待て!」


 アベルの発言を遮ろうとした上官に、中央に座っているリヒャルド=アロケル大将が口を挟んだ。

 広大な領地を持つアロケル公爵は、大柄な体に厳つい顔をして口髭を蓄えた男だ。

 他の大将や元帥が魔王の血縁や外戚で固められている中、実戦を重視し武勲により司令官になったとの噂がある。


「貴公は確か、あの変人メフィストフェレス技術将校に新型兵器の設計と作戦立案をしたアスモデウスか?」


「はい、私がそのアスモデウス少尉であります」


「面白い! あの魔装式歩兵銃を開発した変人を唸らせた候補生の男というのは貴公か。作戦を述べてみよ」


「はっ、ありがとうございます!」


 ふっ、俺はアケロン城と周辺地域の地図を見て、これまでの正面作戦での敗因や敵の配置も把握して、いくつかの作戦を頭に描いている。

 この場合はアスモデウス流軍学『木馬作戦』だ!


 ※アスモデウス流軍学『木馬作戦』:トロイア戦争の木馬や竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りを元にした欺瞞作戦ぎまんさくせんである。


「先ず、アケロン城正面に大規模な陣地を構築し、2個師団レベルの兵を配置します。今までの我が軍の幾度もの攻撃から、敵は我らが大攻勢を仕掛けて来たと見るでしょう。しかし敢えて攻めあぐみ膠着こうちゃく状態になるフリをし、後方から大量の食糧と弾薬を運びます。そして、我が軍の被害を最小限にとどめつつ、わざと負けて後退するのです」


「負けてどうするのだ!」

 先程の腰巾着上官が横槍を入れてくるが、アロケル大将が手で制して黙らせた。


「敵は魔王軍を退けたと大喜びし、残された物資を戦利品だと鹵獲ろかくして場内に戻るでしょう。しかし、その物資の中に兵士と爆薬を忍ばせておき、深夜に忍ばせた兵が城内各所に爆薬を設置、これを爆破と共に城門を内側から開けるのです。城内の騒ぎに乗じて我が軍を突入させ、畏れ多くも我が国の領土を侵し魔王陛下の臣民である同胞を奴隷たらしめた、愚かなる人族を撃滅しその身を以て報いを思い知らせてやるのです!」


 それまで冷めた目で見ていた上官達から、どよめきが起こり感嘆の声やら反論やらが噴出する。


「そっ、そのような奇策が成功するとは思えん!」

「いや、やってみなければ分かりませぬぞ」

「そんな卑劣な騙し討ちなど、魔王陛下の威信に係わると思わぬのか!」

「だが、このまま突撃を繰り返すばかりでは、無駄に兵を失うばかり」


「静かにせよ!」

 上官達の激論をアロケル大将が一喝し黙らせる。


「アスモデウス少尉、勝算は有るのか?」


「はっ、絶対とは言い切れませんが、かなりの勝算が有ると確信しております。先ず、敵は我らが何度も正面突撃を繰り返し其の都度それを退けている事から、増長して油断が生まれていると思われます。そして、これまでの戦いの記録からも人族は元から魔族を甘く見ており、また懲りずに力業で正面突撃をしてきたとうんざりしている事でしょう。更に、敵の戦線が伸び物資は貴重で、喉から手が出るほど欲しいはず。そのような時にこそ、この奇策の成功率が上がると愚考致しました」


 そうだ、これまで愚かに正面突撃を繰り返してきたのを無駄にせぬ為ににも、この作戦が役立つというものなのだ……


 アロケル大将は、暫し思案してから決断した。

「面白い! やってみる価値はありそうだ。キマリス少将、セーレ少将」


「はっ!」

「はっ!」


麾下きかの部隊を以て作戦に当たらせよ! 特任参謀としてアスモデウス少尉を付け、その計画を実行せよ!」


「「「はっ!」」」



 こうしてアベルは、新任少尉として部下数十人預かる身でありながら、約二万もの大軍を動かす特任参謀に抜擢された。

 異例の大抜擢に、そのお手並み拝見と静観する者、反感を持つ者、嫉妬で失敗を願う者など、議場は様々な感情に満ち満ちていた。


 ――――――――




 アケロン城執務室――――


 振り下ろす鞭の音と泣き叫ぶ女の声が響き渡っている。

 そこには、体中に鞭の痕が付いた若い魔族の女が二人と、鞭を持つ人族の中年男が居た。


「何だその反抗的な顔は! 汚らしい魔族奴隷の分際で!」

 ビシィィィィィン! ビシィィィィィィン!

「きゃあぁぁぁぁ!」


 手枷てかせで繋がれた裸の魔族の女に、容赦のない暴力が振りかざされる。


 コンコンコン!

 執務室にノックの音が響く。


「何じゃ! 今は取り込み中だぞ!」

「はっ、急ぎ報告がありますので」


 男は来訪者の部下を部屋に入れた。


「ロング少将、敵が城正面の塹壕ざんごうを掘り進め拡充しているとの報告が入りました」


「何だと! くそっ、愚かな魔族共め! 懲りもせず何度も馬鹿の一つ覚えのような攻撃を繰り返しおって。煩わしい事この上ないわ!」


「如何いたしましょうか?」


「すぐに部隊を編成せよ! 愚かな魔族など叩き潰してやるわ!」


「はい! 畏まりました」


「待て」

 部下が退出しようとしたのをロングが呼び止めた。


「この奴隷にも飽きてきた。新たな奴隷を連れてこい」

「分かりました」


 部下が退室してから、ロングは床に這いつくばる魔族の女に聞こえるように呟く。

「そもそも魔族などという劣等種は、人族より千年は文化が後れた野蛮な存在なのだ。あんな奴等は根絶やしにしてくれるわ……」



 様々な思惑や憎悪や怨嗟が入り混じる中、アベルの初陣が始まろうとしていた。


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