第16話 特進

 王都デスザガート宮殿で勲章の授与式が行われる。

 アベルは軍の正装に着替え、魔王への謁見を待っているところだ。

 今回授与される勲章は、業魔黒翼大綬章ごうまこくよくだいじゅしょう技術大功労章ぎじゅつだいこうろうしょうの二つになる。

 それというのも、アケロン奪還と時を同じくして、アベルの設計した爆撃機の第一号機が完成し、飛行実験が成功したとの知らせが入ったからである。


 膠着状態となっていた戦線で、人族に奪われていた魔族領アケロンを奪還したという魔族中を熱狂させる大成功と共に、戦争の方法を一気に変革させる革新技術の開発に成功という、二つ同時の大偉業に史上稀に見る四階級特進というスピード出世となったのだ。

 ただ、航空機開発成功の件は敵国に情報が洩れぬよう秘匿ひとくとされ、ただ最新技術の開発に成功とだけ発表されていた。


 アケロン奪還で二階級特進、航空機開発で二階級特進、合せて四階級特進か――――

 この若さで一気に中佐まで駆け上がるとは上々の出来だな。

 このまま更に武勲を重ね、誰も到達できぬ所まで上り詰めてやる。

 

 史上稀に見る四階級特進に、救国の英雄が現れたと王都も沸き立っていた。

 社会が停滞している時ほど、民衆は英雄を欲するのだ。

 どうにもならない鬱憤うっぷんや抑圧された気持ちを、代わりに晴らしてくれる英雄を待ち望んでいるのだ。



 授与式は魔王が臨席し滞りなく進められた。

 ただ、アベルには魔王の表情に違和感を覚えた。


 卒業式に会った時からそれほど経っていないのに、やけにやつれた印象を受ける。

 何かの病気かもしれない……

 もし、魔王に何かあったら、次の魔王は一人娘のサタナキアになるのか?

 あんな小娘で大丈夫なのだろうか……




 全ての行事が終了し宮殿の廊下を歩いているアベルの元に、一人の少女が駆けよって来た。

 小柄な体に金髪の髪を揺らし、ピョコピョコと走る姿は可愛らしくも見える。

 これが普通の娘であったら可愛いと評判になったのかもしれないが、この頼りなさげな小柄な少女こそ魔王の一人娘サタナキアであった。


「お、おい……アベル、久しいな」

「これは王女殿下、ご無沙汰しております」


 サタナキアが相変わらずおどおどした感じに、アベルに声を掛けて来た。

 この王女は士官学校時代には孤立気味であまり人と話すタイプではなかったのだが、アベルにだけはたまに声を掛けたりと少しだけ心を開いていた。

 入学早々にお茶の男としてインパクトを残し、それから校外教練や行軍訓練で一緒だった事もあり、少しずつ打ち解けて話すようになったのだ。


「そ、それより聞いたぞ。そなた、凄いではないか。あのアケロンを奪還するとは」


「はい、魔王陛下の領土を取り戻し臣民である同胞を救えた事を誇りに思います」


「ワシは相変わらず部屋にひきこもっておるのに……そなたは活躍して凄いな(ぼそっ)」


「は?」


「いや、何でもない。あ、あの……少し話を聞いて欲しいのじゃが……」


「はい。殿下のお話でしたら喜んで」



 サタナキアに連れられて向かった先は、サロンや客間ではなく彼女の自室だった。

 アベルを少し待たせて何やら部屋を片付け、使用人を全て下がらせてから入室するよう命じられる。

 そこは王女という割には地味な感じで、本棚に大量の本が並んでいるオタクっぽい部屋だった。

 アベルは自分の部屋に似ているような気がして、少しだけ王女に親近感を抱いた。


 しかし……

 この王女、年ごろの娘が若い男を自室に入れるという意味が分かっておらぬのか……?

 変な噂が立ったらどうするのだ。


「ううっ、使用人以外の者を入れたのは初めてなのじゃ……」


 サタナキアは落ち着かない様子でオロオロしている。


「それで、お話というのは?」

「そうじゃ、それが……父上の事なんじゃが……」

「はい」

「実は……父上は病で……もう長くないようなのじゃ」

「えっ…………」


 なっ、何だと!

 魔王が病……

 やはり式典の時に感じた違和感は正しかったのか。

 マズいぞ……魔王が崩御ほうぎょしたら、次はこのサタナキアではないか。

 こんな頼りない小娘に魔王が務まるとは思えないぞ。


 アベルが暫しの思考から戻ると、目の前の少女は力無ちからなげにうつむいてしまっている。


「この事は、まだ表向きに発表しておらぬ故、内密にして欲しいのじゃが……」


「はい、それは承知しております」


「それでじゃな……魔王は直系が継ぐようになっておるので、次の魔王はワシになってしまうのじゃ……」


「はい」


「じゃが……ワシは、そんな大役は務められる自信が無いのじゃ……」


 だろうな……

 どうみてもサタナキアはコミュ障だ……

 他者と話すのもマトモに出来ていないのに、全魔族を率いる魔王など重圧に耐えられるはずもない。

 むしろ、親族や外戚の公爵辺りの側近や大臣が魔王を後ろから操り人形にしてしまうか、もしくは親族同士が魔王の座を狙って内乱になったり簒奪さんだつされるかのどちらかだろ。

 どっちに転んでもろくでもない事になりそうだ。


「ううっ……もう、どうしたら良いのか……おぬしくらいしか相談出来る相手がおらぬのだ。士官学校での話し相手は……そなたくらいしかおらぬし、他に寄ってくる者といえば……何か威圧的で怖い者達ばかりで……」


「殿下……」


「ううううっ……」


 どうする……?

 親族や外戚の大貴族は、どいつもこいつも権力を笠に着て、サタナキアを排して実権を握りそうなヤツらばかりに見える。

 誰か親族を後見役にするのは危険だな。


「殿下……殿下が魔王となれば、全魔王軍の統帥権を持つ大元帥ににもなられるのですよ。魔族全てを支配する強大な権力を持つのです。ですから、誰か玉座を狙うような不届きな者達の言う事などに耳を貸さず、殿下の思うようになされば良いのです」


「おおっ、そうなのか」


「もし、お困りになりましたら、この私が馳せ参じます」


「何だか、おぬしと話したらワシにもやれそうな気がしてきたのじゃ」


 ――――――――



「今日は、そなたと話せて良かったのじゃ。また、話を聞いて欲しいのじゃ」


「はい、いつでも御呼び下さいませ」



 王女に見送られ宮殿を後にする。

 この時のアベルは次期魔王と懇意こんいとなり、将来の出世に有利となったと喜んでいたのかもしれない。

 しかし、後で思い知る事となる。

 何故、あの時あのような事をサタナキアに言ってしまったのかと。

 出来るのなら、アニメのように時間逆行して過去に戻ってやり直したいと。


 この時のサタナキアの決意がターニングポイントとなり、魔王領が史上最悪の危機に陥ってしまうのであった――――







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