第17話 空軍


 アベルは新たな辞令を受け取り、魔族領東方に位置する工業都市ゲヘナに向かった。この地には様々な軍事工場があり、例の変人と称されるメフィストフェレス技術将校の魔王軍技術研究所が、航空機開発を進めている場所でもあった。

 今回アベルは、新たに創設される魔王軍特殊航空連隊の責任者として、この地に赴任したのだ。


「この辺りはだいぶ開発が進んでいるのだな」

「はい、アベル様。珍しい物がたくさんございますね」


 アベルの独り言に、後ろに付き添っているローラが答える。ローラは、新しい赴任先にも当然の様に付いて来ていた。


 ローラ……

 今日も一段と淫らに見える……

 落ち着け俺!

 もうあの頃のような童貞じゃないんだ。

 いい加減、前世のトラウマなど忘れて女に慣れなくては。

 いや……もう十分慣れているはずなんだ……

 士官学校でも何処でも、女性とは普通に対応出来ているはずだ。

 このメイドが特別淫らに見えたり女を感じさせて、苦手意識を持ってしまうのかもしれない。

 不思議だ……ローラを見ると何故か心が波立つのだ……


「どうかなさいましたか?」

 ローラが不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、何でもない。行こうか」

「はい」



 初赴任先だったギリウスと違って、ここゲヘナは大規模な軍が駐屯しているわけでもなく、士官用宿舎もあまり整備させていないので屋敷を借り上げた。あまり狭い場所ではローラとの距離が近すぎて落ち着かないのだ。


 技術研究所にほど近い場所にある屋敷の鍵を開け、中に入り部屋を確認する。十分な間取りがあり、これなら落ち着いた生活が出来そうだ。


「ローラ、キミはここの部屋を使うといい」

「あ、あの、アベル様……」

「なんだ、この部屋では不満か?」


 ローラが戸惑った顔をする。


「いえ、逆です。メイドの私にこのような立派な部屋を。身分の差を弁えております。私には使用人部屋か物置部屋で十分です」


「部屋が余っているのだから、わざわざ物置部屋に住む必要は無いだろ」


「ですが……」


「オレは……生まれた時の身分で、その後の一生まで決められてしまうのが嫌なんだ……」


「…………アベル様……はい、アベル様のご厚意にに感謝いたします。やっぱり……アベル様はお優しいですね」


 俺が優しい?

 前もそんな事を言われた気がするが……

 俺はもう、優しい男など止めたはずなのに……



 後の事はローラに任せ、メフィストフェレス技術将校の居る技術研究所へと向かう。爆撃機の開発の進捗状況を確認する事と、特殊航空連隊の今後の計画について話し合わねばならない。


 変人メフィストフェレスか……

 この世界に来てから改めて思うのだが、人間とは一体何なのだろう……? 人族と魔族の違いなど魔力を持っているかいないかだけで、角や翼が生えているわけでもなく分かりづらい。


 太古の昔より魔族は、魔力を持っている為に恐れられてきた。悪魔狩りのような事が行われたのは、元の世界で魔女狩りや異端審問が行われたのと同じで、よく分からない存在に対する恐れや偏見があるのだろう。お互いに侵略を繰り返し憎しみの連鎖が続いている。


 俺は電車に轢かれ死ぬ直前に、人類の滅亡を願った。

 もし、神のような存在がいたとして、俺をこの世界に転生させたのなら、一体どんな意味を持っているというのだろう。


 士官学校時代、俺は友人と一緒に遊んだり笑ったりして、そういう穏やかな暮らしが出来るのなら、それも良いのかもしれないと思ってしまった。もし、俺の作った航空機により戦況が決定的となり人族の脅威が無くなったのなら、そんな暮らしも可能なのだろうか……?


 ――――――――




「やあやあ、よく来たね、ええーっと……誰だっけ?」


「アベル=アスモデウス中佐であります。メフィストフェレス少将」


 機械や発明にしか興味のないようなメフィストフェレスは、航空機の設計と開発具申をしたアベルの顔は覚えているのだが、名前をすっかり忘れているようだった。そもそも彼にとって、名前などどうでもいい事なのかもしれないが。

 そして、彼は航空機開発成功の功績で、大佐から少将へと昇進していた。


「そうそう、アベル君だったね。待っていたよ。とにかく、完成した爆撃機を見てくれたまえ」


 メフィストフェレスと一緒に格納庫に向かい、完成した第一号機を眺める。

 銀色に輝く機体に空冷複列星形14気筒エンジンが搭載され、美しさと共に重厚感や機能美も兼ね備えている。この新設計の星型エンジンは、アベルが追加で簡単な設計図を送ったものから作られていた。


 メフィストフェレスが人族の自動車のエンジンから開発しようとして苦戦していた為、アベルが元の世界の航空機の星型エンジンの簡単な原理を纏めて追加で送ったのだった。簡単な設計図から見た事も無い新型エンジンや航空機を完成させてしまうのだから、このメフィストフェレスという男が天才と呼ばれるのも理解出来た。


「凄い! これは本当に凄い!」


「そうだろう、アベル君! 君なら分かってくれると思っていた。これはロマンだよ!」


 感激するアベルに、メフィストフェレスが少年のように喜びながら同意する。

 二人共……いや、多くの男はメカっぽい物や巨大なエンジンやら飛行機やらが好きなのだろう。航空機とエンジンの設計図を片手に、凄いテンションで語り合っている。この二人、もし元の世界で出会えていたのなら、良い友達になれたのかもしれなかった。



 ウオォォォォォォンギュンギュンギュン――――

 ブロロロッロッ、パン、パン、パン!

 ブロロロロロロロロロロロロッ!


 星型14気筒エンジンに火が入り、轟音と共にプロペラが回りだす。

 二人はテストパイロットが動かす機体を見つめながら、興奮した面持ちで動き出す爆撃機を注視している。

 そのまま滑走路にへと入り、凄まじい音でエンジンを唸らせ滑走路を加速して行く。


 ブロロロロロロロロロロォォォォォォォォォォン!


「飛んだっ!」

「おおっ、どうだ、凄いだろ? アベル君!」

「凄い! 飛んだぞ!」

「そうだ、飛んだ! 飛んだ!」


 もう、二人共階級も忘れて、ただのミリオタのように喜び合っている。


 アベルは実際の飛行や機体を見て、更に改善点などを注文していた。大型の爆弾を搭載出来るように、更なる改良が必要なのだ。


「この遠心式軸駆動式過給器スーパーチャージャーの形状ですが、このように……」


「なるほど」


「冷却効果を上げるためにエンジンのフィンや形状を……」


「ほうほう」


「排気バルブと板カムとプッシュロッドの位置ですが……」


「そうか!」


「機体の強度を上げる為に、翼の捩じりに対して……」


「凄い!」


 二人で遅くまで議論を重ね、更に改良の目途がったった。メフィストフェレスは、アベルの意見に興味津々で聞き入り、全てを吸収して自分の物にしているようだ。



「これで改良して更に高出力で強度を増した物が出来上がるぞ。そして、飛行実験の結果次第で量産化の道筋も見えてきた」

 メフィストフェレスが興奮気味に話す。


「これが量産されれば、我が軍が一気に巻き返せます」


「アベル君、君は凄いな。まるで未来からタイムマシンでやって来たようだ」


「いえ、これも日々の勉強と好奇心の賜物であります」




 技術研究所を後にしたアベルは苦笑する。まさか本当に異世界から来たとは言えないからだ。

 航空機開発も順調に進み、アベルの計画も順調に進んでいるように感じていた。

 そう、この時は――――

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