第32話 軍学
アベル達を乗せたクルマがアンテノーラに入る。
人族から
街に入ると、すぐにローラを病院へ連れて行く。
幸いにもビリーの治癒魔法で塞いだ傷の経過も良く、栄養輸液剤投与だけで回復するとの話でホッとする。
「良かった……ローラ……」
ベッドに寝ているローラを見てアベルが呟く。
これで一先ず安心だ。
だが、敵の大軍が迫っている。
補給を終えたら大攻勢でここに迫るはずだ。
それまでに準備を整えねば。
病院から出たアベルはサタナキアに話しかけた。
「陛下、これから軍司令部に向かいます。手筈通りにお願いします」
「う、うむ……じゃが、本当に良いのであろうか?」
サタナキアは不安そうな顔で答える。
「今は緊急時なのです。この作戦には多くの魔族市民の命がかかっているのですよ」
「分かったのじゃ。そなたの言う通りにするのじゃ」
少し迷っているサタナキアがアベルに押し切られる。
ここのところ失政続きで自国に大被害を出している彼女は、何度もアベルに助けられ頼るしかない心境なのだ。
アンテノーラ駐留第二軍司令部の建物に入るアベル達。
門番をしている兵士がアベルの階級章を見て敬礼する。
サタナキアは、まだフードを被らせて目立たないようにさせていた。
「私は魔王軍特殊連隊所属、アスモデウス中佐である。緊急の要件がある。至急、司令官のアザゼル大将に面会したい。これは魔王陛下からの最重要任務である!」
アベルがそう告げると、門番の兵士が急ぎ中へと報告に行く。
すぐに兵士が戻ってきて、アベル達を司令官の元に案内した。
カツ、カツ、カツ――
ガチャン!
固い床を歩き奥の部屋に向かうと、重そうな扉を開け司令官の待つ部屋へ入った。アベルを先頭に、サタナキア、ビリーの順番である。アベルは堂々とアザゼルの正面に立ち、サタナキアとビリーは後ろに下がったままだ。
アザゼルは重厚感のある机の向こうで、豪華なイスに座ったままアベルを見据える。
「魔王陛下からの最重要任務とはなんだ! 陛下の存命に関わる事か?」
眉間に刻まれた険しいシワを深め、大きく低い声で問いただすアザゼル。
「はっ! こちらを」
ファサッ――
サタナキアに被せてあるフードを取る。
「こちらは魔王陛下サタナキア=ルシフェル様でございます」
ガタッ!
驚いたアザゼルがイスから立ち上がる。
「私が、ドレスガルド帝国グレストにて卑劣な罠で陛下を亡き者にせんとした人族を撃滅し、陛下をここアンテノーラまでお連れ致しました」
アベルが少し仰々しく説明した。
「陛下! 陛下とは露知らずご無礼を致しました。お許しを」
アザゼルはサタナキアの前に出て平伏する。
「うむ」
サタナキアは
「陛下の御尊顔を拝謁奉り恐悦至極。よく、ご無事でいらっしゃいました。このアザゼル、心配で心配で眠れぬ日々を過ごしておりましたぞ」
少し大げさなジェスチャーで話すアザゼル。
このようなタイプの男は、権威や序列を重んじて、部下にはやたら厳しいが上官にはペコペコするものだ。
「アザゼルよ、これから重要な命令を伝える。ここアンテノーラで人族を迎え撃つ作戦じゃ」
「ははぁ!」
サタナキアは、事前にアベルが要請した通りに話し始める。
「ワシは、ここにおるアベル=アスモデウス中佐を、敵国の真っ只中から身を挺して魔王であるワシを救った最大功績を称え、魔族最高位勲章である
「は、は……?」
アザゼルは茫然としている。
「よって、アスモデウス大将を此度のアンテノーラ防衛戦司令官に任ずる。そなたと同格の大将で不満もあるかと思うが、新進気鋭のアスモデウス大将に協力して、共に人族の侵攻を防いで欲しいのじゃ」
「へ、陛下……こ、この者は、まだ士官学校を出たばかりの若輩。いきなり司令官などと……」
「アザゼル閣下、陛下の御裁可に何か不満でも?」
アベルが口を挟む。
「い、いえ、陛下の決定に不満なぞあろうはずもございません」
サタナキアの前で異議を唱えるわけにもいかず、アザゼルは心の中ではアベルに罵詈雑言をぶつけながらも従うしかない。目の前の若造にイライラしながらも、サタナキアにに頭を下げる。
アベルはアザゼルの心情を読み取っていた。
ふふっ……
さしずめアザゼルは柴田勝家といったところか。
羽柴秀吉の策略で嵌められたように、さぞイライラしている事だろう。
これぞ、アスモデウス流軍学『
※アスモデウス流軍学『
アンテノーラに入る前、俺ははサタナキアに自身の階級を大将まで上げるように頼んでいた。お飾りの後継者を利用し自身の権限を強め、指揮権を手に入れアンテノーラでの作戦を計画するのだ。
帝国の大軍をアンテノーラに駐留する第二軍だけで倒すのは不可能だ。
少数の兵で大軍を打ち破るのはロマンがあるが、正面から戦っていてはまず勝ち目は無いだろう。
もしあるとしたら、奇策を用いて攻めるしかない。
これは硬直化した思考の魔王軍では不可能だ。
俺が直接指揮を執り、人族も魔族も騙すくらいの計略を用いねはならないのだ!
アベル達が執務室を出てから、アザゼルの怒りが爆発する。
「おのれ若造が! 陛下を
ドカンッ!
アザゼルに蹴り飛ばされたイスが転がった。
――――――――
すぐにアベルはアンテノーラ周辺の地図を見ながら、街の地形やアケロン川の堤防を視察する。この土地に詳しい地元住民と部下の兵士を連れて。
やはり、ここの地形は特殊だ。
思っていた通りだ。
士官学校時代、各都市や周辺の地形を学び、来るべき人族との戦いに向け戦略戦術を練っていたが、本当にこの戦法を使う時が来るとはな。
威力は絶大だが、完全な悪手だな。
例え勝ったとしても批判は免れないだろう。
「よし、この堤防の部分の工事を早急に着手してくれ。それと、ありったけの爆薬の用意を。そして、民間人を全て王都方面へ避難させるように」
アベルがテキパキと指示を出す。
史上空前絶後の大作戦の為に。
「この街の住民全てを避難させるなど、時間も食料も足りません」
部下の男が述べる。
「時間も食料も足りないのは承知の上だ。このままここで人族との戦闘に巻き込まれれば、多くの市民が犠牲になってしまう。ありったけの物資を持って全ての住民を移動させる。今すぐにだ」
「は、はっ!」
「そういえば……ここに駐留する第二軍にニコラ=ネビロスという少尉が居るはずだが。会えるだろうか?」
アベルが人事局を担当する部下に声をかける。友人であるニコラに協力を仰ぎたいのだ。
「ええ、ネビロス少尉は……確か上官に逆らい懲罰房行きになっております」
「何だと!」
ニコラ……何があったんだ……
「何処の営倉だ。すぐに案内せよ」
「はっ!」
ニコラ……
この国を変えるには、おまえの力が必要なんだ。
無事でいてくれ……
街全体を罠にするかのようなアベルの戦術。
やがて訪れる悪魔の如き大逆転に、人族だけでなく魔族まで恐れさせたという、アベルの英雄伝説の序奏であった。
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