第33話 反撃

 部下に案内させ、薄暗い営倉へと到着した。


「閣下、ここであります」

 部下が鍵を開け、アベルに道を譲る。


「ああ」


 ガチャ!

 ドアを開け中に入ると、二コラは部屋の隅に座っていた。


「二コラ、無事か!」


 アベルが営倉に踏み込むと、ニコラは信じられないものを見たような顔をした。


「アベル……アベルなのか」

「そうだ、俺だ。助けに来たぞ。おまえの力が必要なんだ」


 ニコラの腕を掴んで引き上げる。


「どうやってここまで……?」

「説明は後だ。とりあえずここを出よう」


 アベルの一存で、二コラの営倉送りを止めさせた。そして、シャワーと温かい食事をとらせる。


 ――――――――




 食事をしながら、アベルは平和条約調印式からの逃走劇をザッと説明した。


「なるほど……でも、やはりキミは凄いな。ボクが営倉送りになっている時に、アベルは魔王陛下をお救いし戦局の逆転を考えているなんて」


 ニコラが本心から感心した顔をする。


「少佐に昇進し、そして更に栄達しそうだ」


「それが……実は、正式な授与はまだなのだが、現時点で大将に昇進しアンテノーラ駐留軍司令官になったんだ」


「は?」

 ニコラの顔が更に驚きの表情になる。


「それは、本当かい……?」

「ああ」

「キミは……本当にボクの予想の上を行くな。信じられない才能だよ」


 ニコラは士官学校の入学日にアベルと会ったその時から、アベルに対し只ならぬ才能を感じていた。しかし、まさか士官学校を卒業してすぐに大将にまで出世するとは思いもしないだろう。


 最早、御伽噺おとぎばなしに語られる英雄よりも凄い栄達だ。


「これは司令官閣下。失礼致しました」

 ビシッ!

 ニコラが冗談半分で敬礼する。


「やめてくれ。二人の時は、今まで通りアベルで良いよ」

「はははっ」

「ふふっ」


 まるで士官学校時代のようになって笑い合う二人。まだ卒業してから間もないはずなのに、とても懐かしい気持ちになってしまう。


「それで、ドレスガルド帝国軍を迎え撃つ作戦なのだが――――」


 アベルが作戦概要を説明すると、ニコラは困惑と感嘆が入り混じった表情をする。


「アベル……キミは凄いな……そんな奇想天外な作戦を思いつくだなんて。しかし、これは恐ろしい作戦だ。でも、この状況を覆すにはそれしかないようにも思える」


「今、ビリーには住民の避難と物資の輸送の計画を手伝ってもらっている。ニコラにも色々と手伝って欲しい」


「分かった。ボクに出来る事ならなんでもするよ」


「この作戦の成功には、なるべく住民の被害を最小限にとどめなくてはならない。敵の大軍を一網打尽にするのに、同胞の民間人まで巻き添えにしては虐殺者のそしりを免れないだろう」


 士官学校時代の優秀な仲間が加わり、アベルの作戦は滞りなく進められて行く。

 帝国の侵攻以来一方的だった戦局が、ここアンテノーラで覆される事となる。そして、それを後世の者が皆口々に言う『アンテノーラの奇跡』と。


 ――――――――




 ドレスガルド帝国軍は補給を終え、カロン大橋を越えアンテノーラに向け進軍を開始した。


 ディーテ、リンボ、ジュデッカ、を攻略した帝国軍は合流を果たし、第1~3装甲軍と第6~14軍を合わせ約48万もの大軍に膨れ上がっている。東側から侵攻している別部隊を残し、このまま数の力で王都まで攻め込む算段だ。


 途中で接収と言う名の略奪をし、食料は辛うじて確保できているのだが、本国との戦線が伸び弾薬は不足気味のままである。ただ、これまでの一方的な戦闘で、帝国軍側には楽観論が広がりつつあった。


 帝国軍の将校達に楽観論が広がる中、第12軍マグダレス大将だけは、嫌な予感を拭いきれないままだ。


「このまま何もなければ良いのだが……」


「閣下、そのような不安は無用でありますよ。これまでも魔族どもは反撃らしい反撃もできておりませんから」

 マグダレスの呟きに部下が答える。


「しかし、油断は禁物だ。と言っても、我が軍は楽勝ムードで緩み切っているようだがな」


 マグダレスの目の前には、既に戦勝気分に酔う士官や兵の姿ばかりだ。いまさら気を引き締めろと言っても無駄のように感じる。


 そして、運命のアンテノーラ会戦の日が訪れた。


 ――――――――




 アンテノーラ正面に迫るドレスガルド帝国軍48万。地面を埋め尽くすほどの大軍勢に、決戦前から誰もが勝敗は決定的に見えるだろう。


 対して第二軍を中心としたアンテノーラ防衛の任に当たる魔王軍6万。彼我戦力差八倍である。


 決戦の火蓋は、双方司令官の号令によって切られた。


「魔族を殲滅せんめつせよ! 突撃ぃぃぃぃ!」

「魔王陛下の名のもとに、人族を撃ち滅ぼせ!」


 うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!

 おおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!

 ドドドドドドドドドォォォォォォ!!


 ドドーン! ドンドンドンッ!

 ズドン! ドドドーン!


 凄まじい地響きと爆音が鳴り響く。

 装甲車を中心とした装甲部隊を先頭に、ドレスガルド帝国軍が怒涛の進撃をする。アンテノーラ城壁に構える魔王軍に向け、装甲車からの砲撃を次々と打ち込む。


 何としても敵の進撃を食い止めようとする魔王軍が、遠距離の魔法攻撃と魔装式歩兵銃による応戦をするが、余りの戦力差に次々と部隊が崩れているようだ。


 ズドォォォォーン!

 ドドン! ドォォォォーン!


 魔王軍の戦線は崩壊し、蜘蛛くもの子を散らすように魔族達が逃げ出す。それは無様な程に。


「転進! 転進だ! 後退せよ!」

 魔王軍の指揮系統が機能していないのか、皆必死になって逃げだしているように見えた。



 ドレスガルド帝国軍の勢いが増し、砲撃で城門をブチ破り次々とアンテノーラの街へと踏み込んで行く。


「がっはっはっはっはっ! 無様なものよ! 魔族には反撃する力も残されておらぬようだ! 殺せ! 一匹残らず殺すのだ! 薄汚い魔族は皆殺しにせよ!」


 ドレスガルド司令官が歓喜にも似た高笑いを上げる。最早、勝負は決したかに見えた。



 街の後方の高台で指揮を執っているアベルが呟く。

「ふふっ、どうやら作戦通りだな」


 やはり予想通りだ。

 根本的に人族は魔族を知能の劣った存在だと思い込んでいる。最初から高度な戦略や戦術を使わず、正面からの力業だけの存在だと見下しているのだ。


 まあ、今までの戦闘でも、まともな反撃も叶わぬまま一方的に負けていたのも、奴らの増長を引き出すのに役立ってしまったようだがな。



 この数日前――――

 アベルは将官を集め作戦会議の席で作戦の説明をした。


『――このように布陣し、敵の戦闘集団に向け本気で押し戻すつもりで迎撃します。そして、その後はわざと負けて撤退を開始します』


わざと負けるとは何事だ! 貴様は恥を知らんのか!』

 案の定、アザゼル大将が反論した。

 想定済みだ。


『アザゼルよ。ワシからの頼みじゃ。アベル司令官の言うことを聞いてくれぬか?』

 アベルの横、上座中央に座っているサタナキアが、アザゼルに話しかける。


『ははぁ、陛下のお言葉とあらば……』


 事前に話しを通しておいたサタナキアが注意をし、アザゼルは平伏してしまう。


『逃げるというのは偽装ぎそうです。これによって油断を誘い、敵を罠の中へ誘い込み一網打尽にする計画。そう、この作戦により愚かにも魔王陛下の神聖なる領土を侵した人族に、壊滅的な打撃を加え相応の報いをくれてやるのです!』


 そしてアベルが作戦の詳細を説明する。

 当然のように反対意見が続出するが、事前の打ち合わせ通り、サタナキアが皆を抑えさえ計画の実行となったのだ。


 敵に壊滅的な打撃を与えると同時に、アンテノーラにも回復不可能な損害を出す諸刃もろはの剣のような作戦を――――



 うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!

 ドドドドドドドドドドドォォォォーッ!!


 破られた城門から怒涛の勢いで人族が雪崩なだれ込む。街は次々と人族によって埋め尽くされていった。ある者は魔族を殲滅せんめつする為に、またある者は戦利品を掠め取るように。


 今や、アンテノーラは人族に乗っ取られたような光景だ。魔族住民は避難が完了し、もぬけの殻だった街が人族で溢れかえる。



 アベルは、魔王軍兵士の撤退が完了したのを確認すると、手を前に掲げ号令を下した。


「今だ、爆破せよ!」


 ドドドドドドォォォォォォーーーーン!!

 ドガガガガガガガァァァァーッ!!


 アベルの号令と同時に、アンテノーラ前方、ドレスガルド帝国軍後方のアケロン川の堤防が大爆発を起こす。

 雄大な水量を誇る大河が決壊けっかいし、莫大な水量が怒涛どとうの勢いで押し寄せる。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォーーーーッ!!!!


「「「「「ギャアアアアーッ!」」」」」


 想像を絶する破壊力の水が押し寄せ、城壁を紙細工のように薙ぎ倒し、街を粉々に破壊し、人族を木の葉のように水の中で翻弄ほんろうさせ磨り潰してゆく。


 街を埋め尽くしていたドレスガルド帝国軍は、一瞬のうちに壊滅的な打撃と地獄のような悪夢を受けた。

 転生者アベル=アスモデウスの計略によって。


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