第31話 懲罰
時間は少し戻り――――
アベルとサタナキアが必死の逃亡劇の真っ最中の時、王都デスザガートから南へ行ったところにある中核都市アンテノーラでは、情報が
ここアンテノーラは魔王軍第二軍の拠点として、王都を守護する絶対防衛線となっており、ここを突破されると残るは王都を守る第一軍だけである。
実戦を知らない大貴族で編成された第一軍は、所詮見栄えばかり派手なお飾りの軍であり、この第二軍こそが真の王都防衛の要であるとされていた。
この辺りの地形としては、王都の奥にあるカシウス湖からアケロン川という大河が領土斜めに走り、王都デスザガートやアンテノーラの西側にはアケロン川とドレスト山脈という険しい山脈に隔てられている。
人族と魔族を隔てる魔の山脈だ。
領土南側は平野となっており、ドレスガルド帝国と国境を接している。
南側から王都に侵攻する為には、アケロン川を越えアンテノーラを通らなくてはならない。
また、領土東側からの場合は、険しい山は無いが距離が遠くなり補給線が伸びる事になる。
その第二軍が、刻一刻と寄せられるドレスガルド帝国軍侵攻の情報に、上層部の意見が定まらず大混乱と化していた。
「早く再配備せよ!」
「遅い! 遅過ぎるぞ!」
「情報はどうなっておる!」
「前線の第五軍はどうなったんだ!」
至急、将校を集め作戦会議となるが、まさか敵が魔王領内陸部まで侵攻して来るとは思いもよらなかった軍幹部は、軽くパニック状態となっており室内は騒然としていた。
「司令官閣下に敬礼!」
ザンッ!
第二軍司令官アンドレ=アザゼル大将が入室すると、将校達は一斉に起立敬礼した。
見事な髭を貯えたガッチリとした体格の男だ。
眉間に刻まれた深いシワが、気難しく融通の利かないイメージがする。
「ディーテ、リンボ、ジュデッカが陥落した」
アザゼルは第一声を発した。
「「「ああ…………」」」
会議室の将校から一斉に溜め息とも呻き声ともとれる声が聞こえた。
「国境線全方位から侵攻した敵は、続々と我が国内陸部に進行中だ。そして、依然魔王陛下は消息不明である」
アザゼル大将の話を聞き終えた将校達は、作戦について持論を述べ始める。
「閣下、ここは打って出るべきです」
「いや、ここで待機するべきである!」
「いやいや、我ら一丸となって敵に襲い掛かり、魔王様の威光を示すべし!」
「何を言うか! ここを抜かれては王都が陥落するぞ!」
結論が出ないまま時間だけが過ぎて行く。
武装解除していた前線の凄惨な情報が入り、取り敢えず兵器の再配備を急いだが、魔王の命令が無いままでは事なかれ主義の上層部の動きは鈍いのだ。
主に発言権のある上層部の意見が出そろった時、アザゼル大将が右手を上げ部下を制した。
「
アザゼルが述べた。
「魔王陛下の安否も分からぬ今、いたずらに兵を動かし陛下より賜った兵や武器を失うわけにはいかぬ!」
司令官の一声で、会議の
「お待ちください、閣下」
その時、末席から思わぬ声が上がった。
立ち上がったのは下っ端の
くすんだ金髪に爽やかな顔をし、すらっとした長身で女子受けの良さそうな男。
アベルの学友であり、魔力や潜在力も高く頭も良い友人だ。
「何だ貴様は!」
即座に上官から怒鳴り声が飛ぶ。
「自分はニコラ=ネビロス少尉であります」
「下っ端の少尉風情が何を抜け抜けと申すか! 黙っておれ!」
「
アザゼルが、二コラと上官とのやり取りを手で制す。
「何だ、申してみよ!」
少し苛立った顔でアザゼルが言った。
「はっ、ありがとうございます。意見具申致します。敵は国境沿いの街全てに同時侵攻を掛けて来た事から、その総数は何十万規模以上の大軍と予想できます。アンテノーラ正面に位置するディーテ、リンボ、ジュデッカが既に陥落したという事ですと、敵部隊は合流し大軍となって、ここアンテノーラに攻め込むはずであります。ここは南のカロンまで打って出て第四軍残存兵力と合流し、カロン大橋を越えアケロン川対岸にて敵を迎撃し、少しでも敵を減らす事が必要であると愚考いたします」
ニコラは一気に話続けた。
「なお、敵の中には機甲部隊も編制されているとの情報もあり、敵の大軍と機甲部隊の装甲車両が北上したら我が軍は苦戦を強いられます。ここは、カロン大橋に爆薬を仕掛け、敵に一撃加えた後に離脱し橋を爆破する事で敵機甲部隊の足止めをし、少しでも王都への侵攻を遅らせる事が肝要かと思われ――」
「もうよい!」
アザゼルが途中で話を遮った。
アザゼルとしても、二コラの作戦は合理的に感じた。
しかし、敵の情報もはっきりしないまま進軍し、もし失敗したら大問題である。
アザゼルという男は、古くからの慣例を重視し、新しい意見を取り入れるのを嫌っていた。
凝り固まった考えにより、敵の懐に入り込むような危険は冒したくない。
なにより上下関係を重視するアザゼルは、末席の下っ端少尉の作戦を取り入れるのが嫌なのだ。
発言は許したが、上の者を差し置いてズバズバ物申すニコラが気に入らなかった。
「しかし」
「くどい! アケロン川対岸までのこのこ出掛けて行って、貴重な戦力を減らしてしまったらどうするのだ! ここは待機である!」
「ここアンテノーラは、城壁も低く攻め込まれれば多くの被害が――」
「黙らぬか! 何より王都防衛の為に兵の温存を優先する!」
「民を守らずして何の軍隊か! 魔王陛下から賜りし兵も武器も、ひとえに民の生命と財産を守る為のものではないのですか! 臆病風に吹かれてここに留まっていては、魔族一億の命が次々と失われ、民のその失望と怨嗟の声は我が軍の威光までをも汚し――」
「貴様、黙らんか!」
ドガッ!
ガシャァァァァーン!
「ぐわぁっ」
話し続けるニコラの顔面に、上官の拳が命中した。
たまらずニコラは後ろに転げイスに背中を強打させられる。
「閣下に対し無礼であろう! 下級貴族の少尉如きの分際で、立場を弁えよ! 誰かこいつを営倉にでもぶち込んでおけ!」
「「はっ」」
上官の命令で数人に抱えられ、ニコラは連行されて行った。
こうして会議は幕を閉じ、第二軍はアンテノーラに待機し敵を迎え撃つ事になる。
近年の魔族は大きな戦いを経験しておらず、古い考えに固執する幹部連中と、頼りない上に行方知れずの魔王という、完全に最悪のタイミングが重なっていた。
バタンッ!
ギィィィィーガッシャン!
「そこで頭を冷やせ」
営倉に放り込まれ、冷たい床に転がったニコラが呟く。
「失敗した……つい熱くなってしまったよ。こんな時、アベルならもっと上手くやれたんだろうな……」
辺境の下級貴族の生まれであるニコラは、地位もコネもないので昇進は望めない。
この戦いで国境に近い実家のネビロス男爵家はお終いだろう。
奇しくも、士官学校入学時にアベルと話した内容が当たってしまった。
今の魔王軍上層部は、大貴族が
「これではボクの故郷も終わりだろうな……両親や妹が犠牲になるのだと思ったら、とても黙ってはいられなかったんだ。いつもは冷静に事を運んでいたのに、肝心なところでこんな事になってしまうなんて……」
ニコラの独り言が、固く冷たいコンクリートの壁に吸い込まれ消えて行く。
どうしようもない無力感だけが体を支配しているようだった。
――――――――
ブロロロロロロロロッ――――
燃料も残り少なくなった車がアンテノーラに向けて走り続ける。
助手席にビリーを、後部座席にローラとサタナキアを乗せ、まだ眠っているローラの面倒を見てもらっていた。
第二軍の内情など知りようもないアベルは、一人頭の中で次の戦略戦術を考えていた。
アンテノーラの第二軍が動かないという事は籠城戦でもやる気なのか?
だが、アンテノーラは城壁も低く守るには不利だと聞いていたが……
ただの臆病風にでも吹かれたのか。
不味いな。
俺の階級は中佐だ。
第三軍のアザゼル大将に押し切られては何も出来なくなってしまう。
何とか俺の作戦を通す手筈をしなければ……
アベルは、いくつかの戦術を考えていた。
それは、古の武将が行った恐ろしい戦法である。
ここは魔王陛下に協力してもらうしかないか――――
アベルは、後ろでローラの様子を見ながら座っているサタナキアを横目で見た。
ローラ……
早く病院に連れて行かねば。
傷口は塞がったとはいえ、大量に血を流したのだから……
心配だ……
ローラ……いや、高坂直……
俺も転生者だと伝えた方が……
いや、まだダメだ。
他の者に知れたら面倒な事になる。
この戦いが終わってからにしよう。
ふっ……
何だかフラグみたいだが、俺は必ず生き残ってみせる。
魔王領から人族を一掃し、比類なき武功と共にトップまで上り詰めてやる!
全てはそれからだ。
アベルは次の作戦の為にサタナキアに声をかける。
「魔王陛下、お願いがあるのですが」
この後、アンテノーラの戦いに於いて、世界中を震撼させる恐るべき戦術が行われようとしていた。
それはサタナキアさえも恐怖させる程の。
刻一刻と迫りくるドレスガルド帝国の大軍に、果たしてアベルの作戦とは。
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