第8話 自分

「こんな物が本当に空を飛ぶのかね?」


 重厚な造りの部屋の中に、軍の制服を着た者達がゾロゾロと並んで座っている。

 魔王軍技術研究所の面々である。

 主に兵器開発を担当している部門だ。


 魔族の技術は人族に比べ遅れている。

 人族ではガソリンエンジンが開発され、車のような物が作られ始めているというのに、魔族はいまだに馬車がメインだ。

 人族の技術を転用し魔力を動力源として起動させる、魔装式歩兵銃なども作られてはいるが、人族との技術力の差はまだまだ大きい。

 このまま座して待っていては、次々と近代兵器を開発する人族に後れを取り、魔族の未来は無いだろう。


 

 俺の書いた航空機の論文が、軍の目に留まり技術研究所の科学者の前で説明する事になった。

 この世界には飛行機が存在しない。

 もし、飛行機による敵地攻撃が実現すれば、戦局は大きく変わるはずだ。

 俺は大学で航空力学を専攻していたし、仕事でも構造計算に関わっていた。

 高度な物は無理でも、基本的な物ならば可能なはずだ。


「しかし、空を飛んで敵地を攻撃するなどと、荒唐無稽こうとうむけいすぎて何と言ったらいいのやら」

「まさにそれですな」


 お偉いさん達は、俺の書いた図面を見て笑っている。

 頭が保守的になった中高年層はいつもそうなのだ、固定概念に縛られ新しい物に目を向けようとしない。

 自分達が世界から取り残されている事も理解せず、ただ地位や過去の栄光に胡坐あぐらをかいているだけだ。


 かつて日本陸軍に二宮忠八にのみやちゅうはちという人物がおり、ライト兄弟に先んじて飛行機の原理を発見した。

 滑空するカラスを見て、羽を動かさなくても向かって来る風の揚力ようりょくで飛べる発想を得て、プロペラ機の開発に着手する。

 しかし、有人飛行機の開発を軍の高官に上申するも却下されてしまう。

 金銭的な援助を受けられず、自力でオートバイのエンジンを搭載した有人飛行機を開発するも、ライト兄弟による有人飛行成功の知らせを受け、忠八は飛行機の開発を断念してしまった。


 僅か数十年後に戦争は航空機の時代を迎える。

 後の世で忠八の技術が正しかった事が証明されるが、日本の飛行機開発は出遅れる事となってしまうのだ。



「これは理に適っている!」

 突然、端に座っていた一人の男が声を上げた。


 たしか……ゲルハルト=メフィストフェレス技術将校

 人族の銃の原理を解明し、魔装兵器に転用した天才技術者と謳われる変人だ。

 魔装兵器の実用化で大佐へと昇進したが、本人は地位や名誉も気にしておらず、ひたすら技術開発や発明ばかりの変わり者との噂だ。



「メフィストフェレス大佐、どういう事ですかな? 本当に空を飛んで敵地まで行くなどと、御伽噺おとぎばなしのような事が」


「この設計図なら理論上は可能です! これは目からうろこだ。こんな発想が。素晴らしい!」


 上官らしきお偉いさんの言葉に、図面を穴が開きそうなくらい観ながら興奮した様子で答えている。


「なるほど……プロペラの回転による推力すいりょくを……固定翼で揚力ようりょくに……これは凄い! 歴史を塗り替える大発明だ! これは是非開発したい! この飛行機が完成したら、戦争のやり方がガラッと変わるぞ!」


「ありがとうございます、メフィストフェレス大佐」


「これはすぐに開発するべきだ! 問題はエンジンだな。まあ、人族の車を鹵獲ろかくして持ってきて研究し、魔装式に転用し量産すれば何とかなりそうだ」


 興奮したメフィストフェレスは開発の算段を描きながら、上官に開発の具申をしている。




 完璧だ――――

 俺の計画が魔王軍技術研究所に採用された。

 人族より先に航空機を開発し、軍事転用して爆撃機を配備すれば、敵の砲が届かない高度からの水平爆撃をし落下の重力による加速で威力は絶大だ。

 機体が進化すれば急降下爆撃も可能になり、命中率も上がり戦況は決定的になるはずだ。

 ふふふっ、これで人類滅亡に一歩近づいたというわけだ。


 ――――――――――――――――




 この後は、ニコラ達と遊びに行く予定だったか……


 ニコラ=ネビロス

 くすんだ金髪に爽やかな顔、すらっとした体形で背が高く、女子受けの良さそうな好青年だ。

 まだ完全に信用した訳ではないが、性格も良く周囲への気配りもあり好印象だ。

 前世で俺の周りにクズばかりだったから、余計にあのようなヤツが眩しく見えてしまう。


 考え事をしながら歩いていると、後ろからアリサが駆けてきて背中をポンと叩く。

「アベル、早くするっすよ!」


 アリサ=フルフル

 赤い髪をしたクリっとした目の小柄な少女だ。

 少しだけ制服の胸の部分が強調されていて目のやり場に困るが、気さくで屈託のない性格なので女性が苦手な俺でも話しやすい。


「ビリーがまだなんだ、俺達は後から行くから先に行っててくれ」

「んじゃ、また後で」




 さて、俺も準備するか。


 ビリーを探そうとすると、何処からか怒声が聞こえてきた。

「貴様、どういうつもりだ!」


 何だ! 何が起きた?

 騒ぎの方に目をやると――――


 あ、あれはビリーじゃないか!


 ビリーが軍の将校ともめているようだ。


「貴様、私が伯爵家で少佐と知っての狼藉か! オマエは何処の家の者だ!?」


「い、いえ、私は平民の生まれでございます」


「何だと! 平民の分際で、私の靴を踏んだと申すか!」


「失礼致しました。脇見をしていて踏んでしまいました。お許し下さい」



 状況からすると、ビリーが脇見をして歩いていたところ、あの少佐の靴を踏んでしまいトラブルになったのか……

 くそっ! あの将校、相手が平民と知って威張り腐ってやがるな!


「おい、何だのネックレスは? 平民の分際でこのような物を! 魔王軍候補生ともあるまじき事! こうしてくれる!」

 将校はビリーのネックレスを引き千切り、地面に投げつけ靴で踏みつけようとする。


「おやめください!」

 ビリーは必死に這いつくばい両手でガードするが、将校はビリーの手の上から踏みつける。



 あ、あれは……

『これは、母の形見なのです』

『すると母君は……』

『はい、二年前に……家は貧乏で満足な治療も出来ず……』

 先日、ビリーが話した会話を思い出す。


 これは……助けてやりたいが……今ここで将校と揉め事を起こすと、俺の昇進に影響が出るかもしれない……

 くそっ! くそっ! くそっ!


 尚もビリーの手を執拗に踏みつける将校に、前世の自分が重なって見えてしまう――――


 あれは……俺だ……前世の俺だ……

 惨めに這いつくばり……理不尽な暴力を受け……尊厳さえも踏みにじられる……


 ――――やーい、貧乏人!

『返せ! それは母さんが買ってくれたノート』

『はあ? オマエ生意気なんだよ! ほらっ、これでどうだ!」

 ビリビリビリビリビリ――――

 ノートは破かれ、それを土足で踏みにじられる。


『ううっ、うううっ……ちくしょう……』


『ぎゃはははははっ! コイツ泣いてるぜ!』

『笑える! ほらほら悔しいか! ほらよ!』

『はははははっ! ざまあー』


 うっ、ううっ、ちくしょう! くそっ!

 アベルに過去の記憶がフラッシュバックする――――

 くそがぁぁぁぁぁ!



 ザンッ!

「何だ貴様は? 邪魔立てする気か!」


 アベルの体が勝手に動いて、ビリーと将校の間に入ってしまう。

 将校の怒りがアベルの方へと向く。


「何だ貴様はと聞いている! そこの小僧!」


 マズい……つい怒りを抑えられず助けに入ってしまった。

 どうする? ここを穏便に収めるには……



「何じゃ、お茶の男。何をしておる?」

 そこに、たまたま通りかかったサタナキアが、アベルを見て声を掛けた。


「こ、これは王女殿下」


「王女……殿下……あ、いえ、もしかして殿下のお知り合いでしたか?」

 小さな少女が王女だと知った将校は、急にヘコヘコと卑屈になり足をビリーの手から退ける。

「あ、それでは私はこれで失礼致します」

 急に態度を変えた将校は、足早にその場を離れてしまった。



「うっ、何じゃ……何かあったのか?」

「いえ、何もございません。殿下、お茶はいかがですか?」

「うっ、お茶はまた今度なのじゃ」

 王女も足早に何処かに消えてしまう。



 助かった……

 偶然とはいえ、王女が通りかからなかったら危なかった……


「あ、アベル君、ありがとう……」

 ビリーは、千切れたネックレスを握り、衣服の泥を払って立ち上がった。

 その表情は、悔しさと悲しさが入り混じった顔をしている。


「いや、俺は何もしていない。今のは王女のおかげだな」


 くそっ!

 やはり、いつもそうだ!

 真面目で良いヤツが理不尽な目に遭う!

 早く俺がトップに上り詰め、社会に巣食うクソ共を排除せねば――――


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