第9話 行軍
士官学校の生活にも慣れてきて、王都での暮らしも板についてきた。
前世ではろくに友人もいなかった俺だが、この世界ではニコラ達と共に行動する機会が多く、行きつけの店に行っては時にくだらない話をしたり、時に将来の夢を語ったりと青臭い青春と呼んで良いかもしれない事をしている。
最初は失敗だと思った王女への対応だが、今にして思えば何故か成功しているかのように、誰にも懐いていない王女が俺にだけ話し掛ける事が多い。
相変わらずビリーへの中傷が多いが、俺やニコラがガードして
平民でありながら成績優秀で特待生として入学し、学費が免除で生活費も支給されているビリーに、僻みや妬みを向けるヤツ等が多いのだ。
特権階級にある者は何をしても許されると思っている輩が多いのかもしれない。
そもそも、たまたま親の地位が高かったとか裕福だったというだけで、本人は何も優秀でも偉くもないのに、自分が優秀だと勘違いしたヤツが多すぎなのだ。
実力でビリーに勝てないから、親の地位を持ち出して威張り散らす輩の何と多い事か。
エレナやアリサが分け隔てなく接してくれているのには感謝したい。
クラスで人気の彼女達が率先して接してくれていて、少しずつでも空気が変わっているのかもしれない。
いずれにせよ、俺達メンバーは好成績を継続し、Sクラス上位のまま時は過ぎていった――――
「本日は行軍を行う! これは重要な訓練だ! 最後まで気を抜かず隊列を組んで歩くように! 同期の仲間と協力し合い任務を完遂せよ!」
ライラ教官がスタート地点で候補生に向けて開始の挨拶と
行軍訓練とは、候補生が魔装式歩兵銃と
アベルの前に王女サタナキアの姿が見える。小さな体に大きな
てっきり王女はサボるもんだと思っていたが……
こんな華奢な少女が最後まで歩き続ける事が出来るのか?
「王女殿下、お身体は大丈夫ですか?」
「はあっ、はあっ、お、お茶の男か……もう、疲れてダメかもしれないのじゃ……」
大丈夫じゃなかった……
これはダメかもしれないな……
休憩ポイントになって水筒の水を飲む。
水は貴重なので、一気にがぶ飲みしないよう少しずつ飲まねばならない。
ビリーが水筒を開け飲もうと口に傾けたところで、突然ゲリベンが体当たりをしてビリーを突き飛ばす。
「おおっっと、足が滑った!」
ドオォォン!
「うっ!」
ガシャッ!
水筒が落ち水が零れてしまった――――
すぐに水筒を拾うが、中身は大部分が無くなってしまう。
「おっと、悪い悪い、足が滑ったぜ」
「おい! 今のはわざとだろ!」
悪びれもしないゲリベンに文句を言う。
「わざとだという証拠は有りますかな? アスモデウス卿」
「ちっ」
アイツ、最近は大人しいかと思っていたら、こんな子供みたいな嫌がらせをしやがって。
ともかく、水を確保しないと。
「二コラ、悪いが水を少しずつ分けてもらいないか?」
「勿論だよ。仲間は助け合わないとだろ」
「私も分けるっすよ」
「当然、私もね」
アリサとエレナも賛同してくれる。
「皆、ありがとう……」
ビリーは申し訳なさそうな感じと感謝が入り混じった顔でそう言った。
ビリーは何とかなったが、王女がフラフラになってしまっている。
こっちの方がマズいかもしれないな。
そもそも行軍訓練は連帯責任だというのに……
次の休憩で食事の時間となり、皆で簡単な携帯食を食べる。
またゲリベンが余計な事をしてくるかもしれないので、俺がビリーの隣に座った。
「アベル君……さっきはありがとう」
「いや、感謝される程の事ではないさ。連帯責任なんだから」
「それだけじゃないよ。前に将校に絡まれた時も。そのずっと前に、入学時の時も……ボクは、平民でありながら特待生として士官学校に入れば、少しはこうなる事も予想していたんだ。初日にいきなり罵声を浴びせられ、覚悟はしていたはずなのに少し心が折れそうになって……でも、アベル君が助けてくれて……」
「ふっ、俺はただ地位を利用して威張るヤツが許せないだけだ」
それは事実だ――――
俺は、前世の上司のような地位を利用して威張り散らすヤツや、相手が反抗してこないのを知っていてイジメをする奴が大嫌いなんだ。
入学時も、将校の時も、俺はまるで前世の自分を見ているかのように思えて体が勝手に動いてしまった。
「アベル君は伯爵子息なのに、まるで平民の気持ちが解るような気がする」
「もしかしたら、前世は平民だったのかもしれないな」
「前世?」
「まあ、冗談だ」
人間でも魔族でも、人はその立場になってみなければ理解できないのかもしれない……
生まれた時から貴族の息子として何不自由なく育てられ、周囲の者にチヤホヤとされ続け増長してしまったヤツが、虐げられる者の痛みなど知ろうともしないのかもしれないな……
「アベル君、ボクはこの恩を忘れないよ。もし、将来キミに困った事が有ったなら、ボクは絶対に助けに駆け付けるから」
「ああ、期待してるぜ」
期待……
俺は奇妙な感覚になった。
前世での俺は他人に期待などしなかった。
期待しても裏切られるからだ。
恩を返すと言って返さないどころか、借りパクしたり仇で返すような奴が多くて、その内俺は何も期待しなくなった……
でも、不思議だ……
ビリーなら、本当に恩を返すような気がする……
何の確証も無いが、そんな気がした……
行軍も終盤に差し掛かった頃、サタナキアの体力が限界になったのか重そうな
気を使って声を掛ける同級生に、いちいちビクビクとなって歩き難そうな事この上ない。
最初は威勢の良かったゲリベンスト侯爵子息も、バテでフラフラとしているが、こちらはペース配分の出来ていない彼の自業自得だろう。
やはり、王女の体力は限界だな……
最初から無謀だったんだ。
ライラ教官が特別待遇で免除しようとしていたようだが、王女がそれを断ていたみたいだったが……
普段はサボってばかりなのに、何で今日に限ってやろうと思ったんだ。遠足じゃないんだぞ……
仕方がない……
「王女殿下、少し私の話に付き合ってくれませぬか?」
王女の
「な、何じゃ! お茶の男……」
「ですから、私の話を聞いて下さい。私の家に大昔から伝わる
「う、ううっ……」
「昔々、ある国に
「ううっ、そなたは何を言っておるのじゃ……」
アベルの昔ばなしで王女の気が逸れている内に、行軍訓練は進み続けゴールへとなる。
こうして、行軍訓練は全員無事に終了する事が出来た。
一部、ゲリベン達がフラフラでゴールし倒れ込んでしまい、ライラ教官の説教を受けている。
「貴様ら、もし実戦で将校がそのような体たらくだったら、部下に示しが付くと思っておるのか!」
実戦は近付いていた。
俺達の未来は、少しの友情と期待と不安との、先の見えない混沌の中にあった――――
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