第11話 卒業

 早いもので三年の教育課程を修了し、士官学校の卒業式を迎えた。

 本日は魔王が式に臨席して、成績トップである主席には褒章ほうしょうの銀時計が手渡される。

 勿論、主席はこの俺だ。


 ここまで俺は順調に異世界での第二の人生……いや魔族でも人生というのか? まあ良い、第二の人生は順調に進んでいる。

 だが、ここからがスタートだ。

 勝った時や成功した時こそ、油断する事無く気を引き締めねばならない。

 あの日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎とうごうへいはちろう連合艦隊司令長官も、『古人曰く、勝って兜の緒を締めよ』と言っていたそうだしな。

 元は北条氏綱ほうじょううじつなの遺言らしいが。


 つまり、順調に進んでいる時こそ注意せねばならない。

 何処で足をすくわれるか分からないからな。



 卒業生代表として主席のアベルが檀上に上り、魔王から卒業証書と褒章を授与される。

 うやうやしく一礼をし卒業証書と銀時計を受け取る。

 魔王は一人娘と違って、見るからに魔力も潜在力も強そうな雰囲気で迫力がある。

 しかし、俺と同じ年齢の娘を持つ父親としては、歳をとってからの子供なのか高齢に見える。


 配属任地はいぞくにんちは、大貴族の御曹司は安全は後方勤務、平民や格式の低い貴族は前線になる事が多い。

 俺は敢えて前線の希望を出した。

 褒章の銀時計を貰った主席は将来の栄達が約束されたエリートであるが、後方でのんびりしているより前線で功績を上げ早く昇進したいのだ。




「この無駄に豪華な石造りの校舎ともお別れか、入学前は無駄が多いと思っていたが、いざ卒業となると何だか感慨深いものがあるな」


「アベルらしい感想だね。アベルは大きな領地を持つ伯爵子息なのに、全く御曹司っぽくない性格だったから」


 ニコラが茶化してくる。

 まあ、俺は前世で貧乏人だったから、その時の貧乏性が抜けていないだけなのだがな。


 ニコラと話していると、エレナが意味深に俺の腕を取って距離を詰めて来る。

 卒業間近になって密着度合いが、より顕著になっていた。


「せっかく仲良くなったのに、任地が別々で寂しくなるわね。アベル君ったら、私が何度もさりげなくアプローチしているのに、全く手応えが無いのだもの」


「あ、ああ、そうだったのか……それは気付かなくてすまなかった」


「アベル君って、カッコつけてクールにキメてるけど、本当は女性経験が無いのがバレバレなんだけどな」


「な、な、なんだと! 何で分かったんだ!」


「うふふっ、分かるわよ。だって、この三年間誰とも付き合っていないし、私が密着すると微かにビクッとなるのが分かるし、あの綺麗な専属メイドさんが迎えに来た時も毎回緊張しているし」


「ぐっ、しまった……さすがエレナ、鋭い洞察力だ」


「いや、そんな洞察力無くても、私でも丸分かりっすよ」

 アリサまで絡んでくる。


 なんてことだ、クールにキメていると思っていたのは俺だけだったのか……

 女子達にバレていたとは、とんだピエロじゃないか……


「もう、元気出して。次に会った時には、もっと仲良くしましょ」


 エレナが俺に豊満な胸を押し付けてくる。

 後ろから『ピキッ!』っと殺気がするが、あれの出どころは分かっている。

 あの淫らなメイドのローラなのだろう。

 こう何度も何度もエレナ達と仲良くしている時にだけピキピキしていたら、さすがの男女の機微に疎い俺でも気付くというものだ。



「ボク達は任地が近いから、何処かで一緒になるかもしれないね」


 ビリーの言う通り、俺達の男衆の任地は三人共前線に近いから、また会う事もあるだろう。

 特にビリーは平民出身だからなのか、最前線の中でも激戦地だ。


「必ず、また皆で集まろう。誰一人欠ける事無く」

 

 ふっ、まさか俺がこんな事を言うなんてな。

 卒業式の雰囲気に酔っているのだろうか?


「もちろん私は会うつもりよ」

 アベルを掴んでいるエレナが真っ先に答える。


「当然だよ。入学の時にも言ったように、アベルには期待しているからね」


「私も必ず戻ってくるっすよ」


「ボクも、前線で功績を上げて戻って来るよ」


「ああ、必ずまた集まろう」



 この時のアベルは、転生した時の前世での恨みを少しだけ忘れて、こんな生き方も良いのかもしれないと思った。

 前世では居なかった気の置けない仲間と、青春のような事をしたり恋をしたり……

 人間への恨みも復讐も忘れて、この仲間たちと穏やかに暮らせていけば。


 そう……この時は――――――




 アベルは任地の国境近くにある街ギリウスに向かう準備をする。

 魔王軍の組織は第五軍まで存在し、第一軍が王都防衛で第二から第五軍が各地の防衛に当たっていた。

 アベルの配属は、人族と国境近くで領土を争っている第五軍であった。


 魔王軍組織図


 魔王 アバドニア=ルシフェル大元帥


 軍務大臣 ザルツ=マルバス元帥

 総司令官 ギエルグ=ルキフグス元帥

 総参謀長 アルデビト=バラム元帥


 第一軍司令官 マルストス=サルガタナス大将

 第二軍司令官 アンドレ=アザゼル大将

 第三軍司令官 セルギアス=ブエル大将

 第四軍司令官 ザール=ウァサゴ大将

 第五軍司令官 リヒャルド=アロケル大将




「よし、準備は完了だ」

「はい、私も完了致しました」

「ん?」


 ローラが荷物を纏めて出発の準備をしている。


「おい、それは何だ? 旅行にでも行くのか?」

「アベル様と共に任地へ向かう準備ですが……」


 何だと、やっと淫らなメイドと別れて、一人で伸び伸びと出来ると思っていたのに……

 まさかこのメイド……戦場まで付いて来る気か?


「ローラ、赴任先は国境が近く危険だ。だから……」

「アベル様、私は何処までも御供致しますよ。専属メイドですから」


 ダメだ……

 こうなったら、ローラは何を言っても聞かない。

 俺の命令には絶対服従とかいっておきながら、全く命令を聞きもしないのだから。

 それが、この数年間で思い知らされた事実だ。


「分かった、もう寝る!」

「はい、アベル様、今夜は私が添い寝して御奉仕致します」

「…………」


 どうする……

 遂にこの淫らなメイドが直接攻撃に出て来たぞ……

 この数年で士官学校で敵なしといわれ、ライラ教官にも校内教練で勝てるまでになった俺が、こうも易々とメイドの侵攻を許してしまうのは何故なのだ!


 ローラの目が妖しく光り、柔らかそうなくちびるが少しだけ開く。

 そのままベッドに上りアベルの上に覆いかぶさる。

 彼女の体温と甘い香りが広がり、もう何も他の事は考えられなくなる。


 遂にその時がやって来たのだ――――







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