第27話 銃弾


 アベル達を乗せた車は街道沿いを王都に向けて北上する。

 二人きりだった逃走劇は三人となり、サタナキアを後部座席にローラを助手席に乗せ。


 あの後、すぐにガルヴァーニ大佐は燃料を調達してきた。

 彼方此方駆けずり回り、やっと手に入れた燃料だ。

 今は、微かな希望と燃料を頼りに、ひたすらサイドバルブエンジンを唸らせながら走り続けた。



 くっ……

 あの者達を置き去りにしてきたのは心苦しいが仕方がないのだ。

 このままでは本当に魔族が滅んでしまう。

 何が何でもサタナキアには王都デスザガートまで戻ってもらい、壊滅寸前の魔王軍を立て直させねば。


 アベルの頭の中には、いくつかの戦略があった。


 先ず、サタナキアを王都まで送り届け、魔王の命の恩人として最大級の功績と共に、彼女に自分の階級を出来得る限り上げさせ指揮権を手に入れる。

 次に、その大軍を動かせるだけの指揮権を使い、ゲヘナに隠してある爆撃機や弾薬など一式を開放、ある程度の訓練を終えているパイロットを招集する。

 そして、敵軍が集結している拠点に向け爆撃機を発進させ、魔装式爆弾による水平爆撃で敵に壊滅的な大打撃を与える。


 航空機など見た事もないこの世界の人族は、まるで御伽噺おとぎばなしに語られる伝説の竜騎士でも現れたのだと驚愕するはずだ。

 そして、一瞬にして壊滅させられた自軍を見て、恐れおののいた人族は雪崩を打つような勢いで撤退を始めるに違いない。

 その撤退するドレスガルド帝国軍に、ダメ押しの追撃を加えるべく更に爆撃機により強襲。

 これで戦意を喪失した敵は、暫く魔族領への侵攻など考えられなくなるだろう。


 その為に重要な事は三つ。


 1、魔王が生きたまま王都まで戻る事。

 2、ゲヘナに隠してある爆撃機が敵に発見されず、尚且つ設備一式が破壊されていない事。

 3、訓練されたパイロットの多くが生存している事。


 そのどれか一つでも欠けたら作戦は失敗となるだろう。


 アベルはパイロットの重要性を考えていた。


 パイロットは重要だ……

 軍上層部には、高価な機体の方を重要視する奴もいるのかもしれないが、何より訓練されたパイロットが最重要なのだ。

 機体はまた作る事が出来るが、訓練された熟練パイロットは一朝一夕いっちょういっせきには得られないのだから。


 かつて日本は第二次大戦中、熟練のパイロットによる活躍で開戦の火蓋を切るが、ミッドウェー海戦の大敗北により多くの熟練パイロットを失い、そこから全てが崩れ去るように敗北を重ねてしまう事になる。

 ミッドウェー海戦では、空母の赤城、加賀、蒼龍、飛龍と、約300機もの航空機と優秀なパイロットを失ってしまった。

 これには、上層部の意思統一が出来ておらず、攻撃目標も曖昧で、通信も暗号も敵に傍受解読されており、司令官の判断も不味く臨機応変な対応もとれていない。


 そして、ゼロ戦など日本の航空機には防御性能が施されておらず、数発の銃弾でパイロットの命が危険にさらされるのでは困るのだ。

 序盤こそ機動性と熟練パイロットにより勝っていたが、すぐにアメリカはよりハイパワーなエンジンを開発し、そのパワーと物量で戦局を逆転し一気に突き放されてしまった。


 とかく戦争に精神論を持ち出す傾向があるが、戦争とは合理的で効率的な者が勝者となるのであり、圧倒的な物量や兵器の性能や組織力に対し、根性や精神論では勝てないのだから。




 ブロロロロロロロロロロロ――――

 ガタンガタンガタンガタンガタン!


 ジュデッカ後方の森から北上し、穀倉地帯を抜けた所にアケロン川が見えてくる。

 この大河は、王都デスザガート奥のカシウス湖から魔王領を斜めに流れ、アケロン城を横切り海へと注いでいる。

 アベル達の乗る車の先に、アケロン川にかかる橋が見えてきた。


「あと少しだ。あの橋を渡ればアンテノーラだ。第二軍が健在なら我々を保護してくれるはずだ。アンテノーラの駅から汽車に乗って一気に王都まで戻れるぞ」


「おお、もう少しで」

「はい」


 アベルの言葉に、サタナキアとローラの声が上がる。

 道中、ずっと言葉少なで車のエンジン音と走行音だけが響いていた。


 もう少しだ。

 ここまでは順調だ。

 あの橋を渡れば……


 ダァァァァーン!


 その時、空気を切り裂き銃弾が目の前を通過する。


「ぐっ、何だ! 敵か! 皆、伏せろ!」


 ダァァァァーン! ダァァァァーン!

 キキキキィィィィーッ!

 ブロロロロロロロロバババババ!


 数発の銃弾がアベル達の乗る車へ発射され、アベルはハンドル操作で左右へとクルマを揺らしてかわす。


「アベル様、我が軍が敵と交戦中です」

 ローラが車から顔だけ出して言った。


 ローラの指した方に一瞬だけ視線を送ると、敗走した第四軍らしき部隊とドレスガルド帝国軍が争っている。

 数の差は歴然で、ディーテとリンボに駐留していた第四軍が後退を続け、ここまできてなお抵抗を続けているのだろうか。


「早すぎる! 一体、我が軍の前線はどうなっているんだ!」


 もう、こんな所まで敵が進軍しているのか!

 このままでは橋を抜けられ、アンテノーラまで攻め込まれるぞ!

 取り敢えず橋を爆破でもして敵の侵攻を少しでも遅らせねば。

 軍を立て直す間もなく敗北してしまう。

 だが、先ずは我らが橋を抜けアンテノーラまで行く事が先決だ。

 危険だが、このまま突っ切って橋を越えねば。


「一気に橋まで走るぞ! 危険だから伏せていろ!」

「はい」

「う、うむ」


 ブロロロロロロロロロロロ――――

 ガタンガタン、バタバタバタバタバタ!


 エンジンと車体を軋ませながら全速力で走る。

 銃弾が飛び交う中、決死の思いでアベルはハンドルを左右に回し、車体が壊れる限界まで操作して。

 バタンバタンと飛び跳ね、何かの部品が外れて飛んで行くのも気にせず、ただひたすら前だけを見て。


 ダァァァァーン! ダァァァァーン!

 ダァァァァーン! ダァァァァーン!


 銃声や爆音や怒号が飛び交う中、幌が破れ外から丸見えになった車を運転するアベルは、銃弾がかすめる中を進んで行く。


 ダァァァァーン! ダァァァァーン!


 あと少しだ!

 あそこを越えれば!

 橋に入れば少しは……


 味方の魔王軍らしき部隊が次々と倒れて行く中、迫りくる敵軍を振り切るチャンスは橋を抜ける事だ。


「アベル様、危ない!」

 その時、ローラがアベルを守るように覆いかぶさった。


 ダァァァァーン!


 一発の銃声が鳴り響き銃弾が付近に着弾した。

 ただ、周囲の騒音にかき消され、その音を聞く者は一人しかいなかった。


 ブロロロロロロロロロロロ――――


「やった、抜けたぞ!」


 車は橋に入り進んで行く。

 残り少ない魔王軍が必死に橋を死守して戦っている、

 喧騒を後ろに感じながら、アベル達は橋を進みアンテノーラへと向かう。


「くそっ! アンテノーラに駐留する第二軍は何をやっているんだ!」


 組織的な連携が全くとれていない自軍に苛立ちを隠せないアベル。


「ここまで来れば一先ず安心だ」


 壊れそうな車のスピードを少し落とし、アベルが横を向く。

 覆いかぶさるようにしたローラは、今はシートに伏せて倒れている。

 その服を真っ赤に染めて。


 は?

 な、何だこれは……

 俺は夢を見ているのか……

 ローラが……

 何故、血を流して……


「お、おい……ローラ……嘘だろ……冗談はやめろ……」


 倒れたまま動かないローラを見て、動揺を隠せないアベル。


「お、おい、アベル……」

 後部座席から起き上がったサタナキアも、ローラの真っ赤に染まった服を見て恐怖で固まってしまう。


「ローラ! しっかりしろ! おい! ローラぁぁぁぁ!」


 死線を潜り抜けたアベル達と思いきや、一人銃弾を受けたローラ。

 王都に戻り戦局逆転のはずが、幼い頃から身の回りの世話をされ、初めての人でもあるローラが倒れる。

 前途多難なアベル達の行く末は、果たしてどうなってしまうのか――――


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