第5話 獣

いつもと同じ日常、いつもと同じ平穏。

それはいつもと同じ様に、変わらず訪れると誰もが信じ込んでいた。


けれどそんな薄氷の平穏は簡単に、あっさりと崩れ落ちた。


突如溢れ出た異形の数々。人成らざる姿を持って超常の力で街を、人々を蹂躙していく。

誰もの幸せも、日常も容易く砕かれ壊される。

「敵ジャーム確認……!!」

「このまま一気に行くよ!!」

ただそれを許すまいと、人々の日々を守らんと命を賭してその異形と彼らはその超常の力で戦いを繰り広げる。


少女は翼を広げ、機械の形をした超常の獣と幾度となく交錯し、傷を与え与えられながら激闘を繰り広げる。

「っ……強い……!!」

「ギギ……ガガガ……!!」

されど彼女の鋭き爪もその鋼の肉体を貫くには難く、鋼の刃は彼女の体を傷付けるには余りに易く。

「余り突貫しすぎるな!!」

「わかってる……けど……!!」

彼女の攻撃に合わせ後方よりエージェントらの攻撃も鋼に遮られ、その弾丸も炎も通る事はない。

「ギ……ギガガ!!」

「っ……!!」

疲弊が見えたその瞬間、それはその異形も決して見逃すはずもなく。

繰り出される雷と鉄の雨は確かに彼女目掛け降り注がんとした。



「六之太刀——————」



————ただそこに、夜の鬼さえいなければの話だったのだが。



一瞬、その間に聞こえた無数の鋼が引き裂かれる音。

それが終わったと思えば即座にそれは崩れ、弾け、断末魔を上げる暇さえ与えられずにその命を散らした。


「陣内支部長!」

「飛鳥君、無事で何よりだ」

黒刃を鞘に納める陣内、それに駆け寄る飛鳥天。彼はいつも通りの落ち着いた様子で、されど明らかに張り詰めた空気を纏って。

「この区域は僕に任せて君たちは他の区域の敵性体の排除、それと避難誘導を」

「し、しかし支部長、まさか一人で……」

「ああ。これでも夜叉の名は伊達じゃないさ。だから君たちは他の地区を頼んだよ」

「わ、分かりました」

飛鳥達もその言葉に嘘はないと受け取って、その場を走り去って後にする。


彼もそれを見届ければその手を柄に重ねて、獣にその眼を向けて笑いかけて。

「悪いけど、意志なき者に僕を倒せるとは思わないで欲しい」

黒刃が、光を浴びて命を斬り裂く。


黒き月が闇夜もたらす様に。


夜の鬼が死をもたらす様に。



同刻


二つの影がビルの隙間を蹴りながら、幾度と無く交錯してその刃と爪を交える。

黒き仮面を纏いし獣は剛爪をその手に携えて、その肉を引き裂かんと繰り出される。

対して少年、黒鉄は移動とともにワイヤーを張り巡らせてナイフを起点にその一撃一撃を絡め取らんとする。

「グルァァァ!!」

「っ……!!」

脇下を掠めた鋭爪、数センチ逸れれば肉を抉り彼の命を確実に削いだであろう。それはそのままその未来に繋がるだろう一撃。

だが彼はそれさえも好機と捉え、その腕を押さえつけ。

「楓!!」

「ええ!!」

封じ込める。彼女がその力を蓄える間を作り上げ、確実に命中させる為。確実に終わらせる為。

「蒼也!!」

「ああ……!!」

紅き閃光。夥しいほどの光が薄暗い路地裏をも照らし、それは次第に槍の形を成して。

「喰らえぇぇぇぇっ!!」

投射。けたたましい音と共に、稲妻が地に落ちるように空を焼き切る。

放たれると同時、彼もその拘束を解いて距離を取り、その槍がその肉体を貫いたのを見れば即座にその手にしたマグナムの銃口を獣目掛けて。

「終わりだ」

撃発。一発の銃弾がその肢体を貫く。

雷の槍が穿ち、鉛弾が抉る。

超常さえも焼き尽くす稲妻。彼女の雷光は確かに光と夥しい熱でその獣を包み込み、彼の弾丸は鋭く確実にその心臓を穿った。


それは、誰が見ても命を散らすには十分すぎる威力を誇っていた。



「これで……やったよね……?」

「まだ油断は————」

肩の力を僅かに抜いても、気を緩めたわけではなかった。いいや、そもそもそんな間さえも無かった。

「っ……!!」

襲いかかる影の腕の群れ。それは先ほどと同じ様にしてコンクリートを削ぎ、彼ら目掛け降り注いで。


いや、彼らではない。

確実に彼女目掛けて、彼女を喰らわんとその腕を伸ばして。

「っ……蒼也!?」

衝撃、それは彼の手によって与えられたもの。

体は宙を浮いてその影の群れは彼女がいたところを喰らう様にアスファルトを砕く。

咄嗟に彼はライフルに持ち変え、その根本へと一発の銃弾を解き放った。


排莢、と共にその敵の姿を彼は再度見据える。

彼らの眼前に立つのは傷一つ無い、黒き仮面の獣。

「私と蒼也の攻撃が……効いてない……!?」

彼女が驚くのも無理はない。黒鉄の放った弾丸は確かにその身体を撃ち抜いた。そして何より四ヶ谷楓のオーヴァードとしての力は破格だ。それこそ強力な力を持つ純血統ピュアブリードの中でも群を抜いて出力には長けている。少なくともH市支部に彼女の出力を超えるものはおらず、彼女の全力出力ならば建物の一つ容易に破壊できる。

だが、その火力もソレの前では意味をなさなかった。

「相当な守りか……或いは……」

黒鉄は幾つかの仮説を立てながらそれと相対する。


されどそれはその思考の猶予さえも与えることなく牙を剥く。

「アァァァァッ!!ガァァァァッ!!」

「来る……!!」

繰り出されるは雷光。紅く、散り散りと狙いを定めることなく彼らに襲いかかる。

着弾したその場所は赤熱し、コンクリートさえも融解する程の威力を有する。重ねて予測できないが故の回避の困難さは即座に理解できた。

「やらせない……!!」

それは彼女も同様に感じ取り、故に己が力を持ってして相殺する。

繰り出された電磁障壁はその全ての雷を弾き、雷糸という雷糸を退けた。


が、衝撃。

「っ……!?」

打突。あの雷糸を起点としてそれは距離を詰め、その障壁へと爪を抉り込む。

「この程度……!!」

たかが鋭いだけの爪、それならばこの障壁は簡単には破れない。

そのはずだったのに。

「嘘……!?」

その爪から、じわりじわりと影が蝕んでいく。障壁は次第に力を失い、そこからひび割れていく。

「オマエヲ……クワセロ……!!」

そして影は広がり、砕ける。

音はないが確かにその守りは打ち破られ、もう一方の黒き爪の先が彼女の方を向いた。

瞬間、ワイヤーがその獣の体に巻きつけられ、一気に放り投げられ。

「成程、やはりそういう事か」

「蒼也……!!」

少年はすぐさま照準を合わせ、引金を引く。空中における回避は不能、即座に弾丸は螺旋を描きながらそれに目掛けて飛んで。

だが、それでも弾丸はその身体を貫くことはなく。

「今のは……小癪な……!!」

それの前に展開されたのは電磁障壁、それも楓が作り上げたそれと同様の。


一度ならず二度なれば、もはや彼の中で仮説は確信へと変わって。

「楓、お前は今すぐ逃げろ」

「何言ってるの……!? まさか一人でやろうなんていうんじゃ……!!」

「アレは、レネゲイドの力を喰っている」

言葉を失う。

これまでオーヴァードやレネゲイドといった超常には触れてきたが、それにしてもそれらを喰らうものなんて想像したこともない。ましてや、そんなモノが目の前にいるなんて。


「分かったらお前は逃げろ。こいつは二人で戦ったところで勝ち目は————」

「だったら尚更、嫌」

それでも彼女はその言葉を遮って、彼よりも一歩前に踏み出す。

「我儘を言ってる場合ではない。お前だってそれくらいは分かるだろ」

「分かってる。けど、二人で勝ち目がないのに一人で蒼也はどうするつもりなの」

「本隊が合流するまで俺が時間を稼ぐ」

「なら、尚更一人にさせられない」

その声音は確かに低く落ち着いて、決して我儘だけでそう言ってはいない。

「蒼也がみんなを守る為に戦うのに、私が蒼也を見殺しにするなんて絶対にしない」

紅き雷を、その身に纏う。それは彼女の戦意の現れ。こうも彼女がやると決めたら梃子でも動かないのは彼も知っていたから。

「……後方支援を頼む」

「ええ!」

二人は揺るがぬ意思でソレに立ち向かう。この平穏を、大切なものを守り抜く為に。


相対するソレは黒き仮面の向こうで牙を剥く。

ただ己が欲を果たすため。

そしてただ、その飢えを満たすために。




H市 カスケード社 地下


一つの影が縦横無尽に駆け回る。それは獣が如く。いや、獣と言うには地から足が離れている時間はあまりにも長く、それはさながら鴉のようで。

「さっき迄と……動きが……!!」

大剣を振るいその影を振り払う。それが寄ればその命を刈り取られる気さえもして。

即座、投射された二つの飛翔体。彼はそれを大剣で受け止めたが瞬間、爆散。火薬の炸裂にその体が僅かに仰け反り隙を晒す。

「っ……!!」

「四之太刀————」

その隙を逃さんと言わんばかり、いや生じると分かっていたと言わんばかりにそこには少年の姿があって。

「ガッ……!?」

切り抜ける。音さえも置き去りにした刃が彼の脇腹を裂いた。


血が滲んで腑が溢れ出る。命の危機を感じざる得ないだけの傷を負って。もはやそこには先ほどまでの少年の姿は無くて。

「先程の非礼は詫びよう、少年。だがな————」

故に、彼は再度その剣を天高く掲げ。

「私とて、ここで死ぬわけにはいかんのだよ……!!」

今一度その剣が振り下ろされる。全ての命を断ち切る為、その死神を討ち果たす為。


そして彼は、

「ああ、もう終わらせようぜ」

変わる事なく、仮面が張り付いたように歪な笑みを浮かべていた。


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