エピローグ
UGN H市支部襲撃事件から数ヶ月。
その壁に開けられた大穴も塞がり、表向きにはあの事件は終わりを迎えたこととなっていた。
だがあの戦いは非オーヴァードの職員も含め大勢が死に、支部としての機能も多くを破壊される事となった。
加えて、先のカスケード社による事件。これらの事件が立て続けに起きたことは、"彼ら"にとっては好都合だった。
「答えろ、グラード議員……貴様ら『13』は何を企んでいる!?」
そう、応接室でディセイン・グラードに向けて叫ぶ彼は"UGN本部査察第4課"所属のエージェント。即ち内部における離反者狩りの部隊の一員である。
彼の三人の部下も武装は見せずとも、敵意を露わにして眼前のディセイン、そして陣内と二人のエージェントらに視線を向ける。
「何を企んでいるも何も、我々はこの秩序なき裏側の秩序となる、抑止力を作り上げようとしているだけだ」
「ならば貴様は、その抑止力のために子供らを利用し、あまつさえ民間人の虐殺をしたと言うのか……!」
「……あれを虐殺と捉えるならば、貴様らはそれを止めるためだけの力が無いというわけだ」
彼は、ディセインは静かに口にする。それは彼らを軽蔑するかのような眼差しと声音で。
「貴様は一体何を……!」
「UGNはこの超常の世において秩序をもたらすとは言っているものの、結局はいつだって行動は何かが起きてから、何かを奪われてからだ」
徐々に、徐々にその声色は重く。
「にも関わらず、その体制を変えることもない。奪われることを許容してきた。それが貴様らUGNが歩んできたこの十年だ」
明確な憎悪を、敵意を露わにしてその場所を包み込んだ。
それがただならぬ思念であると、それも非オーヴァードである彼から発せられるならば尚更と。彼は少し怯みながらも責務を全うしなければと感じた。
「……悪いが拘束させてもらいます、グラード議員。抵抗するなら————」
故に彼はそう口にして、一歩踏み出した。
「君達は、判断を誤った」
瞬間、剣閃。股下から頭頂部に向けて一直線、一歩踏み出した彼の身体が二つに裂けた。
「"夜叉"、貴様!?」
「抵抗したら、じゃない。君たちは抵抗する前に僕らを殺すべきだったんだ」
降り注ぐ赤を纏いながらも、彼は微笑みながらその剣を手にする。
「貴様……!!」
部下の一人も即応。重力場を即座に形成し彼らの動きを封じる。
「君は議員の守りを」
「はっ」
咄嗟の動き。それは慣れた動きで、同時に陣内の支援などする必要などないと言わんばかりに。けれど、それもその筈。
「よそ見してる暇など……!」
「安心して、君たちの相手はちゃんとするよ」
彼は、オーヴァードを殺し慣れているのだから。
彼らが追撃仕掛けようとして、彼の袖から落ちた円筒状の何か。いや、それが炸裂した瞬間それが閃光弾だと脳は即座に理解する。
「っ……!」
そのまま反射的に目と耳を覆う。戦いの中で感覚を奪われる事は死に繋がる、それはオーヴァード同士なら尚更だと知っていたから。
だが、彼の目的はそこにあらず。
「あがッ!?」
「君も判断を誤った。君は感覚を奪われても僕を縫い止め続けるべきだった」
首に突き刺される脇差。意識が僅かに逸れ、その力が弱まった瞬間に距離を詰めたのだと全てが終わってから彼は理解する。
「貴様ァ!!」
両の手に短機関銃を創り出し、乱射。怒りに任せた一斉掃射。一見無策に見えるが、その一発でも当たれば非オーヴァードの彼にとっては致命的。
無論、それは彼自身がよく知っている。
「少し、君には役立ってもらうとするよ」
「ひギャッ!?」
脇差刺したその腕で強引にその身体を翻し、弾丸の雨をその体躯で受けさせる。
文字通り、肉の盾。一発一発、弾丸がその肉体を撃ち抜き、その度に弾けるように血飛沫が舞う。
通常ならボディアーマーさえ貫通する弾丸も、彼には届かず。
「これは、君たちに返すよ」
「っ……!?」
瞬間、その身体が炸裂。首元仕組まれた手榴弾が、その頭蓋ごと木っ端微塵に吹き飛ばした。
「このバケモノがぁ!!」
後方、姿隠して接近した最後のエージェント。その手に携えたブレードは既に振り始めていて、その体躯を捉えんとする。
が、弾かれる。
「なっ……!?」
「君も悪くはないけれど、その程度で後ろを取れたと思われたのなら、相当舐められたものだね」
蹴りが剣の腹を弾き、その胴体はガラ空きとなった。
「六之太刀————」
「"十六夜"」
抜刀。
瞬間、刻まれる十六の斬線。ただ殺すためだけに繰り出された彼の、文字通りの必殺。
本気のそれを受けて生き延びた者は一人としていない。
オーヴァードであろうと例外なく死に至る刃が、その身体を容赦なく切り刻んだ。
そしてただそこに残るのは先ほどまで生きていた人、だった肉片と骨と血。それらがそれがつい数秒前まで人間だったとは思えないほどに、無造作に散らばっていた。
「き……さま……」
「ああ、良かった。まだ生きてたんだね」
血飛沫浴びて、仲間の死を目の当たりにしてもまだ立ち続ける彼。だがもう、戦う力も体力も残されておらず。
「悪いけど、少し不便な体になってもらうよ」
「————!?」
声にもならない悲鳴と共に、ゴトリと彼の腕と脚が落とされ、そのまま立ち上がった身体が地に崩れた。
「何故……だ……"夜叉"……!」
それでも彼は、乱れる呼吸の中で声を放ち続ける。
「貴様が我々に情報を流したにも関わらず……何故裏切った……!!」
問いかけ。一見逆転のカードにも見えるその問い。それには彼は相変わらずの笑みで、けれど冷めた眼差しで。
「僕は餌を撒いただけだよ。目的を果たすためには、何だって利用するつもりだったからさ」
「キサ……マ……!!」
そう言った瞬間、顔面を地に叩きつけられ意識を奪われる。体力も気力も残っていなかった彼に抵抗する術などは残されていなかった。
「力が無いから、利用されるだけ」
そしてそれは意識失った彼か、いや、誰かに向けて。
「だから何も守れない。だから、理不尽にただ奪われるだけなんだよ。君たちも」
笑みはなく、彼にしか聞こえぬ声で呟いた。
「良くやった、"夜叉"」
そう言ってグラードは彼に歩み寄る。倒れ伏したエージェントは、『13』のエージェントが担いで連れて行く。
「記憶処理を施しておけ。FHのテロ行為に巻き込まれたことにすれば暫くは掴まれまい」
「しかし議員、お言葉ですが彼らの背後にはアッシュ・レドリック査察官がいます。そう長くは誤魔化せないかと」
「お前の言う通り時間の問題だ。だが、あと三ヶ月あればカタはつくだろう」
そう口にしたディセインには、何か確信があるように。そしてその口ぶりには陣内も何か気付いたようで。
「……であれば、適合者が見つかったというわけですか」
「ああ。"
彼も笑いはせず。静かに、厳かに。
「『13』、そして"
ただ、己が望むその未来を見据えて、そう口にした。
そして、光差すことのないその一室。
硝子張の、液の満たされたその容器に一人の少女の姿が浮かぶ。数多の管を、数多の線を繋がれて、力無く静かに眠るように。その時が訪れるまでそれが、適合体が目覚めることはない。
だが、黙示の時は訪れる。
彼らの旅路の終わりの、その時に。
物語の終幕にて、彼はそれと相対するだろう————
—————————————————————
日が沈み、冷たい空気が肌を撫でては熱を奪っていく。
時刻としては七時を回った頃。殆どの学生は帰宅を終えて、夕食に着く時間。
「ごめん、待たせた!」
「うんにゃ、男子の方もさっき片付け終わったから大して」
稲本作一と河合春奈、部活を終えた彼らもまた、これから下校しようとのことだった。
「っと、これ。手、冷えるだろ」
彼が投げ渡したそれは缶のお汁粉。まだ温かく、買ったばかりだとわかるもの。
「いいの?」
「俺も二本目を開けるところだし、どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうね、稲本くん」
カシュッと、小気味のいい音を夜空に響かせて。二人はお汁粉片手、その肩に竹刀を携え校門の外へと出ていく。
街に出れば、街中はクリスマスムードに包まれ、辺り一帯が煌びやかに様々に彩られている。
「今年ももう終わり……か」
「そうだね……あと三ヶ月で私たちも卒業だね」
「来年から大学生か……」
しみじみと、これまでのことを思い返すように彼はつぶやく。
「三年間、あっという間だったね」
「そういや、部長とは一年の頃からの付き合いだもんな」
「そうだね、最初は隣の席だったね」
思えば日常は彼女といる事も多く、その縁も長く続いたものだと思ってしまった。
「はじめは剣道一筋の人、って思って少し話しかけづらかったけど、話してみたらいい人だったし、思ったより気さくだった」
「俺に剣道部に入らねえかって声をかけたやつがよく言うよ。俺は部長に声を掛けられなきゃ仮入部だけで終わらせるつもりだったんだから」
「それが、副部長で男子の主将までやってくれたもんね」
「おう、部長のおかげでな」
「もう、部長じゃないよ。夏で引退したでしょ?」
そう言う彼女の笑顔は街の明かりに照らされて赤く見えた。対する自分はどうしてか照れ臭く、彼は少し横を向いて。
「……悪かったよ、河合さん」
「下の名前で呼んでくれてもいいんだよ?」
「そっ、それはクラスのやつとかに勘違いされちまうだろ!ただでさえ俺みてえな奴に目をかけてるせいで色々と迷惑かけちまってるのに」
「それはほら、稲本君がちゃんと学校に来れば済む話だから」
「いやまあ、ごもっともで……」
そうして隣に並んで、他愛もない会話を続けて、彼女の家が近づく。そうするにつれて、なぜか寂しさが増していく。この時間が、まだ終わってほしくないと感じた。
「……ねえ、稲本君」
「ん、どうした?」
「大学行っても、剣道続けるの?」
「まあ、多分な」
「その、どうして稲本君はそこまで打ち込んでるか、聞いてみてもいい……?」
それには、言葉が詰まり、足さえも止まる。
あの夏の日にも同じ事を聞かれて、確かにあの日は答えられなかった。それは、言える理由ではなかったから。誰かを殺すためなんだとは言えなかったから。けど、今は————
「……俺にも、分からないんだ」
その答えさえも、見失い始めていた。
それには少し不思議そうに、けれどいつも通りに彼女は笑って。
「……きっと、すぐに見つかるよ。あれだけ強くなれるくらいに打ち込んでるんだから」
「だと、いいんだけどな」
そんな彼女の言葉に、今はまだ悩んでいいと言われたような気がして、少しだけ心が軽くなっていた。
「それに、稲本君が続けるならまたどこかの大会とかで会えるかもしれないってわかったし!」
「お、てことは河合さんも剣道は続けるのか」
「うん。だから大学に行ってからも、これからもよろしくね!」
「ああ。こちらこそよろしくな」
互いに笑顔を向け合う。今だけはただ普通の高校生のように、裏側の事も、復讐のことさえも忘れて。
「んじゃ、また明日」
「うん、また明日ね」
手を振って別れる。名残惜しいけど、この日常はきっと明日も訪れるから。
笑顔で振り返って、それぞれの帰路に着く。
だけど片手には冷えたお汁粉の缶だけが残って、何となく、やるせなく、それをゴミ箱に投げ込んだ。
※
一人になれば、様々に思考が回るものだ。
学校の事から任務の事、どうでもいい事から大事な事まで。普段考えもしないことさえも、考えてしまう。
俺は、あの日から迷い続けている。
『それを知っても貴様はそちら側につくのか……?貴様は、それでも『13』は正義だと言うのか……!!』
誰よりも秩序のため、日常を守るために己の手を汚したアイツに言われたその言葉。
俺は、結局のところ何も知らない。『13』が何をしてるのかも、俺の仇がどこにいるのかも、俺たちの戦った先に、何が残るのかも。
剣を振るう理由も、倒すべき敵も、全てがモヤがかかったようにはっきりと見えない。
『13』も、UGNも、何を信じればいいか分からない。
何より————
「おかえり、作一」
「おうよ。ただいま、先生」
あの日の、最後の言葉がずっと頭の中で繰り返される。
『いいか、稲本。あのテロの日、俺に真実を伝えたのは————』
反響する度に、信じていたものさえも揺らぐ。憧れも、何もかもが崩れてしまうような気がして。
なあ、先生。教えてくれよ。
『"先生"だ』
あんたは一体、何をしようとしているんだ?
「どうしたんだい、作一?」
「……いや、なんでもねえ。寒いからさっさと入ろうぜ」
「うん、そうだね」
俺は結局、何を定めることもできぬまま、迷いを抱えたままに前へと進む。
もう時期全てが終わるとも、何もかも間違えてしまっていたと、この時は知らないで————
—————————————————————
東の空に朝陽が昇る。窓を開ければ冷たい、乾いた風が吹き込んでくる。
ついこの間まで赤や黄色に色付いていた木の葉も落ちて、吹く風も枝の間をすり抜けていく。
そんな冬の朝、トントンと子気味よく、規則的な音が台所から聞こえる。扉を開けば、炊けた米の香りが食欲をそそって。
「おはよう、真奈」
「おはよう。蒼也……兄さん」
少女は彼と顔を合わせて、何処となく、ぎこちなく少女は彼を兄と呼ぶ。
「二人きりの時は無理に兄と呼ぶ必要はないと言っているだろ。あくまでも周りに疑われないようにするためだと……」
「でも、いざってときに間違えないように習慣付けておかないと。それに、蒼也さんのことはずっとお兄さんみたいに思ってたから」
少女は優しげに微笑む。きっと彼女が一番辛いはずなのに、それを悟らせないように、彼に心配かけまいと笑って。その笑顔に安堵すると共に、どうしてか息苦しくなった気がした。
それでも彼は手際良く、茶碗に白米をよそい、一汁三菜が食卓に並べられて。
「じゃあ、頂きます」
「いただきます」
二人手を合わせて箸をとり、少し早めの朝食を始める。
「いつもこんなに朝から豪勢にしてくれてありがとう、兄さん」
「大した手間ではない。俺もどうせ食うわけだからな」
「でも、お陰様で学校でもずっと調子いいから」
「なら良いんだが……その、新しい学校には慣れたか?」
「うん。みんな良い人で、友達もできたよ。バンナさん……じゃなくて、"
「……そうか。ならよかった」
彼は柔らかな口調でそう答えて、胸を撫で下ろす。顔は笑わずとも、その空気は柔らかで。そのまま他愛のない話を続ける。
「ご馳走様でした。今日も美味しかったよ、兄さん」
「腕によりをかけた甲斐があった」
そして食事を終えた彼らの茶碗には米粒一つも残らず、綺麗に食べられていた。
少女はそのまま上着を羽織り、鞄を肩にかけて玄関に向かう。
「今日は遅くなるのか?」
「委員会に顔出したらすぐ帰るよ。受験も近いしね」
「分かった。何かあればいつでも呼べ」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても私は大丈夫だから」
少女は笑って答える。彼を安心させようと、和かに。
「……だから、いつか姉さんのこともちゃんと話して欲しい。蒼也さんのこと、ちゃんと信じてるから」
けれど続けた言葉は、どこか哀しげで、寂しげで。それには彼も静かに、小さく。
「……ああ、いつか必ず話す。あの日のことを、アイツのことを」
その答えに、彼女は小さく微笑んで。
「うん……。じゃあ、行ってくるね」
「気をつけてな」
ドアを開けて、彼女はそのまま冬の空の下へと駆け出していく。空には雲のひとつなく、果てしなく青という青が広がっていた。
それを見て彼は、どうか彼女の未来もそうであるようにと、口にはせずとも胸の内で願っていた。
※
吹き込んだ冷えた風に、傷が痛む。失った右腕を通じて、痛みが心にまで響く。
染み入る痛みを少しでも溶かしてしまおうと。ベランダに立ち、タバコを咥えて火を付ける。息を大きく吸って、煙を肺に取り込んで。そのまま余計な感情と思考を吐き捨てる。けれど、痛みはやはり薄れず、むしろそうであることに安堵して。
————着信。
ポケットに入れた端末が鳴る。秘匿回線を使用した通信。即ち、彼らからの連絡。
『隊長、時間です』
「ああ、わかってる」
タバコの火を消して、自室に向かう。
ギターケースに偽装したライフルケースを手にして、あらゆる武器を仕込んだジャケットを羽織る。
与えられた使命の為に武器を手に取り、誰かを殺す。
変わることのない非日常。いいや、それが俺にとっての平常。
唯一変わった事と言えば、俺がどちら側についたかという事だけ。
あの日と変わらず、全てを壊そう、全てを殺そう。
偽りの正義を騙る、悪を滅ぼすまで。
歪んだ秩序に仇なす、悪の兵器として。
『幸せになっ……て……ね————』
彼女さえも裏切る、ダブルクロスとして。
「俺は、貴様らを狩り続けよう。"
俺は戦い続ける。
終わりが訪れる、その日まで。
「行くぞ、ルプス。作戦を開始する」
『了解』
いつか本当の正義に斃される、その日まで。
to be continued……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます