暁の記憶

プロローグ

三月九日 五時〇四分


————東の空に、朝陽が昇る。

辺りを包む闇さえも焼き尽くしてしまいそうなほどの赤。地平も、辺り一望できる街さえも染め上げる赤。


その赤に照らされながら地に伏す、稲本作一。

血溜まりに倒れた彼の姿が、あの日の父の姿に重なる。

『俺に剣を教えてくれ…………!!』

彼が、剣を手にした日。

怒りを理由に、戦うことを選んだ日。

優しい彼が、誰かを殺すことを選んだ日。


僕は、あの日の事を今も悔いている。

もしあの日、僕に力があれば君は今もまだ日常の側でいられただろう。

君が手を汚す事もなかっただろう。

誰もが、幸せに終わりを迎えたはずだったのだろう。

そんな後悔と共に、この八年間生き永らえてきた。


それでも、後悔は消え去っていく。

「……まだ、君は立ち上がるんだね」

「当たり前……だろ……」

息も絶え絶え。人ならもちろん、オーヴァードだったとしてももう死に体。

それでも、彼は立ち上がる。彼自身の意志で、彼自身の理由で。

「アンタにだけは……負けられない……」

幼かった君が、ここまで成長したのを見届けられただけでも、僕は嬉しかった。


けれど、まだ足りない。

「悪いけど守りたい、負けられない、そんな想いだけの剣に負けるつもりはない」

君の剣は、まだ未完成だ。

「僕の剣は全てを斬り捨てた、その先にある」

たった一つを理由に、大切なものさえも切り捨て研ぎ澄ました僕の剣にはまだ届かない。

「今の君じゃ、僕には勝てない。何一つ守れない」


それでも、きっと君なら————、


「そんなに言われなくても、もう分かってるよ……」


途端、気配が変わる。

今まで揺らいでいた彼の殺気が鋭く、突き刺すように。

それこそ、一振りの刀のように。


傷だらけでも体芯は揺らぐこともなく、無駄なく彼は構えて。

「……君は、何のために剣を手に取る。復讐かい、それとも—————」

「————」

僕の問いにも、迷う事なく答える。たった一つ、彼が削ぎ落としたその先に見つけた、剣を手にする理由を。

「……君らしい、理由だね」


君の剣を完成させる、大切な一欠片を。


そして君が先に行こうというのなら、応えなければならない。

「……じゃあ始めようか、作一」

きっとこれが最後だから、全力で。

君を殺す者として、君の大切なものを脅かす者として。


そして何より、

「最後の稽古だ」

————として。


互いに剣を構える。鞘に納め、互いの命に狙いを定めて。

「一之太刀————」

音もなく、軽やかに蹴り出す。同時。

一歩、強く踏み込む。地に身体を沈ませるように、その身体がブレぬように。

互いを互いの間合いに捉えた瞬間、二つの黒き斬線の、その軌跡だけが交わって。この戦いの始まりを報せる音が、遅れて空に鳴り響いた。



————これは、僕の終わり。

そして、彼の始まり。


死して忘れる事のない、暁の記憶だ。


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