エピローグ

いつもと同じ朝、いつもと同じ様に遅刻間際で少女は朝食を摂る。昨日は何かあったようで、ドッと疲れが出たように寝過ぎてしまって。

「急がなきゃ、急がなきゃ……!!」

食事を終えて、カバンを手に取りここで改めて忘れ物に気づき慌てて自室に戻ろうとする。


その時、一つの空き部屋に目が留まる。ただの空き部屋、何年も使われてないはずなのに何かに気を取られて。

もし、兄や"姉"がいればここを使っていたかもしれない。この部屋に姉さんがいて、怖い夢を見た日には飛び込んで、恋に悩めば二人で菓子とジュースで楽しく夜通し話したかもしれない。

そんな空想を働かせても私は一人っ子。それは変わらない、変わらないはずなのに。


何かに惹かれるようにドアを開く。

開いたところで何もない、ただの空き部屋だ。雑多に家具や古い本が置かれてるだけの、ただの倉庫代わりの空き部屋で。


それなのに。

『幸せになってね。どうかずっと、笑っていられるように……』

聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえた。

気のせいではない。たしかに、たしかに聴き馴染んだ声が聞こえて。


涙がこぼれ落ちる。心のどこかに大きな穴が空いたような気さえもして。

「お姉……ちゃん?」

無意識に言葉にして、その穴の大きさを認識する。決して埋まることの無い、それでも見過ごしてはならない穴であると。


少女は膝をつき、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言葉を紡ぐ。

「大丈夫……ちゃんと、ちゃんと幸せになるから……だから、だから……帰ってきてよ……」

その言葉に応えるように、今は亡き彼女に伝えるように。


その言葉がその人に届いたのかどうかは分からない。

ただ、ただ少女の啜り泣く声だけが、その部屋の中に静かに響いていた……



「この様な力の使い方は規則違反だという事を覚えておけ、稲本」

マンションの屋上で言葉を交わす二人。そこはたしかに彼女の家が、その部屋を見ることができるその場所で。

「ありがとうな、黒鉄」

彼は彼女の姿を見届ければ、悲しげな笑みを浮かべながら彼は礼を言う。

「お前は甘い。特務部隊など辞めて正規部隊に属する事を勧める」

「そうもいかないさ。お前だって知ってるだろ?」

「……勝手にしろ。だが、"仇打ち"を果たす前に死んでも知らないとだけは言っておく」



刹那、蘇る記憶。


血の海の中心で横たわる父の姿。

もはや自分が何を言っていたかも覚えていない。

どれだけ揺さぶったかも覚えていない。

ただただそれでも怒りに心を支配されていたのはしっかりと覚えている。

動かぬ父に叫び続けたのも覚えている。


その中で、先生が優しく抱きしめてくれていたのも覚えている。

彼の言葉は聞こえなくても、あの日あの時、俺の心は決まりきっていて。

『お願いだ……俺に刀を教えてくれ……!!父さんを殺した奴を殺すための力を……!!」

この怒りが、俺に力をくれた。刀を、命絶つ刃を象る力を。


そしてその人は静かに、優しく微笑んで。

『ああ、分かった……。君に何もかも教えよう。僕の持つ、全てを』

俺のことを、優しく抱きしめてくれた。


今でもあの時の事は、その人の優しさだけはたしかにしっかりと覚えていた。



「大丈夫、必ず果たすさ。それが俺の、ただ一つの目的だから」

「そうか、なら勝手にするといい」

二人は言葉を交わし終えれば屋上から飛び降りて、己が愛車に向けて歩み始める。


力強く、一歩一歩を踏み出して。

それに跨がれば、スロットルを勢いよく開き加速して。



日常の裏側のその深淵。これは影に生きた少年たちの物語。


そして彼らの、復讐の物語だ。


To be continued……

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