第6話 バケモノ
————コイツが俺の中に現れたのは、五年くらい前だったか。
初めての任務。初めて人を殺すと決めたその時。
俺は、誰かを殺すのを拒んだ。
復讐を誓いながら、この手を綺麗なままにしようとしていた。
けど、それは許されるはずもなかった。この残酷な日常の裏側、その深い深淵で戦う俺たちには。
だから俺は俺ではない誰かにその責を、咎を押し付けた。
それがこの結果、このバケモノ。
言葉を発することもない、ただ人を殺すだけの獣。
今俺は、身体を預ける。
歪んだ笑みだけをこの顔に張り付けて。
目の前のそれを殺す為。
この手をまた、赤に染める為。
※
一点、狙いを定め少年は強く踏み込む。
「ブレイズ」
「分かってるよ……!!」
一気に叩き込まれる炎、そして間髪入れずに叩き込まれる冷気。
「な……に……!?」
一気に強度を失い、毀れる刃。
意識外の攻撃に先程までの勢いは一気に削がれる。
そして一点、稲本の目には貫くべき点が見えていた。
幼き頃から持っていたある種の才能、弱点を、脆き点を見抜く力。
それがあるが故に、この一刀は必殺の太刀となりて。
「月下天心流 五之太刀————」
「ッ……!!」
夜明けを指し示す、血路を切り開く一刀。
「暁————ッ!!」
穿つ。
ただ一撃、それを起点にひび割れる。
その鋼は宙にて鈍く輝き、音を立ててバラバラと一気に崩れ落ちる。
「く……そがああああああっ!!」
得物を失ってなお、彼は抵抗せんと彼に立ち向かう。
されど全ての利を失った彼に、立ち向かう術があるはずもなく。
「終わりだ」
水平一文字に刃が空を切る。
「————」
声を上げる間もなく、頭が落ちる。
一間遅れて、間欠泉のように血が一気に吹き出す。
もはや再生の兆しはなく、彼の死は明らかに。
「やった……のか?」
「ああ、終わったよ」
屍に背を向けて、笑みを浮かべるのをやめた彼は哀愁漂う目を浮かべていて。
そんな姿が、ブレイズの瞳にはあまりにも歪に映り込んでいた。
「さて、ここを制圧してさっさと上に行かねえと」
『こちら夜叉、聞こえているかい』
二人が動こうとすれば、聞こえるは陣内の声。
「こちらブレイズ、ゼロと共に当該拠点の制圧行動に移ります」
『ならブレイズ、君が中の制圧を。現在外は敵戦力によってかなり押されている状態だ。ゼロは外の援護を頼む』
「こちらゼロ、了解しました」
「ブレイズも了解」
『じゃあ、頼んだよ』
二人は陣内の指示に従いそれぞれの行動に身を移す。
だが、少し足を止める。
『ハナから予定通りじゃ無いか』
あの男の言葉が今もまだその頭の奥底で残響する。
今はまだ、疑念だけしかないけれど。
それが確信へと変わるには、そう時間は必要なかった。
※
同刻。今再び、路地裏にて光が瞬く。
「そろそろ私も暖まってきたよ!!」
楓はその眼に闘志を宿し、その身体に紅き雷を纏う。
「侵蝕率オーバー80%、ペース配分を間違えるなよ」
黒鉄はその手にした長銃のその狙いを黒き仮面の獣へと向けて撃発。
「ガァァァッ!!」
弾丸は獣の脇腹を撃ち抜き、咆哮と共に赤い鮮血が飛び散る。
「効いた……!?」
「やはり、こいつが掻消せるのはあくまでもエフェクトのみか」
黒鉄は有効打を確信。そのまま一歩距離を詰めながらナイフを投擲する。
「グルァァァァッ!!」
されど二度目は受けんとその身を硬質化させ、その刃は皮さえ通らない。
無論、それさえも囮なのだが。
「ところがぎっちょん、こっちはどうかしら!!」
繰り出されるは紅き雷槍。己が雷の全てをその右手に集め、一点に狙いを定める。
「グルァッ!!」
これを喰らえば危険と判断したのか、その獣も咄嗟に回避行動を取らんと足を前に出す。
「逃すか」
だが逃さない。彼のワイヤーが一気にその脚を絡めとり、僅かだがその足を止めて。
「喰らい……なさいッ!!」
「ウグァァァァァァッ!!!!」
閃光。一条の光が一気に貫く。
膨大な光量、熱量がその肢体を、彼らの眼さえも焼き尽くす。
「終わりだ」
重ねる様に、その一点に狙いを定めて引き鉄を引く。
放たれた弾丸は螺旋を描き、真っ直ぐ火線を描いて空を飛ぶ。
稲光の中で、鮮血が噴き出す。
雷の着弾点より寸分違わぬその傷へと放たれた一射。それは容赦も感慨もなく、確実に命を奪いて。
「グ……ガ……」
その一撃と共にそれは息絶える。その場に膝をついて、崩れ落ちて。
「終わっ————」
「ガァァァァァァッ!!」
咆哮。それが二人の思い込みを一気に砕き払う。
「ッ……!?」
同時、一気に黒が溢れ出す。
渦巻く様に、蠢く様に、本能的にその影は辺りを破壊し始める。
「暴走状態に陥ったか……!!」
「蒼也!!」
即応、迎撃せんと楓は面で薙ぎ払う様に雷を繰り出す。
されど————
「う……そ……!?」
掻き消される。全て霧散する様に、何一つ効果を成すことなく、先まで僅かながら通用していた攻撃も一切それには霧雨と言わんばかりに。
「蒼也……!?」
「お前は逃げろ」
あまりのことに立ち尽くした彼女を力強く突き飛ばした。
「っ……ぐ……」
黒き嵐は辺り一帯を全て呑むように、掠るだけでもオーヴァードである彼は蝕まれ、削ぎ落とされて。
「目標……確認」
それでも尚彼は敵の姿を己が感覚、聴力を持ってして捉える。
狙うは一点、全ての生物における中枢である脳。その左手に握った拳銃の照準を即座に合わせる。
例え敵が未知の存在であろうともヒトの形を取る以上、重ねてオーヴァードであればそこは明確なる弱点。
「今度こそ、終わりだ」
だが————、
「ガァァァッ!!」
「な……!!」
獣は闇から、鋭き爪でその弾丸を弾きながら躍り出る。
奇襲。それが意図したものでないにせよ完全に意表を突かれた。
「ぐ……!!」
一歩、即座に跳躍し距離を取る。されどその獣は逃しまいと影で彼の足を縛る。それこそ、先程彼がした様に。
そして、黒を纏いし爪が一気に繰り出される。真っ直ぐ、迷いなく。
獲物を狩る、獣の様に。
「オマエヲ……クワセロ……!!」
そして視界が、黒に覆われて————
散る。
赤が、飛沫が、命が。
「っ……」
ただ無情に、感慨もなく無慈悲に。
薄暗い路地裏で、音も無く命が崩れる。
そして運命は、果てなき虚へと堕ちていく。
続
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