第7話 引鉄

薄暗い路地裏で、飛沫が舞う。べたりとアスファルトに赤が散る。

繰り出された鋭き爪は肉を抉り、体を貫いて。その身体は力なく宙に浮く。

その姿ははっきりと、突き飛ばされた"彼"の眼にもハッキリと映り込んでいる。

「楓!?」

「よかった……蒼也が……無事……で……」

そして彼女は痛みの中でも楓は彼の無事に安堵して、笑みを浮かべた。


「貴様……!!」

発火炎、瞬くと同時に火線が腕を貫く。あまりにも衝動的な発砲と冷静な照準。撃ち抜かれた痛みに獣は反射的に腕を引き抜く。

ぐらりと力なく揺れ落ちる彼女の体を支え、黒鉄は咄嗟に閃光弾を投射。僅かな時間とは理解した上で彼女を抱え一気に死角へと逃げ込む。

「大丈夫、蒼也……?」

「喋るな。すぐに止血する」

咄嗟に身を隠し、慣れた手つきで止血を行う。だが溢れる赤は止まらず、それどころか彼女の侵蝕率は異常なまでに高い数値——150%超えを示している。それは通常のオーヴァードならとっくにジャーム認定される数値。どれにせよアレの攻撃が引き起こした事態。

けれどそれ以上に、彼の頭の中ではエラーを吐き続けて。

「何故だ。何故俺を庇った」

自分の命を懸けて他人を守るなどあまりに不合理。

彼女がそういう人間なのは重々承知していたが、それでも命を投げ捨てるのは————

「だって……蒼也だってあの日そうしてくれたでしょ?」

そう、静かに苦しそうな息混じりで口にする。

「記憶にない。そんな、そんな記憶など————」

「私達を庇う様に戦って……私達を守るために一人で残ってくれた……だから、私も……蒼也みたいな……」


違う。違う。俺は————


「誰かを守れるヒーローみたいに……なりたかったから……」


————そんなものじゃない。



「馬鹿を言うな。それで死んだら元も子もないだろ」

「そうだね……。でもみんなが……蒼也が無事なら……いいんだ……」

そう言う彼女は今もまだ笑っていて、こんな傷を負いながらも心の底から安心した様子で。

「……お前はここで寝ていろ。動ける様になったら逃げろ。もうこれ以上戦うな」

「蒼……也……!!」

だからこそ、守らなければ。


ナイフを構えて、再度戦場へと躍り出る。

「ミツケタ……!!」

「ああ、貴様の相手は俺だ」

己が侵蝕率は100%を超えている。奴の一撃を喰らえば俺はもう終わりだ。だが同時、奴も傷の具合から耐えることが出来て一撃。

「確実に……貴様を仕留める……!!」

故に一歩、この戦いを終わらせるために踏み出した。



————俺は、ただの兵器。与えられた命令をこなすだけで、ただ命じられるままに殺すだけ。合理的に確実に、他者から命を奪う。それが俺という、ヌルという兵器の在り方。

それは悪そのもの。俺が持つ知識をどれだけ掻き集めても、決して覆る事はない事実。



だからこそ、彼女のような誰かを救える人は死なせられない。



「喰らえ」

繰り出すは掌底。獣は咄嗟に守りを固めるが、その手を介し伝わる振動は防御を超え臓物に直接衝撃を与える。

「ガッ……!!」

「逃さん」

のけぞる獣。決定的な隙を逃さずすかさず顔面、腹部に次々と拳を叩き込み足払いでバランスを崩す。

だが反撃。

「グラァァァァッ!!」

影の放出。触れるだけでその身体を蝕む制御なき力の奔流。視界も奪われ、思考も自らに宿る力に乱されていく。

されど、それは同時に彼の刃を研ぎ澄ます要因にもなりて。

「其処だ」

「ッ……!?」

袖口より取り出すナイフ、即座に投射。獣は奇襲に対応できず、己より噴き出す赤に驚きを隠せず。

対して黒鉄は冷静に冷徹に、己の仮説が成り立つことを確信する。


アレは確かにレネゲイドを喰らい、同時に刃や弾丸さえも弾く硬き守りも有する。一見無敵の防御。だが今までも彼と楓は確かにそれを傷を与えていた。故に穴は其処にあって。


そう、アレは力を同時に行使することはできない。

それがオーヴァードであり、同時に死神たる彼の見出した活路。

「グル————」

「させるか」

唯一であり、最後の弱点。その最後の一点は意地でも逃しまいと、獣のわずかな抵抗さえも許さない。


そしてそれが疲れか、それとも消耗からか僅かにその足を揺らがせた。

「逃さん」

その瞬間を、彼は決して見逃さなかった。


「距離34、装填リロード照準一致ターゲットロック————」

構えるはその肩に下げた狙撃用ライフル、T-5000。今の彼が持つ最大火力であり、命を穿つ死神の一矢。

僅かに一歩下がり、確実にその威力を発揮するその距離へ。

この距離ならばスコープなど覗く必要もない。

感慨も容赦もなく、冷静に冷徹に引き鉄にその指をかけて。

「————発射ファイア

撃発、と同時に上がる発火炎。弾丸は螺旋を描き、風に揺らぐ事もなく真っ直ぐと、彼の視線の先へと音なく飛んで————





————彼女という存在が、眩しかった。

殺す事しかできない、闇の中で生きる俺にとっては決して手の届くことのない存在。



他人の為に身を挺して、誰よりも誰かが傷つく事を恐れて自分から傷ついていく。

けれど別に死にたがりなわけではない。怪我をすれば涙をこぼしてしまうくらいには普通の感覚を有した人間だった。



ただ彼女は、優しすぎるのだ。

誰にでも手を差し伸べて、その手を光の方に力強く引いていく。



きっと、本当のヒーローは俺ではなく、彼女の様な人だ。

生き残るべきは彼女の様な人間だ。




だから————






ガキン、そんな鋼と鉛がぶつかり合う音。鋼が如き硬化した皮膚の前ではただの弾丸が通る筈もなく、弾かれる。

それが、本来あるべき形の筈だった。

「ッ……!?」

ミシリと音を立てて、弾丸は前へ前へと進もうとする。螺旋描くその軌跡は変わることなく、ただ真っ直ぐそうあれと命じられた様に。

獣は確かに守り抜いたと思い込んでいた。いや、実際今の今まで彼の弾丸はこの守りで全て弾いてきた。

なのに、なら————

そんな思い込みさえも、彼の思惑通り。確かに見た目だけであればそれは今までの弾丸と同様。

されどそれは、僅かに載せられた振動によって似て全く非なるものへと変えられていた。


固有振動数。それは全ての物体が持つ数値。与える振動とそれが一致すれば共振を起こし、僅かな力でも大きな揺らぎを与える。それこそ、ささやかな風が高層ビルを薙ぎ倒す様な、そんな事さえも可能にする。


それを、彼は弾丸に乗せて獣に叩きつける。ハヌマーンの振動操作。それは本来決定的な火力にはならずとも僅かな綻びを開く一矢。あの掌底さえもその数値を知る為の布石。確実に命を追い詰める為の矢はすでに放たれていて。

「穿て—————」

その言葉が告げる通り、鋼はひび割れて弾丸は前へ前へと押し進む。

もはや止まることを知らず、虚なる弾丸はただその命を奪わんとその守りを貫いて————


弾ける。

赤が、滲む。

鉛のめり込んだその場所から血が流れ出す。それは確かにその鉛弾が獣の肉に辿り着いた証。

その一撃は鋼が如き守りを穿ち、確かにその肉を抉った。

ただ、それは同時————

「グルァァ……グルァッ!!」

「なっ……!?」

それは命を奪い損ねたという証でもあった。


迫り来る影纏し鋭爪。その腹部からは確かに血は流れ落ちているが、それの動きが鈍る事はなく。

「っ……がっ……!!」

爪が肉を抉り、影が肉体を蝕む。

同時、爪は鋭さを増してその力の強大さは増して。それを見て、彼は一つ見落としていた事に気づく。

アレはレネゲイドを喰らう。そしてその食らった力を糧にして己の力を強化する。

確かに彼の弾丸は貫通する筈だった。ただそれは、その直前に楓のレネゲイドを喰らっていなければの話だった。


決定的な、唯一にして最大の一手。

それが通じなかった以上、彼にはもはや矢は一つとして残されていない。

————黒き影が、眼前を覆う。

彼の未来を遮る様に、希望の全てを奪い去る様に。

「っ……」

死を目の前にして、彼は眉一つ動かさない。

それでも脳裏によぎったのは一人の少女。

最期を前にして彼女の無事を願うとは思わず、少し驚いて。

けれど恐怖も何もない。己の死は確実でも、未来はきっと紡がれた筈だから。


そうして今、彼の視界の全てが黒に染まった。





————瞬間、閃光。

紅き稲光が、影を呑み込む。

「っ……今のは!?」

確かに死は訪れた筈だった。もはや覆せない結末の筈だった。

それでも、彼女はその命に代えても在るべき結末を否定して。

「させ……ない……!!」

「楓……!?」

声の方を向けば傷口からは血を流し、抑えきれぬ雷糸をその身から迸らせる四ヶ谷楓、その人の姿が。

「お前、何を————!!」

「何をじゃない!!このまま一気に畳みかけて!!」

「お前はこれ以上は戦うなと言っただろ!!」

「それで……蒼也が死んだら意味がない……!!私だけじゃない、真奈もみんな悲しむ!!それに、もう今しかない……!!」

その言葉に振り向けば、雷撃に怯み僅かに動きを止めた獣があって。そしてその腹部には未だあの弾丸が残り血が滲んでいる。


されどその傷は塞がれ始めて、その獣も動き始め。もはや好機は今しかない。

「だがどうする……俺の攻撃もお前の攻撃も決定打には……!!」

「押してもダメってことでしょ……?なら————」

そう彼女は整わない息の中でもほくそ笑み、その右手に全ての雷を纏わせて。

「もっと押す……蒼也の攻撃が通じる時まで……!!」

放つ。

鋭く、揺らぐことのない雷の一射。ただ真っ直ぐ、一条の光となりて獣の傷を抉り広げる。

それは同時、その身に残った鉛弾さえも溶かしに溶かし切って。

再度雷撃。その言葉の通り彼女は諦めようとせず、黒鉄が開いた傷を更に広げる。

その力は次第に獣に喰われていくが、それこそ彼女の狙いで。

「押してダメならもっと押せ……か」

排莢、装填。

地に落ちた薬莢が甲高い音を一つ鳴らす。

されど研ぎ澄まされた精神はその音に掻き乱されることもなく、視線もただ一点狙うべきその場所に向けられて————

「ああ、本当に……お前は……」

引鉄を引く。ただ冷静に冷徹に。

けれどその瞳には、確かに希望がその眼に映り込んでいた。



————穿つ。

螺旋描きし弾丸がその肢体を、その肉を。

伝わりし振動は全身に伝播し、内部より骨を砕き身体いう身体を破壊していく。

「グ、ギャ——————!!」

もはやその獣は断末魔さえ上げることも叶わず、爆ぜるように血肉を撒き散らしてその命を終える。

あまりに歪で凄惨な最期。

「対象の死亡を確認。任務完了」

されど獣には確実に、揺るがぬ死が齎されたのだ。


こうして、彼らの未知なる脅威との戦いは終わりを迎えた。

「やった……ね、蒼也」

フラフラとよろめきながらも彼女は笑顔と共にハイタッチの形で手を差し出す。

「全く、無茶のしすぎだお前は」

「これくらい、誰かのためならへっちゃらへっちゃら!」

彼も少し呆れながらもその無事に安堵して彼女の手に重ねるように優しく応える。

侵蝕率にして160%を僅かに超えた値。危険域ではあるが、安静にしてこれ以上の戦闘がなければ十分回復の見込める数値だ。

よくあの激しい戦いを、どちらも欠ける事なく生き延びる事ができたと彼は思う。

「さあ、ここからは俺たちの領分だ。お前はこのまま避難しろ」

「うん……蒼也も死なないでね……」

「ああ。約束をそのままに死ぬつもりはない」

それを聞いて彼女は安心した様子の笑み浮かべて。

「じゃあ、またあとで————」



それが、彼女の最期の心からの笑顔だった。



影が、一気に彼を覆う。

「っ……!?」

黒がこの路地裏さえも満たす勢いで溢れる。

咄嗟に先程の獣に目をやるがそれは動く事なく、むしろその肉片さえも喰われている。

「っ……ぐっ……がぁぁぁぁっ!!」

即座、その叫びに彼は目を向けて————

「かえ……で?」

目の当たりにした光景に、言葉という言葉の全てを失った。


「っ……あぁ……!!」

もがき苦しむ様に己が身体という身体に爪を突き立て、それでも必死に己を抑えようとうずくまる。

「しっかりしろ!!」

近寄らんと一歩踏み出すが、それと同時に影が彼を喰らわんと触腕の様になりて襲いかかる。

「だ……め……近づいちゃ……!!」

顔を抑え、声を振り絞って最後の意識で彼を振り払う。

されど彼女の顔の半分は既に黒き仮面に覆われている。

瞳も赤く、白眼である筈のその場所も黒に染め上げられて。

その姿は、まさに先まで彼らが戦っていた獣。彼女の身体が、存在が徐々に蝕まれて塗りつぶされていく。

「そう……や……」

「意識を保て。そうすれば、そうすれば—————」

彼は必死に彼女を繋ぎ止めようと声をかけ続ける。けれど少女は首を横に振って。

「お願い……私を、殺して……」

小さく微笑んで、哀しげにそう呟いた。


「何————を」

「このままじゃ……きっと蒼也を……誰かを傷つけちゃう……から……」

苦しそうに、必死に声を絞り出す。もはや意識を保つ事さえ本来なら叶わないのだろう。それでも最後の願いを、彼女の望む結末を口にする。望まぬ未来が訪れぬように、彼らが平穏であることを願って。

「……分かった」

彼も、彼女の思いを理解していた。だからゆっくりと、静かに銃口を彼女に向ける。


今はまだ力が発露しただけで、彼女自身もその力を抑えているから抵抗される事はない。

その頭目掛けて引鉄を引く。何も難しくない、ただそれだけのいつも通りの事。


本当にただいつも通りの事。

それなのに—————

「蒼……也……?」

「—————」

指が、動かない。

震えたままそれ以上曲がらない。

ただほんの少し指の先に力を加えるだけのはずなのに。

「大……丈夫……蒼也なら……絶対外さないって……」


————嫌だ。


脳の奥底でエラーを吐く。

何故、どうして。

ただいつも通り殺す、それだけ。それだけなのにそれができない。


————嫌だ、嫌だ。


「どう……したの……?」

刻一刻、一秒毎に彼女の意識は奪われその身も蝕まれていく。

今引鉄を引かなければ取り返しのつかない事になる。それは分かっている。分かっている。



————嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。



なのにこの頭の奥で鳴り響くエラー音はより一層強くなる。

引鉄にかけた指はおろかこの手さえも震え始めて。



「おねがい……蒼……也……!!」

「嫌……だ……」

遂にはその拒絶反応は口からも漏れ出る。

ただそこからは留めどなく、溢れるように。

「俺はお前を……お前を撃ちたくはない……」

銃口は下を向いてもう上がることはない。引鉄にかけた指も緩む。

それを見て、楓は僅かに微笑んで。

「……うん……そう……だよね……だって蒼也は…………」

そのまま、彼女の顔の全てが黒に覆われる。もはや最後の言葉を紡ぐことさえも許されず。


それでも、それでもこの引鉄は引けない。

これを引いたら何もかも終わってしまうから。

何もかも、可能性だって失われてしまうから。



「ごめんね」



けれどもう、何もかもが手遅れだった。



「っ……!!」

その両手に爪を、影を纏わせ一歩瞬時に詰め寄る。

それが狙うは己が心臓。


引鉄を引かねば己の命を絶たれる。


引鉄を引けば、救うべき人を失う。


迷い、惑う。

もはや思考する間は与えられず、ただその時は訪れて—————





ドンと響く、鈍い、乾いた炸裂音。

薬莢落ちて、甲高い音が路地裏に鳴る。


けれどもう、彼の耳にはどの音も届かない。

「楓……楓……!!」

心臓に一発。赤は滲んで、力なく彼にもたれかかるように。



心は拒んだ。彼の意思は最後の最後までその引鉄を引かぬ事を選んだ。


けれど彼の本能が、刻み込まれたプログラムがそれを許さず。ただ無情に無機質に、他者よりも己の命を優先させて彼女を殺す事を選んだ。



彼女を支えようとして、手が赤に濡れる。

抱き寄せたその体も軽く、命が微かな事をその手で感じ取る。


「嫌だ……嫌だ……!!俺は……!!」

叫ぶ。必死に呼びかける。

きっとまだ手はあるから。まだ命は繋げるはずだから。

儚い願いを必死に心の奥底から振り絞って、最後の最後まで彼女の手を、命をその手で握りしめて。



「怪我……してない……?」



声が、聞こえる。



「真奈を……お願い……ね…………」



声が、聞こえる。



「ありがとう……蒼也……」



声が、聞こえる。



「幸せになっ……て……ね————」



「かえ……で……?」



「——————」



声が、聞こえない。



握りしめたその手もいつの間にか抜け落ちて。

力無く、支えていた筈の彼女が崩れ落ちた。



「あ————」



守りたかった。殺したくなかった。



「ああ—————」



それなのに、ただそれだけだった筈なのに。



「ああああああああああああああああっ!!」



エラー音が、止まらない。

どれだけ声を上げてもその音は鳴り止まない。

血濡れた左手で顔を覆っても、視界は赤に染まるだけでその現実は消えてくれない。



「違う……俺は……俺は……」



否定の言葉も意味はない。

己の憧れを否定したのは己自身。

人ではなく、兵器として。

己の最も望まぬ形でこの現状を作り上げた。



「俺は……俺は……!!」



それでも一つだけ知っている。

この今を終わらせる方法を。

全てを闇に閉ざす方法を。



無意識に右手に握った、血に濡れたそれをこめかみに当てる。

簡単な事だ。

ただもう一度指を曲げればいい。

ただもう一度、壊せばいい。

ただそれだけのこと。

エラー音はまだ止まないけど、問題はない。

今度も同じようにやれる筈だから。

大丈夫、俺は外さない。



その筈なのに。

なのに、どうして————

「俺はああ……俺はあああああああ!!」

曲がらない。

指が、曲げられない。

エラー音ではない、誰かの声が、彼女の声が————



「黒鉄蒼也」

声、男の。

呼び止められて、震えていた指が止まる。

そこから動くことはできずとも、声はハッキリと聞き取れて。

「君に、全ての真実を伝えよう」

俺は応えない。いや、応えられない。

けれどこちらのことなど気に留めず、彼は文字通り全てを語り始めた。


「——————」

一言一句、聞き逃さず全てこの耳に聞き入れた。全てこの頭に書き留めた。

その一つ一つの言葉が俺の中のエラー音に共鳴するように、より激しいものへと変えて。


いいや、そもそもこれはエラーではなかった。


今ならわかる。

今まで認識できなかったもの。今までただの異常だと思っていたもの。今まで奪われていたもの。



これが、俺の"感情"だったんだ。



そして今、全てを知って、この感情が何かを知る。



————憎い。


何もかもが憎い。

彼女を奪い、殺した全てが。

正義を騙る、————が。

そして何より、————が。


胸の奥底で、憎しみが湧き上がる。

炎が燃え盛るように激しく煌々と、それでいて静かに。



「……俺は、俺の為すべき事をする」



彼女の亡骸をそこに横たわらせて、静かに立ち上がる。



「たとえ悪だと謗られようとも、成し遂げてみせよう」



彼女に誓うように、己に言い聞かせるように。

一歩、力強く踏み出して。



闇の中で、蒼が弾ける。

静かに一度だけ。されど確実に。



それはまるで、発火炎のように。

引かれた引鉄は、放たれた弾丸は————



「数多を殺す、ヌルとして」



もう戻らない。




黒鉄蒼也 MIA作戦行動中行方不明



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