第9話 再会

黒煙が空に上る。その黒は曇天を覆い、瞬く間に平穏が崩れたことを報せる。


「ゲホッ……ゲホッ……!」

「生きてるみたいだね、作一」

「ええ……なんとか……」

そこに立っているのは彼と陣内の二人のみ。他は皆、熱と衝撃にやられ倒れ伏している。いや、オーヴァードの者は生きているだろうか。それさえも判別つかぬほどにやられている。この惨状であの飛翔体がミサイルであったと確信する。

そしてその様子を陣内は見渡して、厳かに口を開いて。

「作一、下階に行きなさい」

「何で……ここは……!」

「"彼"の相手は、僕だ」

暴風。

と同時、視界を覆う黒。戦闘ヘリ。


刹那、白雷が走る。

光が音よりも速いのは道理で、落雷に命を失う事には気付けないように、少年が全てに気付いたのは全てが終わった後で。

「っ……!?」

「邪魔するんじゃねえよ"夜叉"……そっちの弟子はどうなのかと試してやろうと思ったのに」

彼の目の前には白髪の男が繰り出したブレード。それを受け止める陣内の二人の姿。

「悪いけど彼はやらせないよ、"マスタールプス"。それとも"狼王ロボ"と呼んだ方がいいか」

「ハッ、お前と戦えりゃ何だっていいさ。俺の呼び名なんてなァ!」

鋭く、重い蹴り。目の前で繰り出されて己が師が飛ばされる。

だがその力を受け流したか、彼はそのまま立ち続けその男に敵意を向けて。

「行きなさい作一。彼らは、強い」

その言葉はいつにもないほどに余裕はなく、脅威が彼のみではないとその声音から感じ取れたから。

「了……解」

少年は彼の言うままそのまま下階へと駆けていく。ただ彼を信じて振り返ることもなく。


「……さて、俺たちは楽しむとしようか。お前に落とされた右腕の傷もいい具合に痛むしよ」

剣。白き雷を纏いしその機械の腕より伸びた鋼の刃。それは獲物を求め白く輝いて。

「安心して、今度はその首を叩き落とす」

構える。静かに、殺気さえも抑え込み、されどその殺意は露わにして。

交錯。

剣線交わり、音が遅れて空へと響く。

それはこの戦いの始まりを示す音。そしてそのまま強く一歩踏み込み、

「さぁ、始めようぜ」

「ああ、 始めるとしよう」

再度大きく、その剣を振り抜いた。



『対UGN特殊攻撃部隊 ルプス』。"狼王ロボ"と呼ばれしエージェントが率いるFHの対UGNに特化した戦闘部隊。狼が如く個々の戦闘力も高く、統率の取れた狩人の群れ。

奴のコードネームから察するにこの攻撃は彼らによるもの。先生から聞いたことはあったが、まさかそんな部隊が攻撃を仕掛けてくるなんて。


けど、何故?

いや、確かに俺たち『13』を脅威に思ったから攻撃を仕掛けてきたのかもしれない。

それでもやはり、疑念は拭えない。何処から奴らは『13』を知った?どうやってその構成員まで知った?


いいや、今はそんな事はどうだっていい。


「こちら"ゼロ"……敵を目視で確認……!!」

階下に降りたその先、一面窓ガラスのその部屋。眼前には大剣を構えた男と、脚よりブレードを繰り出す女。

そしてその傍には血溜まりと身体を真っ二つに裂かれ倒れた支部員達。

それが彼らを敵と示していて。

「来たぞ、"ベルセルク"。奴の言っていたエージェントだ」

「ハッ……!お前は邪魔するなよ"カマイタチ"!!」

問答無用。

互いを敵と人気しているのならば言葉など不要。


一歩、加速。

反応されるよりも早く、距離を詰めてその刃を振り抜いて————

「っ……!聞いてたよりもずっと速いじゃねえかお前ェ!」

「なっ……!?」

反応、出来るはずがない。

なのに俺の刀は奴の大剣に止められた。

少なくとも初見でこれを止められる訳がない。

ならば、予測された。

それだけコイツが練度が高い。それは確実。

けど、それ以上に————

「そのまま抑え込んで」

「ああ!?邪魔すんじゃねえって言ってんだろカマイタチ!!」

「っ……!!」

いいや、そんなところに思考のリソースを割いてる余裕はない……!!

正面、大剣を構えた男。

その死角から飛び出す女エージェント。その脚からはこちらの首を目掛けたブレードが。構えは彼の身体で見せず、振り抜くその瞬間だけこちらに見せて刃を飛ばす。


熱。いや、痛み。

咄嗟に上体を曲げて左肩で刃を受けて、刃を肩で受け流した。

だが崩れた体芯に叩き込まれた一撃に体は揺らぎ、決定的な隙が生まれる。

「っ……!!」

瞬間、ガラスがヒビ割れる。視線を向ければその中心にはライフル弾が一つ。

そしてヒビは一気に広がり、そのまま騒音と共に砕け散る。

「ク……ソがぁ!!」

瞬時に身を捻って弾丸を斬り落とす。破片は胴体を掠めたが命には至らず。

それでも、詰みだ。

「もっとやり合いたかったが、これも仕事なんでなァ!!」

振りかざす大剣。一秒後には俺の身体を真っ二つにしてるのは確定事項で————


「っ……!?」

炎の壁が俺と奴らの間を一気に遮って、その結末は覆される。そしてそのまま己の体も何かに力強く引かれて。

「間に合ったみたいだな……!」

「私たちが間に合わなければどうするつもりだったの?」

「"ブレイズ"……"クイーン"……!すまねえ、助かった……!」

援軍、それも今考えられるだけの最大戦力。安心して背を預けられる二人がここにいる。

「屋外にスナイパー。敵シンドロームはそれぞれキュマイラとハヌマーン。それ以外は不明だ」

「私たちが援護する。貴方はそのまま畳み掛けて」

「得意だろうが、足は止めるなよ、"ゼロ"」

「ああ、言われずとも」

だから躊躇う事なく、一歩前へと駆け出していく。


即座に飛び上がり、ガラスを足場にして奴に一気に飛びかかる。

「ハッ、面白えじゃねえか!!」

こちらから突っ込むのだからその対処は刃を俺の通り道に置いておけばいい。反応できずとも予測できればそう対処されるだろう。

だが、そうなることは織り込み済み。

「ったく、そういう無茶な動きをカバーするこっちの身になってほしいわね……!!」

重力に一気に引き寄せられ着地。振り薙ぐ刃が頭部を掠め、されど後方へと流れていく。

「させない」

展開していたカマイタチがその脚を振るう。

刃が飛ぶ。比喩ではなく文字通り、空気に乗せてその刃を飛ばす。

それを焼き払うは高温の熱波。そのまま後方、火の壁でクイーンを守りながらカマイタチに接近するブレイズが見えた。


だからそのまま、一気に刃を突き出しその身体に狙いを定めて—————

「暁月————ッ!!」

「ッ……!!」

心臓目掛け繰り出した一閃。奴は咄嗟にその大剣を引き戻してその腹で受ける。

されど一点、確実に貫くその一撃に耐え切れるはずもなく一気に砕け散って。

————納刀リロード

「一之太刀————」

柄を、鞘を強く握り締めて、一気に剣を解放しようとした。


殺気。窓の外から。

ならば剣線をその狙撃に合わせ攻防の太刀を振るうのみ。

強く一歩踏み込んで、白刃が光を浴びたその瞬間————




殺気に隠れた、黒き憎悪が顔を出した。




—————————————————————




距離、206m。

スコープ越しに戦況をこの眼で捉え続ける。

増援の登場により状況は三対二。初弾は予想通り防がれた。

「どうするんですか。この距離からの狙撃を防がれる以上、奴を倒すのは貴方頼りなんですけど」

「"赤の鉛弾レッドバレット"、お前はそのまま奴が抜刀の構えに入ったら第二射を撃て」

「さっきの二の舞になりませんか?」

「奴は勘がいい。だが、複数の殺気が重なればその察知は困難となる」

「なるほど。なら狙撃のタイミングは————」

「お前に合わせる。それと無理に頭は狙うな。胴体狙いで構わん」

「……了解」


戦況が動き出したのを見て、口に煙草を咥える。

火を灯せば、白き煙が頭の中を満たして雑念という雑念を飲み込んでくれる。

煙を吐き出せば、全ての感情は消え去る。


ただ一つ、この頭の隅に残った俺が唯一知る感情を除いて。


揺れの止まった十字。

その中心に奴の頭部を捉え、そして————


「さようなら、相棒」


撃発トリガー


いつものように、あの日のように。

ただ一言、別れを告げて。



曇天に、銃声が鳴り響いた。




—————————————————————



痛み。熱。

腹部を貫通した弾丸に、意識が持っていかれそうになった。


けれど、それは許さないと俺の脳が言った。

いいや、そんな痛みさえも掻き消すような感情が湧き上がった。


何がお前にそうさせた。


何がお前に引鉄を引かせた。


何がお前に、そこまでの憎しみを与えた。


砕けた弾丸が目の横を掠める。

けど、そんなものなどどうでもいい。


「何をやってる"ゼロ"!?」


気がついた時にはもう窓の外へと飛び出して、ビルを伝い一気に駆ける。


怒りと疑念に身を任せて。


「何で……何でお前がそこにいる……!!」


真っ直ぐと、ただ一点。


確かにそこにいる————、


「黒鉄……蒼也……!!」


アイツに会うために。



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