第3話 襲撃

夜も更け皆が寝静まり、街の灯りのほとんどが消えて街灯のみが照らす頃。

ポツリと、一つだけ明かりのついた部屋が一つ。

その中からは楽しげなが一つ二つ、三つか四つ。

「ねぇ、莉奈ちゃんは好きな人とかいないの?」

「な、何でそんないきなり……楓さん?」

「ほら年頃の女子高生同士、恋バナしたいじゃん?」

それはUGN宿舎の一つの部屋、少女達はやや広めの楓の部屋に集まって灯をつけたまま、菓子や飲み物を持ち寄って団欒の時を過ごしていた。


「私は……その、そういうのとは無縁で……」

「そうやって無縁だと思ってるから出会いはやってこないんじゃないの?」

「そういう久遠はどうなのよ。ほら、言っちゃいなさいよ!」

「私こそそういうものと無縁よ。上に立つものがそんなものにうつつを抜かしててはね?」

「む、絶妙に腹立つ返し」

「そういう楓ちゃんこそ、蒼也とはどうなのよ?」

「蒼也とは……何もないよ。こんだけ一緒にいたら家族同然だからね。まさか天も私とアイツに何かあるって期待しちゃった〜?」

「え〜、本当に何もないの?」

飛鳥は楓をゆさゆさと揺らして情報を吐かせようとするが、彼女は一切答えず。


彼女が口を割るよりも早く、ドアが開いて。

「そうだよね、姉さんは蒼也さんがいないとテストも赤点だし料理は壊滅だしね。どっちかというと手のかかる妹だよね」

楓と同じくやや赤みがかった髪の少女が一人そこに立っていて。

「ま、真奈!!なんてこと言うの!?」

「事実でしょ?」

「うぐっ……」

的確に、楓の弱点をついていく彼女。莉奈はそんな彼女を不思議そうに見つめていて。

「えっと……貴方は……」

「私は『四ヶ谷真奈よつがやまな』。四ヶ谷楓の妹です。よろしくお願いします」

少女、四ヶ谷真奈は丁寧にお辞儀をする。朗らかな楓とは対照的にとても落ち着いた、物静かな印象を受ける。

「そういえば、蒼也さんって?」

「蒼也さんは稲本さんと同じUGNエージェントです」

「私と真奈は小さい頃に両親を亡くして、それ以来蒼也とはずっと一緒にここで暮らしてるの」

聞けば彼の部屋も廊下の先にあるようで。孤児同士身を寄せ合って家族同然に彼らは生きてきた、との事だ。



『俺だ。"ヌル"だ。聞こえるか』

と、同時。抑揚のない落ち着いた声が聞こえてくる。どこかにスピーカーが取り付けられているわけでもなく、彼女らの耳に直接その声は届いた。

「蒼也、まさか自己紹介する気になったの!?」

『違う、今すぐそこを離れろ』

叫ぶわけでもない。ただ淡々と、それでも鬼気迫るような口調で。

『敵性存在が近づいている』

「っ……!!」

その言葉を聞いて、その場のエージェントたちが同時に目の色を変えて能力を発現する。

「久遠!!」

「貴方に言われずとも!!」

久遠は飛鳥に言われるよりも早く己のレネゲイドを広げ、その場所を自らの領域とする。

だが、それが広がり切るには時間が必要で。

「見つけたぞ、女ァ!!」

それよりも早く、壁を砕いて現れたのは大きな猿のような毛に覆われた巨躯の獣。

「こ、これが……!!」

「あの時の……!?」

脅威を目の当たりにして、非戦闘員の莉奈と楓は足がすくみ動けなくなってしまう。

ただ彼女らは既にその目に敵を見据え、楓は真奈を、飛鳥は莉奈の手を取り。

「楓と天はその子と真奈を連れて逃げなさい。ここは任せて」

「本当に大丈夫なのね、久遠?」

「ええ、問題ないわ。だって————」

彼女が言葉を紡ぐと同時に、一歩地を蹴る音が聞こえて。

「一之太刀——————」

「っ……!?」

「"三日月"……ッ!!」

「ここには、彼がいるから」


「グアァァァッ!?」

振り抜かれた一刀は異形の身体を捉え、確かにその巨躯は地を離れて壁へと叩きつけられる。

「遅かったじゃない。居眠りでもしてたの?」

「悪かったな、少しうたた寝してた」

そこに立つは一振りの刀を手にした稲本。悪態をつかれながらも余裕の表情で敵を捉えて。

「こいつは俺と久遠でどうにかする。お前たちは全速力で逃げな!!」

「分かった!!サクちゃんも気をつけて!!」

「ああ、お前こそ!!」

彼らは互いに笑顔で言葉を交わしながら、それぞれが成すべきことにその意識を向けて。

「全く微笑ましいことね。戦闘中に呑気に話せるなんて」

「別にお前と呑気に話したっていいんだぞ?」

「全く……緊張感がないんだから」

久遠は言葉と裏腹に、微笑を浮かべる。余裕の表れとも取れるような、そんな笑みを。

「五月蝿えんだよこのクソガキ共がぁ!!」

振り下ろされる槌が如き重き拳。それは床を砕きはせど、彼には当たらず。

「さて、やるとしようかね……!!」

「ええ、さっさと終わらせましょう」

少年は笑いながら刀を構え、少女も魔眼を解放してその敵に相対して。

「ブチ殺してやるよ……このガキ!!」


今、彼らが駆け出すと共に少年少女の戦いが幕を開ける。




「大丈夫、莉奈ちゃん!?」

「は、はい!!」

楓と天に手を引かれながら逃げ惑う莉奈と真奈。

彼女らは路地裏に逃げ込み一度息を整える。

「楓ちゃん、私が二人を連れて行くから楓ちゃんも安全なところに!!」

「お願い、天!!」

天は周囲に敵の姿がないことを確認してその背から翼を生やし、二人の手を取る。

今は二人を安全な所に、ただその一つの為だけに大きく羽ばたいて。力強く、右足で地を蹴り出そうとした。

その瞬間、暗闇の中で僅かに何かが煌めき、気づいた時には飛翔は阻まれていて。

「くっ……!?」

彼女の翼には鉈が突き刺さり、止めどなく赤が流れ落ちる。

煌めきを放ったその方向に目を向ければグレイゾン兄弟のもう一人、ニールセン。

「貴方は……!!」

「逃がすわけねえんだよなぁ。これが」

男の瞳は闇の中でも明らかな程に狂気に満ちていて、その刃が今まさに飛んでいきそうで。

「飛鳥さん!!」

「悪いなぁ。可愛子ちゃんがこっちにいっぱいいるって言われたら俺さァ……」

右手を振りかぶり、彼女ら目掛け瞬時に駆け出し。

「その柔肌を切り刻むのがたまらなくてゾクゾクしてんだよなァ!!」

狂いに狂った目でその手に握りし刃を飛ばした。



————瞬間、閃光。


紅き稲光が壁となりて彼の行先を阻み。

「チィ!?」

壁と思ったそれはすぐさま矢の形を成してニールセンを射抜かんと即座に射出。

繰り出された光の矢はアスファルトも呑み砕き、全てを焼き尽くしながら前へ前へと進み。

「こいつァ……やべぇなぁ!?」

夥しいほどの紅き光が、瞬きと共に彼を包み込んだ。


「相変わらず恐ろしい出力ね……」

紅雷纏いし彼女を前にして、天は思わず呟く。

「生憎出力だけよ。それにアイツがこのままやられるとも思えない。ここは私が————」

時間を稼ぐ、そう続けようとして口が止まる。

確かにアレだけで止まるとは思えなかった。それでも、あまりにも立て直すには早くて。

「やったと思ったかい?残念だったなァ!!」

「っ……!!」

来たるは上方。電磁障壁でその一撃を食い止めるが、守られることさえも予見していたソレは即座にもう片手で鉈を振りかざして。

「さぁ、綺麗な血を見せてくれよなァ!?」

「間に合わ———」


その刃が肌に触れるか否か、紙一重に迫ったその時だ。

「っ……てぇ!?」

一発の弾丸が、彼の腕を正確に撃ち抜く。赤の飛沫とともに彼の腕は弾かれ、その刃が肌を裂くことは叶わず。

「っ……ラァ!!」

間髪入れる間もなく炎が彼に襲いかかる。それもコンクリートさえも溶かすような強大な熱波が。

「次から次とよォ!!」

彼は避けるが、それでも彼女らとの距離は取らざるを得なくて。


「こちらブレイズ、対象と接敵。相変わらずいい腕だなヌル」

『射線が通れば外さん』

「レイモンド!それにさっきのは……!」

彼女らの危機を救いしは炎を纏いしレイモンド、そして遠方より狙い撃ちし黒鉄。

「四人はこのまま逃げろ。このクソ野郎は俺とヌルの二人でどうにかする」

「は、はい!」

「うん!いくよ真奈ちゃん、莉奈ちゃん!殿は任せたよ楓ちゃん!!」

「ええ!!」

彼女らは一気に駆け出す。その場の彼らの邪魔にならぬように、確実に安全な場所へと辿り着くように。


「邪魔すんなよクソが……男には興味はねェんだよ!!」

「諦めろニールセン・グレイゾン。お前はこのままお終いだ」

ブレイズはその手に炎を纏いニールセンを牽制し、遠方より狙いし彼もその照準サイトを彼の頭部に合わせている。

戦い慣れしている彼らに取り囲まれた以上、戦況が傾いたのは明らかで。

「……そいつは、どうかな?」

それでも彼は不敵な笑みを浮かべて。

『こちら陣内だ。ブレイズ、聞こえるかい』

「支部長、こちら目標と交戦中。用件は」


通信機越しに告げられ、そして彼はそれを目の当たりにする。

同時、その手から抑えきれない炎は噴き出して、彼の怒りが包む空気を灼いていた。




「死ねええええェッ!!」

「ったく、さっきよりも速え……!!」

縦横無尽に建物を破壊して行くナーリス・グレイゾン。稲本はそれらの攻撃を回避はするものの、反撃の隙を掴むことができずに攻めあぐねる。

「早く倒しなさい、作一」

「お前も奴の足を止めるくらいしてくれねえかな!?」

意識外からの拳を紙一重で回避。反撃に一太刀加えようとするが、その皮膚は鋼が如く強靭で刃が一ミリと通らないのだ。

「無駄だァ!!」

瞬間、その剣を掴まれて彼の胴体に一撃が叩き込まれる。

「あガッ……!!」

「作一!!」

勢いよく吹き飛ばされ、コンクリートの壁にめり込む稲本。

「いってえな……。普通の人間なら死んでんぞ……」

崩れ落ちたコンクリートには飛び散った赤がこびりついて、その頭部がやや潰れたようにも見える。

だが次第に傷は癒えて塞がっていく。オーヴァードとなった人間には等しく死すらも凌駕する再生能力を与えられて。

「早く戦線に戻りなさい。女王の命令よ」

「ったく、全くわがままな女王様だぜ……」

その彼を鼓舞するように、彼女も彼に力を与えて。

「さあ、戦いなさい!!」

「分かってんだよ……!!」


瞬間、加速。

「なっ!?」

目にも留まらぬ速さで彼は一気に駆け抜け、ナーリスも反応するが回避は間に合わない。故に守りの体制に移ろうとするが、何かがまとわりついたように身体がまともに動くことはなく。

「まさか、私の領域でまともに動けると思って?」

「クソッ……このアマァ!!」

彼を止める術もなく、闇の中で白き刃が月のように輝いて。

「月下点心流、五之太刀————、」

一歩、力強く地面を蹴り出す。


狙いは一点。構えるは回避も防御も許さぬ、必殺の一撃。

「"暁"————ッ!!」

「ガッ……!?」

繰り出すは一閃。闇を斬り裂く一刃が、鋼よりも硬く分厚い皮膚に突き刺さる。赤は夜の中へと飛沫となって溶けていくように。

「このまま……!!」

もう一歩、その命を断ち切らんと彼は追うようにその足を繋ぐ。


だが、それも能わず。

「っ……!?」

瞬間、ナーリスの身体が黒いゲートに飲み込まれ消えていく。あの時、通学路で見たのと同じ消え方だ。

「奴はピュアのキュマイラだったと考えると……他にもまだいるみたいね」

「ったく、いい加減ケリつけてえんだが……」

刃の血を振り払い、白刃を鞘に収める。辺りは静寂に包まれるが、張り詰めた空気は緩まず。


『こちらブレイズ。ゼロ、聞こえるか』

その最中で、通信機から声が聞こえる。ブレイズこと、レイモンドだ。

「ああ、しっかりと聞こえてる。どうした」

いつもの冷静さを欠いたような焦り混じりの声。何か、嫌な予感だけがして。


『山崎優奈が、莉奈ちゃんの姉が拐われた』


それが的中した。




数十秒前。


相対するブレイズらとニールセン。青年は怒りを隠すことができぬほどにその手からは炎が噴き出て、少女は驚きを隠せずに思わず叫ぶ。

「お姉ちゃん!!」

「なっ!?」

黒きゲートの中より出でし少女、それは莉奈の姉である優奈。ニールセンは片腕で彼女を抱えその鉈で彼女の柔肌を撫でる。

「貴様ァ!!」

「おっとそれ以上動くなよ?手が滑ったらもしかしたら動脈とか切っちまうかも知れねぇなぁ?」

わずかに首筋の肌が切れて、ツプリと赤き雫が零れ落ちる。

「ヌル……狙撃は……!!」

『駄目だ。対象を撃ち抜いたとしても貫通した弾丸が人質に命中する可能性がある』

「物分かりが良くて助かるなぁ?」

「くっ……!!」

レイモンドも感情のままに動かんとするが、それでもこの場を任せられた彼は冷静に今は微動だにしない。

「そうだなぁ……俺たちは港湾区域の倉庫で待つとしよう。テメェらはその嬢ちゃんを連れて来るんだなぁ?武器も何も持たず、ああテメェは来るんじゃねえぞ炎野郎」

鉈は彼女の首筋に当てたまま、レイモンドを指差しながら彼はニタリと笑う。苛立ちに心が逆立つが、それが最善と分かっているから彼は動かずに。

「じゃあな。クソ野郎ども」

奴はその腕に彼女を抱えたままに、そのまま黒き門へと消えていく。

レイモンドも、楓も決して逃そうなどとは思わずにその手に力を宿し続ける。黒鉄もその頭部にサイトを合わせ続けるがそれも叶わず。


静寂。

戦闘は終わり、同時に誰もが己の無力さに立ち尽くす。

「何で……何でお姉ちゃんが……」

少女は恐怖に、困惑に、何よりも大切な家族を奪い去られたことに力抜けてその場に崩れ落ちる。

「こちらブレイズ。ゼロ、聞こえるか。山崎優奈が、莉奈ちゃんの姉が拐われた」

半ば焦燥感に突き動かされるように彼は仲間達との情報を共有する。冷静に、だが状況として打開策は思い浮かばず。


そんな彼の焦りなど歯牙にもかけることなく、彼らはすでに動き出していて。

『黒鉄、俺とお前の二人で奪還しにいく。でいいよな?』

『そのつもりだ』

「待てお前ら!!二人だけで行くのは……!!」

『俺とコイツくらいだろ、武器を持たずにまともに奴らと戦えるのは』

『まだ確認できていない三人目がいる以上護衛対象への戦力を割くべきではない』

「だが……!!」

『それに機動力があるのも俺たちだ。ま、さっさと帰ってくるからそっちは頼んだぜ小隊長殿!』

彼の心配さえも余所に、二人は一方的に通信を切る。


「アイツら……!!」

勝手な行動に怒りは込み上げてくるが、彼らの言う通りでもあって。自分のすべき事を見失うほど彼も青くはない。

「……天、このまま彼女を支部まで連れて行く。楓もこのまま」

「ええ、分かってる」

決して気は緩めずに、守るべきものを守るために。


そして遠くからけたたましい二つのエンジン音が聞こえて。

「無茶するなよ……二人とも……」

届かぬ声を空へと投げる。

ただひとえに、二人の無事を願って。


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