第4話 死闘
夜も更けて、街の明かりだけが夜の闇を照らす暁時。
この場所に人の存在はなく、波の音と、それに呼応するように揺れひしめく船の音だけが響き渡る。
そんな静寂を打ち破るように、二つのけたたましい音が鳴り響く。
「兄貴、奴らが来たみたいだ」
その音を聞いて、ナーリス・グレイゾンは不敵な笑みを浮かべて鋭き爪を、牙を剥き出しにする。
「お願い……妹にだけは手を出さないで!!私はどうなっても構わないから……!!」
「どうしようかねえ。可愛い子の肉を切るのはたまらないからねえ」
弟と同じように、己が刃を月明かりに照らして、柱に括り付けられた優奈に向けて下卑た笑みを浮かべる。
そしてその音はまさに彼らの眼前まで2台のバイクが姿を現し。慣れた様子で二人は愛車を立てれば敵意を露わにしたその様子で。
「ようよう来たかクソ野郎ども」
「女がいねえぞ!!約束と違うじゃねえか!!」
「誰がテメエらとの約束の為に一般人を巻き込むかってーの」
「御託はいい。さっさとやるぞ、ゼロ」
二人は既に己が得物をその手にする。稲本は月光に煌めきし白刃を。黒鉄は闇から取り出すようにナイフを。
「気に食わねえんだよ……コノクソヤロウガァアアアア!!!!」
「ああ、お前のいう通りだなァ!!あの剣士は俺が貰うぜェ!!」
相対するナーリスは再び異形へと、ニールセンは鉈を彼に向けてその殺意を全力でむき出しにして。
その最中、
「山崎優奈さん、だって言ったけな?」
「え……?」
稲本が少女に声をかける。戦いの中とは思えぬほどに穏やかで、優しげな声で。
「安心しろ、君は必ず俺たちが助ける」
彼はニコりと笑い、一歩踏み出す。
それと同時、その眼差しは冷たく、凍てついた物へと変わって。
「さあ、始めようぜクソ野郎」
甲高い音とともに火花が散る。
二つの刃の交錯が、戦いの合図だ。
※
「アニキ!!」
「貴様の相手は俺だ」
意識の外から巧みに投射されるナイフ。それは弾丸よりも早く、鋭くナーリス目掛け放たれる。
「無駄だ!!ナイフ如き俺の体には刺さらんさ!!」
されどその刃は分厚い皮膚の前では意味を成さず。転じてナーリスが一気に跳躍、その拳を力強く振るう。
「速い……!!」
「ちょこまかとォ!!」
繰り出される拳の数々。それらは力任せと見せかけて的確に黒鉄の動きを縫うように繰り出されて。
対して黒鉄は有効打という有効打を繰り出せず。的確にいなし受け流しはするがそれでも巨体と化したナーリスから放たれる一つ一つの攻撃は彼の動きを結い止めて。
「死ねぇッ!!」
「うぐっ……!!」
衝撃。砕けたコンクリート粉塵の中から繰り出された蹴りは直撃。少年の体躯は吹き飛ばされ、骨も砕け抵抗もなくその地を転がっていく。
「他愛無かったなァ!クソガキぃ!!」
そしてその体は動くことなく。
静かに、一言も発することなく彼はその場に倒れ臥した……
※
「ヌル!!」
「おっとお仲間の心配してる暇はあんのかよォ!?」
振り下ろされる鉈とそれを受け止める一刀。切り刻めぬとわかれば彼は即座にその刃を再び振り上げ、 もう一度角度を変えて振り下ろす。
「ぐっ……!!」
「どうしたどうしたァ!?」
稲本が扱う日本刀は約1kg、ニールセンの扱う鉈は0.5kg、長さと重さのバランスから稲本よりニールセンの方が早く斬撃を放てるのは一目瞭然。故に彼は反撃に転ずることもできず猛攻を受け続けるのみ。
「ガッ……!?」
「ようやっと1発入ったなぁ!!」
そして一撃、死角より放たれたその一振りが彼の肉を刻む。鮮血が舞うと共に放たれる第二撃。
「くっ……そが……!!」
「ほーらほらほら、どんどんお前を切り刻んでいくぞ!!」
稲本は見えぬ刃に対処することも出来ず、ただただ嬲り殺されんとしていた。
ただ、この程度で殺られているようならば彼はここにはおらず。
「……ああ、そういう事か。」
見えぬ筈の、死角からの一撃を彼はその刀身で受け止める。さながら見えていたかのように、刀身が視界に入っていたかのように。
同時、少年は笑う。その目は確かに先程までも冷たく、凍てついたように感じた。
だが今は違う。それ以上に深い、深淵から覗き込まれているようで。
怯む。殺人鬼はその底の見えぬ闇に僅かだが怯えて。
「な、何だよその目は……お前、それは……!!」
彼は答えず、ただ笑うのみ。
そして恐怖に気圧され一歩後ろにたじろいだ。
「ッ…!!俺の腕がァァァァァァァ!!」
瞬間、振り抜かれた稲本の一太刀。それが音もなく、ニールセンに反応させる間も無く彼の右腕を切り落とす。
「悪いが、ここからが本番だ」
そして少年はただ一言、笑った顔で、抑揚のない声で答えて。
闇より深き深淵をその瞳に宿し、ただ冷酷に、冷徹に彼を見つめていた。
※
コンクリートに倒れ伏す少年。ピクリとも動かず、もはや彼が死んだのは確認するまでもなく。
「口だけだったみたいだな」
未だ残る彼の体を砕いた感触に手応えを感じながら、兄の元へと駆けつけようとした。
瞬間、ワイヤーが彼の首を絞める。
「グッ……!?」
「あの程度で、死ぬわけもないだろう」
振り返ろうとすれば、そこには息もせず倒れていた筈の黒鉄がそこに。
首に巻き付けられたワイヤーは指を通す隙間もなく、気道を次第に縛り上げて。
「この、死に損ないがァ……!!」
伸びたワイヤーをその手に握り、千切れぬというのならば投げ飛ばそうと大きく振り回す。
されど、それさえも黒鉄の策のうち。
「確かに貴様の怪力、そしてその速さは脅威だ。だがな————」
勢いに任せ振り解かれようとも、その勢いを己が速度へと変換して。
「所詮は、その程度だ」
一気に加速。その速さを殺すことなく一気に距離を詰める。その手に、二本のナイフを手にして。
「き、貴様ァ!!」
交差するよう駆け抜けて、そのまま彼はナーリスの鎧たる皮膚の薄い関節を斬り裂いた。
「俺と相対した事を後悔するんだな」
「クソッタレが……!!」
関節を斬り裂かれた彼には回避することは能わず。高速で接近する蒼也の一撃に備え己が最大の守りという守りで迎え撃たんとする。
だが、その守りさえも予期していたかのように、迷うことなく真っ直ぐと彼はその手を突き出して。
「アガ……ッ!?」
掌底。見た目よりも遥かに重い一撃。それは腕の守りはおろか、伝わる衝撃が骨と皮と肉を通じて内蔵にさえも直接ダメージを与え、その命を容易く砕いて。
「この……クソガキがぁぁぁっ!!」
最後の足掻き、蒼也に向けて放たれた拳。
この距離ならば避けられまいと放たれたその一撃。
それさえも、彼は予測していたようにいなし、受け流し。僅かな静寂は訪れて。
「終わりだ」
「アガッ……」
投射。ナーリスの眉間を一つのナイフが突き刺し、赤が流れ落ちる。
力を使いすぎたが故にその獣は再度蘇ることはなく。静かに、目を閉じることもなく息絶えて。
「目標の排除を確認。救助対象の保護に移る」
黒鉄はタバコを口に咥え、火を付ける。己が勝利を噛み締めるでもなく、いつものように思考をリセットする為に。
夜の港に白い煙が、静かに登る。
それが誰に報せるでもない、彼の勝利の狼煙だ。
※
落ちた右腕、それがニールセンに彼と稲本の実力差を明らかなものにする。
「こんの……テメエええええっ!!」
痛みに彼の怒りはピークに達し、そのまま残る左腕で鉈を振りかざす。
瞬間その軌跡は、刃は姿を消す。今の今まで彼を捉えてきたそれらの一撃のように。
鋭く、確実にその命を切り刻まんと不可視の刃は振り下ろされて。
「死ねぇぇぇぇっ!!」
「……ったく、舐めんなよクソ野郎」
二つの鋼が、ぶつかり合う。
鈍くも甲高い音が夜の空に鳴り響いて。
「受け止め……た……!?」
「悪いけどよ、そんだけ揺らげば"見える"んだよ」
その刃は確かに人の眼には見えない筈だった。たとえ剣豪であろうとも見えぬ刃を受け止めることなどできはしない。
それでも、彼には"殺気"が見えている。
正確にはエンジェルハィロゥによる知覚強化、それによって僅かな衣擦れの音を、空気の乱れさえも感じ取り殺気としてその目で捉えて。
「クソッ……クソッ……クソッタレええええええ!!」
「五之太刀————」
構えるは平突き。守りも、回避さえも許さぬ必殺の一閃。
決して逃さぬという、その殺意を剣に宿して。
「
鋭き一撃がその体躯を貫き、ニールセンはその場に膝をついた……
そして抵抗する力もないと判断され、非情にも引き抜かれる刃。
「は……はは……!!クソが、最初から勝ち目はなかったってことかよ……えぇ!?」
死を覚悟したのか半ば自暴自棄になるニールセン。ただそれでも彼はトドメは刺さず、僅かに光を宿して彼に問いを投げる。
「取引をしないか。お前を、山崎優奈を転送した協力者について話してくれれば命だけは助けてやる」
その目は冷たいながらもニールセンにまっすぐと向けられる。決して偽りがないことは明らかで。
「誰がUGNと取引するかよ……」
やはりジャームと交渉することは不可能かと、彼がその剣を振りかざした時。
「……と言いてえとこだが、このまま利用されて死ぬのは癪だから教えてやるよ。そいつはなぁ————」
彼は答えようと言葉を紡ぐ。紡ごうとした。だが、
「あ、あがぉぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「どうした!?」
傷口が、無理矢理拡げられていく。それも見えない外部からの力によって。人ならざる何者かの力によって。
「く、クソッタレが……そいつは……お前の……近くに……あがぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
肉が、血が、骨が飛び散る。無惨なまでに、人の尊厳などないかのようにその体躯は引き裂かれて。最期の言葉を残す事もできず、ただ、ただ無惨な人だったはずの肉だけがそこに残っていた。
「ゼロ、こちらは終わった」
「ああ、黒鉄……」
そして全てを終えた稲本の前に現れたのは山崎優奈を背負った黒鉄蒼也。
「こいつは何か言っていたか?」
「……黒幕は、近くにいるだとよ。」
「そうか。ならば帰るとしよう」
「ああ、そうだな」
二人は淡々と言葉を交わし各々のバイクに跨り、エンジンを掛ける。
ただ彼らの帰るべき場所に、彼女を待つ人たちのもとへ。
夜の港を、二つの光が駆け抜ける。
月明かりに導かれるように。闇の中へと溶けていくように。
そして物語は、終わりへと向かう。
続
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