月狼の記憶 少年編

芋メガネ

忌み名を背負いし者

プロローグ

————7年前


襖を開けたその先、目の前に拡がるは血の海。

『父……さん?』

一つの血溜まりの真ん中、横たわるのは父の姿。

『なあ……起きろよ……なぁ……!!」

少年は駆け寄りその人を揺すり、必死に起こそうとする。

だがその人は動かない。脈もなく息もなく、命の気配は感じられない。

彼も内心それは理解していたのかもしれない。それでも、それでも――


『……ごめん』

ふと背後から聞こえた、憂に満ちた声。

振り返れば刀を握った、優しき師の姿。

『先……生……?』

彼は少年を抱きしめる。小さな体を強く、その体に血がつくことも厭わないで。

『僕に……もっと力があれば……力さえあれば……』

彼もまた失った物を目の前に彼もただ叫び、涙が飛び散った。


だがそんな声も少年には届かず。

『お願いだ先生……』

幼いながらも強張った喉で涙を飲んで、彼はただその決意を、その怒りを露わにする。

『俺に剣を教えてくれ…………!!』

拳は強く握られて、目は憎しみに、怒りに溢れ。緋に染まった、一振りの刃がその手に握られていた。


その憤怒が、彼を超常なる存在へと変えてしまっていた。


彼もまた、それを悟ったのか。涙を拭い、優しく少年の頭を撫でる。

『ああ……。君に何もかも教えよう。僕の持つ、全てを』

強く、優しく抱きしめる。

もう何も失わない為に。


もう何も、失わせない為に。


―――――――――――――――――――――

現在 3月


いつも通りの日常。

なんてこともない昼下がり。

いつも通り学校に行き、友達と話して、放課後にカフェで恋バナでもしようか、なんて、今日もそうするつもりだった。


そうなる筈だった。

「逃げなきゃ……!!」

少女はどこか異様なまでに静かに感じる住宅街の中を駆け回る。

「何なのよあれ……!!」

少女は目にしてしまった。人とは思えぬ異形が、人を殺すその姿を。

そして思わず叫んでしまった。己がそれを知ったことを知らせてしまった。

故に彼女は駆ける。肺が破れそうに、心臓が弾けてしまいそうなくらいに全力で走り続けた。


少女は路地裏に逃げ込み息を潜めた。

ここまでくれば大丈夫。安堵から胸を撫で下ろした。

「逃げ切れたと思ったか?」

「ひっ!?」

筈だった。



瞬間、人ならざる者の声が聞こえた。

「見ちまったんじゃあ仕方ねえな……死んでもらおうかァ!!」

「いや……やめて……」

獣のような見た目をしたそれは右腕を振り上げる。血の付いた鋭い爪。


死、という言葉が頭をよぎる。

逃げなければいけない。けれども足がすくんで動かない。


もっと、色んなことをしたかった――



————瞬間、影が降り立ち、白き軌跡が空を切り裂いた。

「グギャアアアアアア!?」

異形の右腕が飛び、血飛沫が辺りに舞い散る。

「へ……あ……?」

降り立った影は彼女を守るように立ち、その剣を構える。

「こちらゼロ。目標の少女に接触した」

「て、テメエエエエッ!!!!」

振り下ろされた拳を受け流しながら、血に濡れた刀を振りかざす。

「遅えよ……クソッタレ!!」

「っ……がぁ!!」

そして今再び、獣に鋭き一太刀を加えた。


退く異形。10歩の間合いにて彼らは相対する。

「無事か?」

少年は獣からは決して目を離さず、その敵意を向け続けながらも背中で優しく声をかけた。

「あ、貴方は……?」

少女の問いかけに、彼は白刃を鞘に納めながら、穏やかな口調で答えた。

「稲本作一、UGN所属のエージェントだ」


これは、日常の裏側で戦い続けた少年達の物語。


————そして、復讐の物語だ。

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