第1話 コンバット

3月 H市 住宅街


昼下がりの路地裏。少女の前に立つ刀を持った少年。

「稲本……作一……」

少女は、少年に眼差しを向ける。彼は自分を助ける為その刃を振るった。しかしその軌跡を見ることは叶わなかった。ただ、早過ぎたのだ。刹那の太刀はただの人には見ることは能わず。清廉なる太刀が振り下ろされた、その結果のみが、彼女の前に遅れて現れたのだ。


「キ、キサマアアアア!!!!」

異形が再び動き出す。まるで少女など忘れたかのように、少年に明確なる殺意を持って。

「相手してやるよ、畜生」

少年めがけ振り下ろされる鋭い爪。少年は構え、少女を守るようにその爪を受け流す。

はらりと舞う頭髪と破れる衣服。紙一重で傷を負うことなく彼はそのまま一気に間合いを詰め、再度収縮した筋を解き放ち白刃を振るった。


「く、クソッ……テメェ……!!」

「どうしたどうした、その程度か?」

血を流しながら後ずさる異形。間合いとして10歩ほどの所で少年は挑発するそぶりを見せている。

「サクちゃん!!」

その中、同い年くらいの鳥……に似た翼を持った少女が彼と彼女の前に降り立った。

そら、この子を頼む」

少年は少女を預けると再び刀を構える。

「一人で大丈夫なの?」

「ああ、少なくともこいつ一人なら何の問題もない」

彼は目の前の化け物に臆す事も、振り返る事もなく淡々と答える。そして彼の答えを聞くと同時、翼を持った少女は彼女を抱き抱える。彼女が困惑していることなど他所に。

「じゃあ逃げるよ、しっかりと掴まって……!!」

「え、逃げるって……どこに……!?」


————突然の跳躍。


彼女に考える間など与えられず。気がつけば地上など遥か真下に。先ほどの少年たちも指で摘めそうなくらいに小さくなって。

「え、高————」

「あっ……あちゃー……高く飛び過ぎたかぁ……」

そして許容限界を超えた彼女の脳は強制的にシャットアウトされ、物言わぬしかばねの如く力という力が抜けた。



一方、稲本作一は異形と一定の間合いを取りながら剣と爪が幾度となく切り結ぶ。

「クソガキがァァァァァァァ!!!!!」

半ば理性を失った異形は縦横無尽に辺りを爪で切り裂き、傷痕という傷痕を辺りに刻み付けていく。

プリンのように簡単に砕けるコンクリート。その破片と鋭爪を回避し続ける彼にとって切り込む間はそうそう無く。

「こうもやられると近づき辛えが……一人だけなら……!!」

それでも彼は僅かな隙にその刃を差し込まんと地を蹴り一気に駆けた。



「一体いつからお前の相手が一人だと言った?」

だが背後から聞こえた声。彼はその声に一瞬歩みを止める。

「なっ……!?」

稲本が振り返ればそこには鉈を持ったもう一人の男。既に刃は振り上げられ、彼の右肩を叩き落とさんと力任せに一気に振り下ろされる。

「っ……!!」

「反射は良いみたいだが、所詮はまだガキみたいだなぁ!!」

回避。されど肩口の皮は、肉は削がれ血が滲み、遅れてやってきた焼けるような痛みに歯を食いしばる。そして咄嗟の回避によって体軸は揺らぎ、二撃目を受ける余裕などなく。

「やっちまいな、ナーリス!!」

「死ね、クソガキ!!」

力のままに振り下ろされる豪腕。食らえばひとたまりもない。回避行動を取るがもはや結末は明らかとしか言いようがなかった。



瞬間、振り上げられたその腕が弾き飛ばされる。

「痛えええええ!?」

振り下ろされんとしていたその腕は逆方向に一気に回転。舞い散る赤が弧を描き、僅かな間が生まれた。

「ナーリス!?」

異形の腕を見ればそれに穴を穿ったのは一つのライフル弾。言うなればただの弾丸がこうも威力を持つわけがない。そして少年の笑みが全てを語っていた。

『無駄弾を使わせるな』

無線の向こうから淡々と伝えられる、落ち着いた抑揚のない少年の声。

「相変わらずいい腕してんな、ヌル」

『戦闘に集中しろ、敵戦力は健在だ』

放たれる第二射。それは的確に巨獣とも言える異形の足を撃ち抜き確実に足止めをした。


同時、ヌルの言葉の通り鉈を持った男は稲本に再度斬きりかかる。ガキンという鈍くも軽い金属と金属のぶつかりあう音。

「俺の鉈を受け止めるたぁ、やるじゃねえか。だがなァ!!」

「チィッ!!」

受け止めたはずの刃が押し込まれると同時、ミシミシと音を立てながら稲本の刀身に亀裂が生じる。次第に亀裂は広がり、負荷に耐えきれなくなった稲本の刀剣は折れ、彼は無防備となる。

「死ねよクソガキ!!」

そして彼に訪れる二度目の窮地。命を刈り取るその刃が、いま彼を切り裂かんとした。


だが彼は、同時なかった。理由は単純。

「今度は何だよ……!!」

「ナイスタイミング……!!」

彼への攻撃を遮る熱波が繰り出される事を、その肌で察知していたからだ。そして炎の向こうから現れたのは金髪紅眼の青年。

「助かった、ブレイズ!!」

「全く、お前というやつは世話が焼ける……!!」

彼の手から溢れ出す高温の炎。もはやその火力は尋常ならざるもので、離れていてもその熱気を肌で感じ取れるほど。

少年一人であれば彼ら二人でも押し切れたであろう。だが彼らが相対するのは三人、それもその一人一人が手練れときた。

「っ……逃げるぞナーリス!!」

「お、おう!!」

ならば撤退するのが最善。巨獣と男は背を向け一目散に彼らから距離を取り始めた。

「逃すか……ッ!!」

稲本は地を蹴り一気に再度間合いを詰める。

「ハッ、得物もないのに突っ込んできやがって……!!」

瞬間男は反転。鉈を構え稲本の無防備な胴体に振り下ろした……


筈だった。

「てめえ、錬金術師か……!?」

「御名答……!!」

稲本の右手には折れた刀は無く、代わりの鋭き一刀が。虚空から生み出されたその剣は鉈を受け流し、懐に飛び込んだ。


瞬間的に距離を詰めた稲本。刃を鞘に納め、身体のバネを一気に収縮。

「月下天心流一之太刀―――」

「くっ……!?」

狙いは一点。間合いに捉え力強くその右足を踏み込み、一気にそのバネを解放する。

そして放たれるは古来より伝わる、必殺の居合。

「三日月—————ッ!!」

「ガ…ッ!?」

————空を切る。

放たれた音速の居合は、目視では捉えられぬ速さで男の胴を一文字に切り裂く。もはや溢れ出す血流を止める術は無く、そのまま彼は右脚で地を蹴り追撃を仕掛けんとした。


が、それも叶わず。

「消えた……!?」

もはや彼らがそこにいた証はその血痕のみで、一つの痕跡も残さず彼らは消えてしまったのだ。

「クソッ……逃したか……」

「俺たちも一度帰還するぞ、ゼロ」

「……ああ」

稲本は血に濡れた刀を鞘に収める。

その直後彼もまたその場から姿を消す。先ほどの男たちと同じように、彼の存在もまたそこに無かったかのように。


そして住宅街には幾らかの傷跡を残しながらも、落ち着きと静寂を取り戻していった……



「目標の逃走を確認。これより帰投する」

戦闘地帯から約200m離れたマンションの屋上、少年は構えていたスナイパーライフルのバイポッドを外しウエポンケースに収める。

『ヌル、貴方が仕留め損ねるなんて珍しいわね。』

通信機から聞こえてくる、声高な少女の声。

「あのバカが無用に突っ込んだからな。それはそうと遅かったな"クイーン"。」

少年は表情一つ変えず厭味を込めて通信機に向けて淡々と話す。

『私は私で忙しいのよ。それに作一なら大丈夫でしょう』

「妙に信頼しているようだが、どうしてそうまで信頼できる?」

『な、何よ言わせたいの?』

「いいや、別に興味はない」

『……何か、腹立つわね』

少女は込み上げてくる怒りを抑えながら静かに答える。

「それよりも時間の無駄だ。早く俺も転送を頼む」

『ったく、アンタだけはいつか殺すから覚えてなさい』

少年の足元に黒い渦が生まれ、彼も飲まれていく。戦いは終わり、彼ら全員がその場から消え去っていった……


―――――――――――――――――――――

「ん……ここは?」

少女はベッドの上で目を覚ます。目の前には見知らぬ白い天井。自分は学校に向かっている途中で何かに襲われてそれから――


「気分はどうだい、山崎莉奈さん?」

そんなことを考えていた矢先、一人の青年が病室に訪れる。少女、莉奈は自分の名前を知らぬ男に呼ばれ警戒する様に彼を睨みつけた。

「ああ、安心してくれ。僕は君の味方だ」

メガネをかけた物腰柔らかな青年。腰には一振りの刀を携えているが、纏う空気は穏やかで。彼は笑顔のままにこやかに手を差し出した。

「僕の名前は陣内 劔じんない つるぎUGN H市支部の支部長だ」

「UGN……?」

「UGNってのはオーヴァードをね———」

彼女は初めて聞く言葉たちに困惑し、言葉は彼女の耳の左から右へと流れ続けていた。


「いやいや先生、ちゃんと俺たちの事から説明しないと」

その時、聞き覚えのある声が聞こえる。あの時の少年の声だ。

「えっと稲本……さん?」

「ああ。無事で良かった」

彼はあの時、異形と戦っていた時とは違って、あれを見ていなければ年相応の少年にしか見えなかった。

「じゃあ作一、君から説明を頼んでもいいかな?」

「あいよ。じゃあ俺たちUGN、そしてオーヴァードについて説明させてもらうぜ」


少女は、少年と出会ってしまった。だがこれは、続く物語の序章に過ぎない……


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