第12話 罪と罰
稲本作一と黒鉄蒼也。"
「ねえ、そうやくん、あそぼ!」
「…………断る」
「こら、蒼也。お前もガキなんだからガキらしく遊べってんだ」
「遊びなど必要ありません隊長。劔分隊長からも何か進言を」
「僕としても今回は先生に賛成かな。ほら、二人とも相手してあげるから」
「やった! 行くよそうやくん!」
「……理解できん」
それはまだ稲本柳一こと、彼らの父が生きていたとき。まだ、彼らの日常が平穏に満ち溢れていた頃の話。
彼らが相棒となったのは、齢十三歳の頃。
「まさかお前が相棒とはな、黒鉄」
「不服か」
「いいや、お前なら安心して背中を預けられるってだけだ」
「足は引っ張るな。俺からはそれだけだ」
「ああ、分かってる。『13』の一員として、躊躇うようなことはしねえさ」
父を喪い『13』の一員となったその日、共に影の中に生きる事を選んだあの日。
出会って十年、背中を預け合い五年。
馴れ合う友人関係でも、心を許した家族とも違う。互いに死線で身を預け合った"相棒"という間柄。
研鑽し合い、互いを高め合った。
死地で最大戦力を発揮できるように、共に堕ちることなく生還できるように。
その二人は今————
「一之太刀————ッ!!」
「
ただ全力で、死闘を繰り広げる。雌雄を決さんと、ただ眼前の敵を斃さんと。
ぶつかり合う刃と弾丸。互いに砕けて弾け、緋き火花と蒼き雷糸が空に散る。
「っ……の野郎……!!」
折れた刀を短刀に変え距離を詰める稲本。即座に左手でナイフを握る黒鉄。刃と刃が交錯し、交わるたびに甲高い音が鳴り響く。
短刀振り下ろして、受け止められる。背に回した左手にもう一振りを創り出し、視界の端から一気に振り抜く。
「させん……!」
「っ……!」
が、それより早く放られた
後方に下がった胴に照準定め、引鉄に指をかける。決して逃さず、確実に屠るために。雷を弾丸と共に薬室に込め、撃鉄を下ろした。
瞬間、炸裂。いや、弾丸が二分された。分たれた弾丸の破片は彼に傷を刻むが、だが雷はその刃に奪われ決定打にはならない。それ以上に、主要な感覚を失ってなお彼はその一撃に反応し得た。
その事実に動揺は隠せず、それでも冷静に即応。その脚を鋭く繰り出す。
「ガッ……!?」
「ぐっ……!?」
衝撃、同時。二人の脚が交錯し、互いの身体を吹き飛ばし合う。
降りしきる雨に身体の熱は奪われ、摩擦も小さく踏ん張りが効かない。それでも決して二人は隙を見せることなく立ち続けた。
離れた距離にして十メートル。それは互いに得意として、中立となる間合い。
「分かってはいたが……クソほどやり辛え……けどな……!!」
互いのことは知り尽くしている。技も、戦術も、癖も、全て。
故に彼の動きは読まれ、二手三手先に置かれた布石に得意の抜刀術さえも封じられる。無論、稲本も黒鉄の策略や技術は把握している。だが、今まで彼が見せたことの無い雷は予測できず、どうしても後手に回らざるを得なくなっていた。
それでも、彼は喰らい付いている。
「相変わらず……いいや、想定以上の反応だな。だが————」
稲本作一の戦力としての脅威は剣術にも、その創造能力にも非ず。彼の戦闘力の真価は、その類い稀なる五感にある。
ありとあらゆる殺気をその眼で、耳で、肌で感じ取る。故に三手先、四手先に置いた布石にさえにも反応し、彼の策さえも即座に対応する。
互いに天敵、実力は拮抗。この勝負を決するのは能力でも策略でも、手数でも無い。
「テメェにだけは、負けられねえ……!!」
「貴様は、俺が殺す……!!」
己が意志を貫き通す、それ以外には無いと彼らは確信する。
そして一歩、力強く踏み出した。その手に剣を、その手に刃を強く握りしめて。
二歩目、加速。
稲本の足取りは軽やかに、音よりも速く駆ける。
「ッ……!!」
「読まれたか……!!」
と同時、跳ねる火花と高鳴る音。切り抜ける稲本。
繰り出したは四之太刀 無月。常人では、
だがこの攻撃はそれだけに終わらず。
「チィ……!」
「考えさせる暇なんて与えねえよ!」
連続して繰り出される神速の太刀。一撃一撃は決定打にならずとも、その思考を掻き乱し続ける。
が、それだけで思考が止まる彼では無い。
「そんな小細工が……いつまでも通用すると思うな……!!」
思考は鈍れど、それでも彼はその動きから軌道を予測、対応。
「っ……!」
炸裂したそれは鉛を撒き散らし、破片を伝って雷糸が網のように稲本の身体を絡めとる。その隙を狙い、照準を合わせようとした。
だが彼は、痛む身体をそのままに一歩強く踏み込む。
「何故……止まらん……!?」
「止まらねえ……止まるわけがねえ……!!」
「楓の想いを、お前自身を否定し続けるお前をぶっ飛ばすまでは……!!」
————一閃。
一筋の斬線がその体躯を、防護服さえも斬り裂き赤き線がその身体に滲む。
————
鈍い炸裂音と共に弾丸が放たれて、雷に焦げた赤がコンクリートに飛散した。
「っ……ぐ……」
それでも、彼は倒れず。
「何故……お前は立ち続ける……!何故お前は止まらない……!」
「言ってんだろうが……今のお前が気に入らねえって!!」
傷口を抑えながらも、彼は叫ぶ。
「お前がUGNを……『13』を信じられなくなって、FHについたことなんざどうだっていい……。でも少なくともな、今のお前を見たらアイツが、楓が悲しむことくらいは俺だってわかる……お前のそんな姿を望んじゃいねえことは分かるんだよ……!!」
それは飾り気のない、嘘偽りのない彼の言葉。真っ直ぐな、彼自身の言葉。
その言葉に黒鉄は俯く。
「なら……なら、どうしてだ……」
漏れ出た声。その声はか細く、震えていて。
「どうして俺が生き残った……!!」
それはあまりに悲痛な、苦しみに満ちた叫び。
「どうして誰かを救える彼女ではなく俺が……!!誰かを殺す事しか出来ない俺が生き残った!!」
抱えに抱えた、彼の感情そのもの。
引鉄を引いたあの日から、撃鉄が落ちたあの日から抑え込んできたその想い。
「あの日死ぬのが俺ではなく、アイツだったならこれからも大勢が救われたはずだ……真奈だって悲しむこともなかった……!!」
今でも忘れられずにいる。あのとき引いた引鉄の重みを。力なくもたれかかった、彼女の身体の重みを。
「なのにどうして彼女ではなく、俺が死ななかったんだ!!あの日死ぬべきだったのは、俺だったはずだ!!」
それら全ての重みが、彼を苛む罪となって。
「どうして……だと……?」
その罪を、彼は知らない。
その引鉄にどれだけの重みがあったのかも、交わした最後の言葉さえも知らない。
それでも、彼は知っている。
「んなもん、お前が一番わかってるだろう……!!」
彼がその結末を望まなかったことも、誰よりも彼女に生きていて欲しいと願ったことも。
何より————
「そのアイツが、お前に生きていて欲しいと願っただからだろうがぁぁぁぁ!!」
その願いが彼女も同じだったという事を。
だから駆ける。敵として殺すためでは無い。
道を踏み外そうとしている、彼を止めるため。
目の前の彼が友でもなく、家族でもなく、命を預けあった彼だから。これ以上、彼らが望まぬ方に進むのを止めてやるのが、相棒の責務だと思えたから。
真っ直ぐ、拳を握り締め飛び上がって。
「だから……!!」
「っ……!!」
「お前を止めるまで……俺は止まらねえ……!!」
己が体重を全て乗せて、己が意志を全て乗せて。
「お前が目を覚ますまで、何度だってぶっ飛ばす!!」
その拳を一気に振り下ろした。
「ぐ……!」
両の腕で受け止めて、鈍い痛みに腕が痺れる。だがそれを感じる間も無く、追撃の蹴りが叩き込まれた。
「このまま一気に……!」
踏み込み、再度拳を振りかぶって。
「させるか……!!」
「っ……!!」
その拳は空を切る。黒鉄の頭部側方をすり抜けた。左腕でいなし、そのまま全体重乗せた左肘で迎撃。みぞおちに一撃を叩き込む。
真正面、怯んだ稲本目掛け掌底を繰り出す。雷を込め、振動を乗せて。
が、弾かれる。
「チィ……!!」
「させねえよ……!!」
黒鉄の腕を蹴り上げて、そのまま次に繋げようとして体勢が崩れる。
いや、崩されたが正しかった。
「このっ……野郎!!」
振り上げた脚をもう片方の手で掴まれて、少しだけ力を加えられて体が揺らぐ。
瞬間、顔面に叩き込まれるジャブ。
「おごッ……」
稲本が反応するよりも早く、胴に撃ち込まれた拳。怯んでそのまま右ストレートが彼の頬を撃ち抜く。揺らいだ体に再度ジャブが飛ぶ。
「終わりだ……!!」
そしてそのまま飛び上がり、回転の勢いをつけてその脚を飛ばして。
「さっきからバカスカ殴りやがってよ……」
「なっ……!!」
揺らぐ体を、その蹴りは捕らえることはできず。
即座に距離を詰め胸ぐら掴んで、大きく頭を振り上げて。
「馬鹿が治らなくなったらどうしてくれるってんだ……この野郎!!」
衝撃。頭蓋と頭蓋がぶつかり合って、脳が揺れる。
互いにふらつきながらも、稲本が僅かに早く一歩踏み出して。
「いい加減……斃れろ……!!」
「ぐ……っ……!!」
近づくよりも早く、蒼雷纏いし蹴りが飛ぶ。雷を身体に流し瞬発力を高め、彼の接近にそれを間に合わせた。
「そんな……もんで……!!」
それでも尚踏ん張り、駆け出そうとする。命は悲鳴を上げているが、それでもまだ駆ける力は残っているから。
だが眼前覆うは灰の、黒鉄が纏っていたロングコート。
瞬間、炸裂。
「ぐ……!?」
熱波と音が、衝撃が彼の足を止める。ロングコートに備えられたすべての火薬が弾け、彼の視界と聴覚を遮った。
————瞬間、殺気。
鋭く、刺さるような憎悪。確実に殺すという、明確な殺意の顕れ。爆炎のその向こうからも分かる程に、真っ直ぐに、己が心臓に向けて。
そして蒼雷が瞬き、煙が晴れる。
姿を現す黒鉄、その腕には彼の背の丈を超える
「貴様が止まらぬと言うのなら……今度こそ殺してやろう……!!」
その言葉と共に、夥しい雷光が彼を包む。
「数多を殺す、"
眩い、蒼き雷光。黒の混じった閃光。それは彼の感情という感情の込められた、憎悪の瞬き。
避ける事も、守る事も出来ない。
与えられた選択肢は迎撃、それ一択。
それ以外は、死あるのみ。
ならばと、彼はその手に抜き身の太刀を創り出す。
「お前は"
構えるは、己が繰り出せる最強の一太刀。全てを穿つ、五之太刀 暁月。
「気に食わねえ相棒……黒鉄蒼也だ……!!」
己が意志で、彼に応えんと。
稲本作一という、彼の相棒として。
————刹那、轟音が鳴り響く。
蒼き光という光が、曇天さえも照らす。だが、音も光も空の涙に遮られ、その場所に留められる。
ただ一つ、甲高い音だけを除いて。
二人だけの決戦、その終幕。
誰にも知られる事なく、この戦いは終わりを迎える。
続
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