第11話 正しさ

黒煙の中、二つの白き線が空を斬る。幾度となく交わり、その度に赤く弾け甲高い音だけが空に鳴り響く。

互角の戦い。常人にその奇跡を追うことは能わず。白き雷糸は激しく、白き剣線は静かに互いの命を奪わんと振るわれる。

「ハッ!相変わらずの強さで何よりだ、夜叉」

「君こそ。いいや、僕は目で追うのが精一杯かな」

腕を流れ落ちる赤。非オーヴァードの陣内には治癒能力などなく、だがその痛みも傷も気に留めぬ様子で再度剣を構える。

対する"狼王ロボ"は無数の斬線を負いながらも笑い、白雷纏って対峙する。

彼もまた痛みを気に留めない。いや、むしろその痛みこそ闘いの本質と言わぬばかりにその傷に喜びさえも覚えて。

「全く、最高も最高だ。お前とこうも戦えたことは無論、あのガキも数年すればお前並みになるだろう。あのガキといい"ヌル"といい、お前は本当にいい教育をしてくれる」

「……そうか、君が彼を」

気づいた彼は少し悲しげに、けれど少し安堵したように。

「ああ、そうさ。俺としちゃそちら側に残っててもらった方が楽しみだったんだがなぁ」

「僕としては良かったよ」

一歩踏み込み、狙いを定める。

「君なら安心して彼を任せるから」

静かに、音もなく。光が如く白き刃は、命を断たんと首筋目掛けて飛んで。

「僕の剣に反応できる、君にならね」

「ハッ、誰が任されるか」

交わるように、白き光が激しく空気を焼き尽くす。

「俺は俺が楽しめるようにするだけだ」


夜の鬼と狼の王。二人の死闘に、終わりはまだ訪れない。







ぽつ、ぽつと水滴が降り始める。それは静かに、けれど粒を成して一つ一つ地に落ちる。

涙のようなそれは弾けたコンクリートに落ち、じゅわりと音を立てて白い煙が上がる。

「っ……ハァ……ハァ……」

「雷にさえ反応するとは流石と言うべきか。いいや、お前も所詮は化け物と言ったところか」

空気を焼く、迸る蒼き雷糸。纏いし少年は小さく、歪んだ笑みを浮かべて。

対する少年は乱れた息を整えながら、その手に新たな剣を創り出す。



あの瞬間、何かを察した。

奴の笑みの裏に、ひりついた空気の中に殺意が潜んでいるのが見えた。

それでも構えは変えられず、振るう剣は止められず。もはやその死は避けられないものの筈だった。


————そこからの意識はハッキリとしていて、けれど定かではない。

覚えているのは反射的に刀を投げ捨て、踏み込む力を強引に後ろへと変えたこと。それもまるで、操り人形のように自分の意志ではなく、何かに操られるように。

己とは別の誰かが、自分の体を動かしたかのように。


だが、彼にとってはそれさえも些事。

「お前……その力は……!?」

一人のオーヴァードが扱えるシンドロームは多くて二つまで。少なくとも今の彼は三つのシンドロームを操る存在など知らない。

そして黒鉄が有していたのはハヌマーンとノイマン、その二つだけのはず。なのに彼が行使したのは、明らかにブラックドッグの力。

有り得ぬはずの力。有り得ぬはずの存在。

それでも、それはそこにいる。

最大最凶の脅威として、かつての相棒がそこに。

その彼は、先の問いに徐に口を開く。

「目覚めたのさ。俺が楓を殺した、あの日に」

その口元は笑うように歪んで、けれどその瞳は悲しみに満ち溢れていて。

「それは……一体どういう……!?」

「皮肉なものだろう?彼女を殺した俺に、彼女と同じ力が宿るなんて」

閃光。黒の混じった、蒼き雷光。

彼の憎しみに呼応するように、その光は激しく、音を立てて辺りを焼き尽くす。たった一糸、それさえも命を焼くには十分な程の熱を有していて。


「さあ、続きと行こう。お前も本気を出したようだしな」

「俺は最初から本気だ……テメェが相手なんだから余計に手を抜くわけねえだろ……」

「……まさか、気づいていないのか?」

ふと、彼の言葉に少年は己が顔を剣に映す。見れば歪に、目の前の彼よりも嗤いに嗤った己の姿。

それは、誰かを殺す為の己の顕れ。知ってはいた、己の中にこのような存在がいる事は。

けれど今は違う。今は彼を殺したいとは願っていない。それなのに————

「躊躇う必要ないだろう。俺もお前も、敵を殺す為に技を磨き上げ、ここまで生き延びた。そして俺とお前は今、敵同士だ。それともまさか、俺は殺せないとでも言うのか?」

「当たり前だろ……お前は……!!」

そこから先、続けようとして言葉が詰まる。今一度その冷めた眼を、憎しみに満ちたその瞳を見てしまったから。

「……そうだろうな、お前は。お前という人間はそういうと思ったさ」

彼はその手にナイフを携え、即座に距離を詰めて。

「だが、お前は敵だ」

雷纏いし刃がその首めがけて飛ぶ。その命を容赦なく狩る死神の鎌のように。

「ぐ……!」

刃で受けて、弾かれる。ガラ空きになった胴体に蹴りが飛ぶ。


痛みが熱となってじわり、じわりと広がっていく。開いた傷口から血が滲む。

されどその痛みを感じる間も無く、次の一手。その手に握られた短機関銃が稲本目掛け軽快な音と共に火を吹く。

「っ……の野郎!!」

繰り出すは"六之太刀 十六夜"。空を斬り裂く十六の斬撃。甲高い音が空に、鈍い金属の音が地に響く。

全ての音が鳴り止むと同時、納刀。眼前、落ちる弾倉。

装填リロードの隙を逃すことなく、軽やかな一歩でその距離を詰めて。

「————っ」

その脚が止まる。思いがけぬ痛みに体芯が揺らぐ。右脚を起点に痺れ、正面見やれば、白き煙の上がる短機関銃。

————釣られた。

全ての結果を見て彼は理解する。

全弾撃ち切ったと思わされた。けれど黒鉄は薬室に一発だけ残して再装填リロードする素振りだけを見せた。彼に真っ直ぐ、最短で近付かせるために。その視界を狭めるために。

その思惑通り、彼は真っ直ぐと距離を詰めようとして、その脚を雷込めた弾丸に撃ち抜かれた。そして僅かに下がった頭部。そこに一撃、衝撃。意識を刈り取るような、鋭い蹴りが叩き込まれた。



一撃にその体躯が飛ぶ。頭蓋が砕けるような衝撃。それを受けても尚、彼は戦意を失う事なく再び立ち上がろうとする。だが脳を揺らされ、加えて雷に痺れ思うように体は動かず、立ち上がるよりも早くその眉間に銃口を突きつけられた。

「まだ立つか」

「ってえな……。本当に容赦もクソもねえってか……!」

「当たり前だ。容赦する道理などない。欺瞞に満ちた貴様らには尚更な」

その声は変わらず抑揚なく、冷静を保ち続けていて。けれど声の端々から抑え切れない憎しみが彼の肌を突き刺す。

「確かに俺たちのやってきた事は正義とは言えねえかもしれねえ……。けど、それでも、楓や真奈ちゃんの日常を守るために戦ってきたんじゃねえのか……お前は……!」

その言葉に銃把グリップは強く握られ、ギッと奥歯を噛み締めて。

「なら……貴様らは何故その日常を守る彼女を……大勢の人間を殺してまで力を得る事を望んだ……!!」

強く、未だ熱の冷めぬ銃口を押し当てる。

「一体お前は何を————」

「あの日のカスケード社によるテロは、協力関係にあった『13』によって引き起こされた……レネゲイドビーイングを用いた兵器のテストとしてな……!!」

怒り、と共に吐き出された言葉。

「どう、いう……」

「どうもこうも真実をいったまでだ……!貴様ら『13』には無辜の民を犠牲にしてまで得たい力が、成し遂げたい野望がある……!そしてその結果、数多もの人々の命が奪われた……!」

彼が語る真実には根も葉もなく、あまりにも根拠のない信じられぬ内容で。

「それを知っても貴様はそちら側につくのか……?貴様は、それでも『13』は正義だと言うのか……!!」

「それ……は……」

けれど怒りはあまりにも真っ直ぐで、稲本にもその言葉を真っ向から否定することなどできなかった。


言葉を失う彼、訪れる静寂。ポツポツと降る雨の音だけが響くその中で、彼は静かに口を開く。

「あの日、楓は襲われた人々を逃すために戦った。何の益にもならない、ただ見ず知らずの誰かに笑っていて欲しい。そんな理由だけで彼女は戦った」

————憧れていた。

彼女という人間に、誰よりも正義の味方というに相応しい、そんな生き方に。

誰かのために生きる彼女のその在り方に憧れていた。

「そんな彼女の命さえも、貴様らは奪ったんだ……!!」

だからこそ許せない。彼女を奪った『13』を、そんな組織を許したUGNを。そして、何より————



「……わからねえよ。何が正義だとか、そもそも『13』が正しいのかどうかも……」

少年は口を開く。頭の中で点と点が結びついて一つの線となろうとしている。それが、これまで戦い続けてきた己さえも否定する事にさえ彼は気付いていた。

それでも————

「だが一つだけ、確かなことがある……!!」

「っ……!!」

静かなれど明確な、肌を裂くような殺気。

黒鉄は咄嗟に引鉄を引いて、けれど撃鉄が落ちるより早く彼が動く。その弾丸は頬を掠め、赤が散って。

「今のお前が、気に入らねえ……!!」

「がッ……!?」

全力で叩き込む。握りしめた拳を、その体躯に。

「お前の言う正しさを否定する、お前自身が……!!」

その一撃に正しさなどはなく、ただ己の意志だけをその手に込めて。


「第三ラウンドといこうぜ、黒鉄……」

頰から流れる血を塗りたぐるように拭い、右手に刀を創り上げて、嗤う。

「『13』なんざどうだっていい……」

歪に、されど悲しげに。

「俺はお前を止める……俺自身の意志で……!」

その言葉に、彼も嗤い返して。

「お前が阻むと言うなら殺してくれよう……俺の手で、"ヌル"として!!」

蒼雷纏う。曇天さえ焼く、激しい雷糸をその身に宿して。


これは、二人の長きに渡る因縁の始まりの戦い。

そしてその戦いは、一つの終わりを迎える。


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