第4話 強襲
16:00 H市 カスケード社 地下駐車場
日はまだ沈まず、人々の営みが続く時刻。人の歩みはあれど姿気配を隠した彼らを捉えることのできる者は無く。
「こちらブレイズ、ゼロと共に潜入に成功した。これより作戦を開始する」
レイモンド、稲本の二人は誰に気づかれずに潜入ポイントに無事到達した。
「さっさと終わらせてかき氷でも食いてえなぁ」
「ったくお前は緊張感のない……」
緊張感はないにしてもそれでも既に戦闘態勢は整えており、嗜めるにしても最低限で済ませる。
レイモンド・ディランディという青年は、隊長たる陣内が殆ど戦場に出ないが故にいつも隊長の代わりと癖ありのメンバー達をまとめ上げてきた。それは年長者だからの務めであると同時に、責任感の強い彼自身の希望もあって。
「任務が終わったらかき氷の一つや二つ、食わせてやるから真面目にやるぞ」
「分かってるよ」
この場の誰よりも落ち着き神経を張り詰め、それでいて一番肩の力を抜いていた。
そして慣れた手つきで通気口のネジを取り外して、二人は身を捩りながら奥へ奥へと進んでいく。
「狭い……」
「外はどうなってるか……」
「まあ、ヌルやクイーンがいるんだ。余程のことが無ければ大丈夫だろ」
「まあ、それはそうなんだけどよ……」
「どうした?」
「……何か、何か嫌な予感がする」
「お前の勘が当たらなければいいんだが」
そう彼らは小声で、この距離でありながらも無線を使いながら会話をして。
目標のポイントに辿り着き、格子を外す。
なるべく音を立てずに、確実に。
力強く身体を押し出してその場所に立てば、眼前に広がるは数々の実験の跡が残ったままの研究施設。確実にこの場所で何かの試験を行なっていたであろう痕跡。
そして、
「よく来たな『13』、ディセインの尖兵共よ」
大剣携し、一人の男が彼らを待ち受けていた。
※
同時刻 H市 ビル屋上
「こちらヌル、狙撃ポイントにて索敵行動を開始」
「クイーン、粒子散布完了。作戦区域全体を私の領域にしたわ」
『ありがとう二人とも。引き続き備えてくれ』
陣内からの通信が途切れ、静寂が訪れる。嵐の前のような静けさ。二人は佇むように、フェイスハイダー越しに景色を眺めながら、その神経を極限まで張り詰めていく。
「ねえ、ヌル」
その中で、久遠が彼に言葉をかける。
「貴方は今回の件、どう思ってる?」
「どう思うも何も、いつも通り任務をこなすだけだ」
「そうよね。貴方は相変わらずというか、命令に従うだけの兵器だものね」
彼女は呆れるように小さくため息をついて。
「ああ、ただ————」
「ただ?」
「何か違和感はある」
「……そうよね、やっぱり"普通すぎる"」
「やはり、お前も思うか」
互いにそれ以上は何か出来るわけではない。けれどそれでも心構えはできるから。
「でも、こうやって利用されっぱなしなのも癪よね」
「それは、お前自身がずっとそうだからか?」
「それは貴方もそうでしょ、人工オーヴァード兵器"ヌル"。何か思ったりとかはないの?」
「そういう思考や感情は消されている。お前から見れば歪かもしれないけどな」
「……ええ、そうね」
私は西園寺財閥のいらない子として捨てられて、大人に利用され続けてきたのに。そんな想いさえしていない彼が少し羨ましいとさえ思えた。
だが、そんな思考も束の間。
『緊急事態だ、二人とも』
突如入る通信。落ち着きながらも厳かな口調の陣内。
「こちらヌル、状況は」
『市街地を中心にジャームが大量発生。数は優に十を超え既に被害が生じ始めている。これより正規部隊も制圧に動きだす。お前たちも彼らと協力して迎撃に当たれ』
「了解。との事だ、クイーン」
「なら貴方は機動力を活かして各地の支援に行ってあげて」
「お前は」
「私はここで戦域の味方の支援と敵への妨害工作……あとはそうね、区画の一つくらいは受け持ってあげても宜しくてよ?」
「無論、それくらいは余裕だろう」
そう言って彼はそのまま颯爽と飛び降り消えて行く。
その後ろ姿が気に食わない。同じ操り人形の癖に、操り人形のままでいる事をよしとして。
その癖本当はもう心を持ち始めているだろう、自分と余り変わらない癖に、何にも囚われてないような彼があまりにも気にいらなくて。
「……ええ。二つや三つ、余裕で受け持ってあげるわよ」
舌打ちと共に己が領域を展開する。
ただ気に入らないものを全て壊すために。
女王として、全てをままにする為に。
※
「まさか、情報が漏れていたとはな」
稲本とブレイズが通気口を抜けたその先、培養液の並ぶ研究室で待ち構えるのは2mを超える幅広の大剣を持った男。
「情報が漏れていた?ハナから予定通りの間違いではないかね?」
その男は大剣を軽々と振り回し、不敵な笑みを浮かべながら二人を睨みつける。
「予定通り……?」
「ああそうか、君らも利用されたというわけだろうな」
そう言えば、男はその剣を振りかざして一気に跳躍。即座に間合いを詰める。
「避けろ!!」
「逃さんよ」
咄嗟に回避行動に移るブレイズ。だが同時にこの斬撃は避け切れないと判断する稲本。
ならば、と正面からその鋼刃を受け止める。
が、衝撃。
刃を通じてその有り余る力が彼の手を砕く様に走り伝わる。
「離れろ!!」
瞬間、業火が男を飲む。ブレイズの猛炎は優に鉄をも溶かす灼熱の嵐が如く。
だが、その火力をもってしても、
「悪くない火力だが、所詮この程度か」
彼にはそれも通じつつ、涼しげな顔で再度その口角を釣り上げた。
「五之太刀————」
だがそれでも少年は止まらず、その構えのままに一気に間合いを詰める。
「暁月————ッ!!」
放たれるは渾身の刺突。守りを許さぬ必殺の平突き。
「遅い!!」
だがそれさえも読み切られ回避され。
「っ……!!」
繰り出される大剣の斬撃の勢いを辛うじて受け流し、宙に放り投げられるように彼は壁に叩きつけられた。
「ゼロ!!」
「よそ見などしてる暇はあるのかい?」
振りかざされる大剣、ブレイズはとっさに自身の周りに火柱を立て彼の追撃を防ぐ。
カウンターを警戒したか男は一歩僅かに後ずさる。
「まだ……だ……!!」
その一歩を逃す事なく、彼は不可避の斬撃たる四之太刀でその身を捉えんとした。
だが、散るのは赤き鮮血ならず。彼の眼前に散ったは白き鋼の粒。
「守りが……硬え……!!」
恐らく彼の殺気を先に捉えたか、その斬撃が繰り出されるよりも早く身構えた彼の守りがその刃さえも打ち砕き。
「少年、貴様から死に晒せ!!」
振り抜かれる。その大剣は少年の回避なども嘲笑うかのように大きくその場を薙いで。
「ゼロ!!」
ブレイズの叫びと共に血を、腑を撒き散らしながら地に舞い落ちる稲本。
「く……そ……」
レネゲイドの力により肉体はある程度再生するが、その傷は決して浅いものではない。
「どうした、その程度か特務部隊。」
「俺たちのことをどこまで知っているんだ……貴様は……!!」
ブレイズは炎で剣を作り出し、男に向けて睨みつける。だが同時、彼がそこから踏み込む事はなく、むしろ言葉を投げかけてきて。
「少年。貴様、抑えて戦っているな?」
「…………」
「敵の言葉なんて聞くな……ゼロ」
稲本は答えはしない。けれど、鋭き刃の様な目付きで男を睨む。それが唯一の抵抗と言わぬばかりに。
「決して戦いに矜持を求めるわけではない。だが、全力を出さずとも勝てると思われるというのは些か腹が立つものだ」
そう告げて、彼はその大剣を振り上げる。だがその刀身は人の身はおろか、その天井にさえも届かん程まで伸びて。
「故に、茶番はこの場を持って終わらせよう」
そのまま水平に持ち替えて、既にそれはその部屋の壁に突き刺さり。
「あれは……避けられない……!!」
それはもはや彼らの死そのもの。この場で彼らの命を断つ不可避の斬獲。
「死ぬが良い」
無情に振り抜かれた剣は壁も、骨をも全てを砕きその命さえも打ち砕かんと振われた。
————跳ねる。
「なっ……?」
振われた刃が弧を描くように、彼らを避けるように空を斬り裂き、そして落ちれば地を削ぐように削って。
跳ねる起点となったその場に目を向ければ少年が白刃を抜いて、嗤っていた。
「ゼロ……お前……」
「お望みとあらば……見せてやるさ……」
瞬転、そう思えるほどの歩法で彼は即座にその間合いを詰めて。
「っ……!!」
抜刀。
頬の刃が掠めた跡が熱を帯び、赤がジワリと滲み滴り落ちる。
コンマ一秒、僅かでも遅れればその首を落とさん斬撃が繰り出された。
「ああ、クソ。惜しかったな……」
少年は刃を再び鞘に納め追撃の構えへと移る。
もはやその目に光はない。けれど口元は嗤っていてあまりに歪。まるで、無理矢理その顔に張り付けたかのように。
「俺もようやく温まってきた所だ。本気でやろうぜ、クソッタレ」
本能が感じる殺気。男はそれに対し僅かながらも恐怖を抱き、されど怯む事はなくその剣を彼に向ける。
「ああ良いさ。確実に仕留めてやろう、少年」
二つの獣が地を蹴り出す。
ただ目の前の標的を下さん、その為だけに。
※
同刻 H市 市街地
「キリがないな」
ナイフと拳銃片手に地上を駆け回り、ライフルを背負い次々と現れる獣が如きそれらを屠っていく。
植物型、機械型に動物型、さまざまなレネゲイドビーイングかEXレネゲイドか、どちらにせよ彼にとってそれらが殺すべき対象なのは変わらず。立ち塞がる全ての敵を殺し尽くして突き進む。
「隊長、戦況は」
『どの区域もギリギリ持たせてる状態だ。ただ、ひとつ気がかりなことがある』
「詳細を」
『イリーガルを含めた一個小隊がE地区にて反応がロストしている。ただE地区で確認された敵性反応は一つだ』
おかしい。明らかに戦力に対する被害が大きすぎる。
イリーガルを含めていたとしても一個小隊であれば並のジャーム程度制圧は余裕、被害が出たとしても撤退の余地はあっただろうに。
けれどその隙さえも与えられなかった。そうなれば敵はマスタークラスの敵か?ならばそれ相応の対策を講じねば無駄死にしかねない。何方にせよ俺たちの誰かが向かわねばならないのならば。
「これよりヌル、E地区に向かい対象の排除を試みる」
『ああ、頼んだよ。僕はC地区の方の対処に向かう』
「了解」
そうして現場の路地に辿り着けば既に激しい戦闘が繰り広げられた痕跡。
コンクリートは引き砕かれ爪の痕が残り、それに加えて点々と焼け焦げた痕も残る。
「キュマイラと……これはブラックドッグの戦闘痕か?」
他にも弾痕や剣の裂いた痕も残るが明らかに数が先程の物と比べれば少なく、交戦時間が短かったことも窺える。
故に恐らく敵生体はブラックドッグか、キュマイラのいずれか。前者ならば距離を詰めての白兵戦、後者ならば罠や遠距離による搦手で追い詰める。だがそんな思考の傍ら、一つの戦闘痕に目が吸い寄せられる。
無機質で、融けることも削られることもなく
あまりに歪で、これが何のために何故つけられたのか、そもそも何の能力によって残されたのかも即座に判別することはできず。
瞬間、殺気。
「っ……!!」
影が彼を覆い、その接近を報せる。
「クワセロ……!!」
上空に目を向ければ鋭き爪を携えし、"黒き仮面"を纏し獣の姿。
「クソ……接近を許したか……!!」
振り下ろされる爪に向けて弾丸を放つ。その勢いを殺し猶予を生んで、閃光弾を放り投げながら後方へと足を運ぶ。
されどそれは逃げることなど許さず。
「何だ……これは……!?」
無数の黒き触腕、そう形容すべき攻撃が構造物を抉りながら彼に襲いかかる。
「チィッ……!!」
未知の攻撃に僅かに反応が遅れる。一つ、二つと避けることはできたが三つ目、着地と同時にそれは彼を捕らえんとして。
————閃光。
一条の紅き稲光がその影を撃ち抜き、雷糸と共にその黒は弾け散る。
その狙いは迷いなく、流れ弾でもなく確かに彼を守るように放たれて。
「大丈夫!?コイツは私が食い止めるから君は逃げて!!」
そう言いながら、颯爽と一人の少女が彼の前に降り立つ。栗色の髪をなびかせた、紅い雷を纏いし傷だらけの少女。
そしてそれは、彼があまりにも見慣れた少女そのもの。
「楓……!?」
「蒼也!?」
彼の前に降り立ったのは四ヶ谷楓、その人だったのだ。
「こんな所で何をしている!?」
「何って、アイツからみんなを逃がしてたのよ……!!」
そういえば確かにこの辺りの民間人は明らかに少ない。恐らくそれは彼女の言う通り彼女がこの存在を食い止めていたからこそなのだろう。
だがそう彼らが会話を交わす間に獣は既に距離を詰め、その爪を大きく振りかぶる。
「オマエダ……オマエヲ……!!」
その狙いは黒鉄ではなく楓。
瞬間、獣の顔面目掛けて繰り出される黒鉄の鋭い蹴り。一切の容赦もなく、それは仮面さえも叩き割らん勢いで繰り出され。
「どっか行って!!」
同時、赤き雷の槍が射出。黒き獣を貫き、それは地を転がり倒れ伏す。
「っ……倒し……た……?」
「いや、まだだ」
跳ね起きる。人のそれとは、いや生物のそれとは思えぬ動きでそれは身体を起こし再度黒き影のような爪を纏いて彼らに夥しい程の殺気を向ける。
「ここは俺に任せてお前はこのまま避難しろ」
黒鉄もナイフと拳銃を構え、冷き照準の中心にそれを捉えた。が、
「嫌。私もここに残って戦う」
「……何を言ってる?」
思わぬ答えに言葉が漏れ出た。
ただ少女もただの駄々っ子で言っているわけではないようで。
「だって、アレは強い。出力だけが取り柄の私の力を受けても何度も立って起きあがってる。それに、さ」
黒鉄の方に微笑んで一言。
「蒼也と私なら、みんなを守れるでしょ?」
屈託も曇りもない笑顔で彼女はそう答えた。
「……好きにしろ」
もはや彼も彼女を止めることは出来ないと受け入れ、いいや彼女らしいとほんの少し微笑んで。
「ん?蒼也、笑った?」
「気のせいだ。前方に集中しろ……!!」
同時、
発火炎と共に薬莢が宙を舞い、獣の眉間目掛け弾丸が飛んだ。
引鉄は引かれ、全ての舞台が動き出す。
ただ一つの結末、黙示へと。
そして、虚へと。
続
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます