第36話 粛々と進めるべし
辺境伯領は占領されていると聞いていたが、俺の想像していた占領地と少し違っていた。
辺境伯領との境目に鉄条網でもあって警戒に当たっているのかと思いきや、兵士の姿一つない。鉄条網は言い過ぎにしても、反撃に来ることを想定していないのか?
辺境伯に近しい筋から聞いたところ、領都を抑えられているのだと分かった。
人口の半分以上が集中する領都を占拠すれば、実質辺境伯領を占領したことと変わらないのだそうだ。
なるほど。理にかなっている。
広い領内に兵を分散させれば、ガルシア王国の逆撃になすすべもない。ガルシア王国としても領都を抑えなければ辺境伯領が立ち行かないわけで、必ず領都に攻め寄せる。
ガルシア王国とダブランダー一派も無策というわけじゃなく、ちゃんと考えて作戦行動をしているというわけか。
俺にとっては一か所にまとまっていてくれた方が都合が良い。一回でオハナシが終了するし、各個撃破していく必要もなくなる。
「他国ってのが少し厄介かもなあ」
「そうなのですか?」
つい言葉をついて出てしまったようだ。後ろに乗るカルミアが不思議そうに問い返してくる。
「宰相にしても、辺境伯らにしても敵対関係にはあったけど、何のかんので身内だろ」
「次は違うのですか? 確か、次も人間ですよね?」
「そっか。カルミアは森エルフなので、その辺の感覚が異なるのかな」
「違うのですか? 身内とおっしゃったので、いがみ合っていても殺し合いになるまではしたくないということですよね?」
身内という括りの考え方は似ている。同じ釜の飯を食った仲だし、隣人同士で喧嘩をしたにしても流血沙汰にせずに済むならそうしたいって気持ちを心のどこかに持っているものだ。なので、圧倒的な力を見せ「オハナシ」を聞かせることができた。
辺境伯や伯爵自身が交戦の意欲を見せたとしても、彼らの抱える兵がついていかない。彼らが攻める先は同国なのだから、心理的な障害がある。
動揺しえん戦気分になっている兵を無理に動かそうとすれば、最悪離反し、俺たちにつく可能性もあるからな。
だけど、他国となると反応がまるで異なる。
他国は隣人同士じゃない。領土が広がるとなると、新たな利権も産むし心理的な弊害もないから宰相や辺境伯のようにあっさりとオハナシを聞いてくれるか出たとこ勝負になってしまう。ダブランダー一派も噛んでいるので、そこを利用し反目させるとか搦め手も考えておかないとな。
「人間の場合は国が異なると違う種族みたいなものなんだよ。といってもこの国とガルシア王国の考え方は分からないけどね」
「人間とは不思議なものですね」
「みんなが森エルフのようならいいんだけど。ままならないものだ」
「レンさんは優しい人です! だから、人間も森エルフと変わらないんだと、わたしは信じています」
「俺が優しいってのは……いや、ありがとう」
「わたし、嘘は言いません」
価値観が異なることは重々承知している。
俺の感覚だと、自分は「優しい人」なんて口が裂けても言えないよなあ……。かなりあこぎなことをやろうとしているわけだし。
カルミアの言わんとしていることも理解できるんだ。
彼女は俺が死者を出さないようにするため尽力しているから、「優しい」と言っているのだろう。
喧嘩を止めるために自分が傷つくかもしれないけど、出張って行く……と捉えればそう思うのかもしれない。
もちろん、善意で仲裁になんて向かっているわけじゃないんだけどさ。
森エルフの彼女には国家という組織ならではのドロドロな駆け引きなんて蚊帳の外。そのようなものは森エルフの社会じゃ無縁のことなのだから。
◇◇◇
「うまくいってよかったですね! 同じ人間同士なのですから、やはりお話しすれば分かってくれるのですね」
「……そ、そうだな」
領都についた途端、俺やパンダが何かをする前に白旗が上がったのだ。
矛を交えるまでもなく降伏したことに狐につままれたような気分になったよ……。茫然として言葉が何も出てこなかった。
ガルシア王国とダブランダー一派の連合軍の兵力は辺境伯軍の半分程度だったと後から聞いたのだが、それでも釈然としねえ。
無傷のまま辺境伯軍が戻ってきたとはいえ、即降伏するのだったら初めから攻めてくるなよ! と言いたい。問い詰めたい。
「レンさん、まだ難しい顔をしているんですか? こっち向いてください」
「断る。前を見ていないと危ないからな」
パンダに乗車中だから、ちゃんと運転しなきゃなんないんだぞ。
決して後ろに乗るカルミアへ納得いっていない自分の顔を見られたくないからではない。
ピトッ。
突如右頬がくすぐったくなったと思ったら、ひと肌の柔らかい感触が。
ぺとっとカルミアの頬が俺の頬に引っ付いていたものだから、思わず顔を左へ動かす。
な、なんだよ。その満面の笑顔は。
「やっと笑ってくれました」
「こ、これは引きつっているというんだよ」
「今は笑ってくれてます」
「そうだな。心配かけたな。死者なくここまでこれたんだから大万歳だよな、うん」
「はい!」
ぎゅっと後ろから抱きしめてきたカルミアが俺の肩に自分の顎を乗せる。
恋人同士のような距離感に困惑してしまうよ。森エルフの距離感と日本人の距離感の違いは大きい。
外国だとハグは当たり前というが、頬っぺたをぴたーっとされたりはさすがにないだろ。森エルフ界は恐るべしだ。
水浴びの件といい、いや、水浴びは環境的に仕方ないのか。
『ひょろ僧が発情期なようです』
「こ、こいつ!」
「ダメですうー」
「さすがに騎乗中だし、首を締めたりとかはしないって」
「ですよね」
「うんうん」
パンダめ。的確に突っ込みを入れてくるじゃねえか。
そういやパンダって雄雌とかあるのかな。
森エルフの話を聞いている限り、パンダって精霊に近い存在ぽいし。超長寿だったっけか。
ただの動物に見えるけど、俺の知る生命体の定義とは異なるのかもしれない。
それにしては、こう、何というか。俗物だよな。
『欲望の塊のひょろ憎には言われたくない、ようです』
「俺は何も言ってねえ!」
ひょっとしたらこいつ、心の声が読めたりするんだろうか。
まさか。そんなことはないだろ。は、ははは。
「王都に戻ってからが第二の正念場だ。無事に森エルフの村へ帰還するまで気を抜かないようにしなきゃな」
「はい! 王都には大和さんもロザリオさんもいらっしゃいます」
「うん。ここまでは何とかなったんだ。きっと大丈夫さ」
『パンダは笹が食べたいようです』
ここでかよ。相変わらず、全く空気を読まないパンダであった。
それでこそパンダなのだがね。
※新作はじめました、是非是非、フォローしていってくださいー。
拝啓、無人島でスローライフはじめました
https://kakuyomu.jp/works/16816452220889798040
ソロで何もないところからちまちま道具を作って釣りをしてのんびり生活をしていくお話しです。ざまあや世知辛い生活に疲れた方へ、、。もふもふんも出ます。チート感はかなり薄いです。
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