第15話 でれでれ

 ええ。現在水浴び中でございます。

 俺ではなくて、二人が。

 

「入らないのか? 中々気持ちよいぞ」


 人の気も知らないで背後からアザレアが誘ってくる。

 ぺったんこのカルミアならともかく、アザレアとなるといろいろマズイ。

 カルミアだけの感覚と思っていたが、どうも森エルフの共通認識だったとなるからたちが悪い。

 何がって? 水浴びだよ。水浴び。


「人間は男女別れて行水する習慣があるんだって」

「そうだとしても、男が恥ずかしがるものなのか? 人間とは我らからすると不可思議に過ぎる」

「そこは、俺の倫理感ってやつだよ。こら、こっちにくるな!」

「面白いな。そなたは」


 見てない見てない。アザレアが池からあがってきて背後にいるのは分かっているが、前を向いている限りセーフだ。

 彼女らが羞恥心を感じる時ってどんな時なんだ? カルミアはともかく、アザレアは昨晩、艶ぽくはあった。

 水浴び以外で裸を見せると恥ずかしい? のかもしれん。

 裸……もやもや……だあああ!

 

 手を上にあげ念じる。

 バシャアアア。

 頭から水が滝のように振ってきた。


「心頭滅却。邪念よ、去るのだ」

「なんだ。水浴びをしたかったのではないか」

「決して違う。先に戻っているよ。じっくりゆっくり水浴びして戻ってきてくれ」

「濡れたままで行くのか?」

「そのうち乾くさ。それにほら、パンダが呼んでいる」


 グルルルルル

 というパンダの腹の音がさっきから聞こえてくるのだ。

 腹減っているなら自分から来いと無視していたけど、今はそれが都合が良い。

 アザレアも納得した様子で、「ならば早くいかねばな」なんてあっさりと俺を送り出してくれた。

 

 あ、拗ねてる。

 小屋のある広場まで行くとひっくり返ったパンダが首だけを左右に振っていた。

 いつもならゴロゴロ転がって遊んでいるのに、放置し過ぎたか?

 しかし、全くもって微塵たりとも可哀そうとかそんな気持ちは沸いてこない。むしろ、怒りがふつふつと湧いてくる。

 

「腹の音じゃなくて唸ってただけかよ!」

『パンダは満腹なようです』

「そうだよな。水浴びに行く前にたんまりと笹を置いて行ったからな」

『ひょろ憎で遊んでみたかっただけ、なようです』

「こ、このやろおおお!」


 もう堪忍袋の緒が切れた!

 思いっきり蹴飛ばしてやろうとパンダににじり寄ったら、奴はゴロンゴロンと転がり俺から距離をとる。

 走って逃げるならともかく、転がるとはどこまでも俺を舐めていやがるな。

 しかし、寄ろうとしてもゴロンゴロンされてまるで近寄れねえ。

 更に腹の立つことに、横にゴロンゴロンするだけじゃなく、前転までして挑発してくるのだ。

 

『所詮、ひょろ増はひょろ憎な、ようです』

「むきいいい!」


 仕方ねえ。モンスターに襲われた時に使おうと思っていたとっておきを見せてやるしかないようだな。

 ゆらりと右手をあげ、パンダにかましてやろうとした時、不幸にも後ろから誰かに羽交い締めにされてしまった。

 

「神獣をいじめたらダメですうう」

「カルミア、いつの間に。離せ、離すのだ」

「離しません」


 見ろよ、パンダの野郎を。

 これみよがしに目の前でゴロンゴロンしているんだぞ!

 今回ばかりは羽交い締めにされたからといって諦めねえ。

 今日の俺は違うのだあああ。

 

 バタバタと手を振るが、カルミアもさせじとうまい具合に関節を固めてくる。

 

「まあ落ち着け」

「これが落ち着いていられるくああ」

「言葉が変になっているぞ」


 俺を落ち着かせようと肩に手を乗せてくるアザレアであったが、それでも俺は諦めぬぞ。

 むにゅう。むにゅん。


「ひゃ」

「ご、ごめん」

「落ち着いたか」

「は、はい」


 鷲掴みにしてしまった。どこがとは言わずとも分かるよな?

 

『ざまあみろ、なようです』

「こ、こいつめ……」


 悠々とお座りしたパンダがふふーんと顎をあげ頭に手をやった。

 

「あ、愛らし過ぎる」

「お茶目さんですね」


 これにわなわな震えるアザレアと俺を後ろから抱きしめたまま感想を漏らすカルミア。


「アザレア。わしゃわしゃしたかったらしてもいいと思う」

「神獣になど畏れ多い」

「いいよな、パンダ?」

『森エルフなら許す。だが、しゃば憎、お前はダメだ。なようです』


 呼び方が毎回変わってないか。ワザとやってんだよな。まあいいやもう。

 これがパンダなりの俺に対する愛情表現なんだと思うことに……できるか!

 パンダがいれば、森エルフが植物育成やらその他の魔法をバンバン使うことができる。

 そうだ。パンダがいればこそ。多少うっとおしいのも我慢……できる時はしよう。

 

「触れてもよいんだってさ」

「そ、そうか。で、では失礼して……いや、待て。今更ながら本当なのだな。そなたが神獣と会話できることは」

「族長はすぐに信じてくれたんだけどな」

「いや私とて信じていなかったわけではない。現にそなたは神獣を伴い村を訪れたではないか。しかし、我らと会話するかのように神獣も言葉を操るのだな。もう少し、感覚的なものだと思っていたのだ」

「なるほどな。パンダは感情を何となく伝えてくるんじゃなくて、人と会話しているのと同じ感じで喋る」


 会話をしつつもアザレアはじりじりとパンダに寄って行き、恐る恐るパンダへ手を伸ばす。

 もふんと彼女の細い指先がパンダの毛皮に吸い込まれて行った。

 彼女の凛とした顔が子供のようにぱああっとなり、頬が桜色に染まる。


「だ、抱きしめても」

「いいんじゃないかな」


 と俺が答えるよりはやく、彼女はぎゅうっとパンダの首元に抱き着く。

 そんなによいものかね? あのベッド。確かに柔らかで寝心地は悪くなかったがね。


「姉さん、とても嬉しそう」

「余程パンダが好きなんだな」

「神獣は可愛いですから」

「そうか……憎たらしいとかふてぶてしいというのが俺の感想だけどな」

「またまたあ」

「そろそろ離してくれてもいいんじゃないかな……さすがにアザレアが抱き着いているパンダをどうこうしようとはしないって」

「分かりました」


 カルミアがようやく拘束を解いてくれた。

 ふうと息をつき、首を左右に振る。


「アザレア。そろそろ本題に入りたいのだけど、いいかな?」

「わ、分かった」


 名残惜しそうにパンダから離れたアザレアがこちらに向き直った。


「結界の構成について相談したい」

「私にも案があるんだ。聞いてもらえるか?」

「もちろん。俺は森の精霊のことがまるで分らないから。助かる」

「先に私から話そう」


 先ほどまでのデレデレした顔はどこへやら。アザレアは元の凛とした顔に戻り、自らの考えを語り始める。

 

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