第14話 職業無職
ん、あの後ろ姿はアザレアだな。彼女達は姉妹なのだけど、髪色が微妙に違うのだ。カルミアは新緑を切り取ったかのようなハッキリとしたグリーンでアザレアは銀色交じりのくすんだアッシュグリーンとでも言えばいいのかな。
顔立ちもカルミアは幼い愛らしいといった雰囲気で、アザレアはキリっとした凛とした雰囲気を持つ。
ある意味対称的な二人なのだけど、姉妹もいろいろってものだな。うん。
彼女は畑に何かの種を撒いているところだった。畑作業は朝ごはんの後でも良かったんじゃないかな。
なんて思いつつも、彼女を手伝おうと後ろから声をかけた。
「おはよう。種撒きなら俺も手伝うよ」
「試しに撒いてみただけだ」
「お試しに、か。それって村から持ってきた種だよね」
「如何にも。カルミアから小麦が無いと聞いたものだからね。これではパンも食べることができないではないか」
「小麦は粉ひきとか手間がかかるから、二人だけだと難しかったかもな」
「確かに。今ならそなたに預けた道具がある。問題なかろう」
手でゴリゴリやる石臼と小麦の実をふるうための針のようなものが並んだ脱穀器はアイテムボックスに収納されている。
石臼で小麦の実を粉にするわけだが、俺一人だと上手くできる気がまるでしない。
最初はカルミアに教えてもらわなきゃ。こういった自給自足的なものって昔から憧れていたので、収穫が楽しみだ。
金色に染まるパンパンに実った穂を想像しにやにやする俺に対し、アザレアは両手を合わせ目を瞑る。
お、俺も祈りを捧げようかな。パンパンと手を合わせたところで、片目だけを開けた彼女にキッと睨まれた。
「集中が乱される。少しだけ静かにしていてもらえるか」
「分かった」
森エルフの祈りは繊細らしい。俺? 俺はなんまんだぶーって念じるだけだから楽なものだ。集中力も必要ない。
気を取り直したアザレアは両手を胸の前で合わせ、目を瞑る。
彼女の足もとから風が舞い、ふわりと長い髪とスカートを揺らす。
するとどうだろう。暖かな新緑の光が畑に降り注ぎ、芽が出てきたのだ!
みるみるうちに芽が成長し、見事な小麦の穂をつけた。
「あ、え」
「素晴らしいな。ここは。これほど魔力を使ったというのにもう全快だ。底がない」
「森の精霊ってやつか?」
「そうだとも。さすがにこの密度では過密に過ぎるがね」
「一瞬で回復するからか?」
「そんなところだ。過剰も良くない」
「かといって、たいして外と変わらないんだったら意味が無くなるしな」
「体調に影響がない程度まで薄めればよいのではないか」
「その辺、よくわからないから任せるよ」
こいつはすげえ。森エルフが十人いれば畑で作物が取れ放題じゃないか。
ん、でも作物を育てるには土に肥料とか、土壌がどうかとか細かいことも必要なんじゃなかったっけ。
それも魔法で解決できるのかもしれない。
森エルフたちは魔法を使って作物を育ててきたんだから、何らかの手段を持っているはず。
アザレアの様子を見る限り、ここまで劇的に小麦を成長させることはできなさそうだけど。ただし、森エルフの集落にいた場合という条件が付く。
精霊の密度が一定以上ならば、今みたいに一瞬で作物が収穫できるようになるのだ。
すげえ、やっぱすげえ魔法。
「お待たせしましたー」
てこてこと長い髪の毛を揺らしながらカルミアが声を張る。彼女は両手で抱え込むようにオレンジ色の果実を三つ持っていた。
彼女がいなかったのは、朝食を取りに行ってくれていたからか。
そんな彼女だったが、実った小麦に気が付いたのか立ち止まり、ポロリと果実を落としてしまった。
「姉さん! これは姉さんが?」
「一応な。試しにやってみたのだ」
「姉さんの魔法はすごいです!」
「そうでもないさ。カルミアもやってみるといい」
「また挑戦させてください! わたしは笹の木を暖めないと」
カルミアが落としたオレンジ色の果実を拾うと、慌てた様子で彼女も残りの果実を集めてくれた。
「これはオレンジかな?」
「マンダリンという果物です。寒くなってくると実るんですよ」
両手にマンダリンを掴んだカルミアは頬にそれらを寄せて、にこおっと微笑む。
そこでハッとしたように彼女は自分の服にマンダリンを擦り付けた。落ちたから汚れてしまったということかな。
それなら。
「カルミア。洗おうかそれ」
彼女の返答を待たずに自分が持っていたマンダリンを水で洗う。もちろん、アイテムボックスに溜め込んでいた水を使って。
同じようにして残りのマンダリンを洗ったマンダリンと交換して綺麗にした。
「私にとっては、そなたの空間魔法の方が驚きだよ」
「お互い様だよ」
呆れた様子で肩を竦めるアザレアにマンダリンを一個手渡す。
「一体どれほど巨大な空間なのだ。しかも、思ったものをそのまま取り出すことができるなど、前代未聞だ」
「は、はは。そうだ。さっき見せてくれた植物を育てる魔法って森エルフなら誰でも使えるってわけじゃないのかな?」
「得手不得手はあるが、それなりに修行をすれば誰でも先ほどくらいのことはできるようになる」
「カルミアは練習不足ってわけなのか?」
「……少しだけに違いない。カルミアは暖める魔法を使える。こちらの方が難しいんだ」
言葉を詰まらせたアザレアからは、妹思いなんだなあと思いついつい頬が緩む。
植物育成の魔法はそれほど難易度が高くないらしい。
「俺にも魔法って使えるのかな?」
「そなたは精霊を感じ取ることができないと聞いたが、誠か?」
「うん、まあ」
「ならば、森エルフの魔法を使うことはできないだろう。人間も魔法を使う者がいると聞いた。人間の扱う魔法ならあるいは」
「そっか……」
ワクワクしながら聞いてみたが、残念ながら俺には少なくとも彼女らの魔法を使うことはできないとのこと。
簡単そうに言うから俺でもと思ったが、やっぱり使えないのかよ。せっかく来た魔法のある世界だってのに、召喚特典とやらで使えるようにしてくれよ。
……そういうことか。
思い出して欲しい。俺のステータスを。
『名前:市ヶ谷蓮夜
職業:絶対働きたくない無職
職業特典:引きこもり用にアイテムボックス10倍!
能力:アイテムボックス、言語能力
スキル:無』
悪意しか感じない職業表記はともかく、大和の方はスキルに何か記載されていた。
ここに魔法があれば、魔法を使うことができるんじゃないか。召喚された際の職業によってスキルが決まるとかそういうのだと思う。
つまり、絶対無職たる俺はスキルが無しなので、まあ、なんだ。望みがないってことか。
ちくしょう! 仕方あるまい。森エルフの華麗な魔法を見て楽しむとするか。
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