第29話 防衛力

「熊肉うめええ」

「美味しそうに食べる姿は、いつ見ても……やはり理解できません」


 大きな目の瞼が半分ほど閉じ、苦笑いするカルミアの様子もいつものことだ。

 鉄扉を設置してからもう四日も経つのかあ。

 なんて考えながら、彼女の表情を気にせず火であぶり塩を振っただけの熊肉にかじりつく。

 肉質は悪くない。できればコショウとか臭みを消すことができる調味料があればいいんだが、贅沢は言ってられん。

 貴重な肉だからな。あれだけの巨体だから俺が食べ尽くすにはまだまだかかる。

 森エルフは道具用に鳥や猛獣を狩るらしいので、必要なものを取った後に肉をもらい受けよう。

 

「油まみれになっているぞ。気持ち悪い」


 来るなり両手に腰をあてて前かがみで胡乱な目を向けるアザレアに対し、そうかなあと口元を拭う。

 確かに、油ぎっているな。

 仕方ないじゃない、肉なんだもの。

 

 開き直っていたら、彼女は前かがみになったまま大きく首を左右に振る。違うものもぷるるんと震えた。

 揺らすのは構わないが、俺の目の前でやるのは頂けない。肉に集中できなくなるじゃないか。

 

「行くぞ」

「え、ええ。まだ食べてるのに」

「食べながらでいい。北側の扉だ」

「池の向こうか、骨とか食べた後にゴミが出るんだけど」

「アイテムボックスに収納すればいいだろ?」


 ごもっとも。なのだけど、ゴミを収納するのは気持ち的に余り気が進まな……ちょ、引っ張るな。

 まだ焼けた肉があるんだよおお。

 アザレアったら、力が強いんだから。

 あ、あああ。

 ずるずる動きながらも、恨めしそうにこんがり焼けてきた熊肉を見ていたら、カルミアが肉の刺さった串ごと持ってくれた。とても、嫌そうに。

 ついでといってはなんだが、地面に顎をつけ寝そべっていたパンダも立ち上がり、俺の尻を鼻先でつつく。

 分かったよ。行けばいいんだろ。もう。

 

 そんなわけで池を越え、北の鉄扉前までやって参りました。

 先に来ていたらしい村人が三名が「たのもー」と俺に挨拶をしてくる。

 アザレアは村人たちと真剣な顔で何やら言葉を交わしていた。

 

「扉の外で何か起こっている?」

「そうだな。元のままの私たちであれば、犠牲者が出ていたかもしれん」

「え、えっと。モンスターがここを狙っているってことか?」

「いかにも。日中はどうしても森の精霊が漏れ出す。餌の臭いに誘われる猛獣がごとく、モンスターが引き寄せられるというわけだ」


 死者が出るほどのモンスターが迫って来ているというのに、アザレアは随分余裕を持った感じである。

 カルミアは不安そうに俺の服の裾を掴んでいるが、村人たちも特に取り乱した様子はない。

 そっか、パンダに頼めば問題ないってことだな。巨大な熊もワンパンだったし。

 

「笹を準備したほうがいいな」

「それには及ばん。私一人で十分だ」

「複数人でかかっても犠牲者が出るほどなんだろ?」

「『今まで』ならな。扉の中から外に攻撃するならばなんてことはない」


 お、そうか。結界の中は森の精霊で満たされている。魔法を使い放題だったんだっけ。

 一体どんなモンスターが来襲しているんだろと、扉の右手から外を見てみる。視界は良好なのだ。

 何しろ見えない壁は透明で視界を遮らないからな。

 

 遠目に映るは木々の間を動く爬虫類ぽいモンスターだった。

 ドラゴンのような顔にワニの足を長くして背中と尻尾にトゲトゲをつけたような巨体だ。

 足が八本もあり、くすんだ灰色と緑の間くらいの色をした鱗は鉄をも通さなそうな頑丈さを持っているように思える。

 全長は八メートルを軽く超える……と思うが、大きすぎて逆にサイズがよくわからない。

 

 内心、戦々恐々としていたらギギギギと鉄の扉が開く。

 反応したぞ!

 八本足の爬虫類がこちらに首を向けのそのそと歩き始めたではないか。

 

 っち。アザレアがやるというからには引く気はないよな。

 村人三人も彼女を見守っているだけで、動こうとはしない。

 なら俺が……ひっくり返って口をパクパクして遊んでいるパンダに笹をばら撒く。

 うんしょっとパンダの体勢を変えようとしたが、重い。ビクともしない。


『起き上がるから離れろ、だそうです』

「笹を食べるのにひっくり返っていたら食べられないものな」

『なめるな、ひょろ憎、だそうです』


 うわあ。仰向けのまま腕を伸ばし笹を食べ始めてしまった。そういう目的じゃないんだけどなあ……。

 笹をあげたらすぐに起き上がると思って。でも、待ちきれなくてパンダの体勢を変えようとしたわけだったのだが。


「いざという時は結界を閉じて欲しいんだよ」

『笹を食べるのに忙しい、ようです』

「ちょ。人命優先だろ」

「もがー」


 威嚇された!

 しかし、パンダは笹を決して手放さない。器用な奴だな。

 仕方ない。あれほどの巨体にどこまで時間が稼げるかまるで想像がつかないけど、いざという時はやれるだけやってみよう。

 

 不安から、服の裾を掴んでいたカルミアの手に自分の手を重ね、ギュッと握る。

 

「大丈夫です。姉さんはできることしか口にしません」

「うん。村人のみなさんもいることだし、今は見守ろう」


 カルミアに合わせてそんなことを言ったが、もちろん本音は別のことを考えていた。

 

「射程距離に入った。見せてやろう、レン。森エルフだとて森の精霊の力を借りれば中々なものだということを」


 そううそぶき、アザレアが両目を瞑り集中状態に入る。

 次の瞬間、握りしめた胸の前で合わせた拳の間から光の弓が出現した。

 彼女が腕を引くと、光の弦が引き絞られ同じく光でできた矢が生じる。

 

ヴァイス・ヴァーサ我と共に。森の精霊の弓」

「眩し!」


 光の強さが増していき、太陽を直視した時のように俺の目が焼かれてしまう。

 ドゴオオオン!

 何度も瞬きして音のした方を見やると、ようやく視界がクリアになってきた。

 光の矢は八本足の脳天を貫き、尻尾から抜けたのか?

 固い鱗も光の矢には無力だったようで、既に動かぬ躯と化していた。

 

「姉さん! すごいです!」

「私ではない。森の精霊の密度が素晴らしいのだよ」

「いや、魔法を使ったのはアザレアじゃないか」


 褒めるカルミアと謙遜するアザレアに俺も続く。

 苦笑するアザレアが魔法の解説をはじめる。 


「森の精霊の弓という魔法は、魔力を込めれば込めるほど青天井で威力が上昇するのだ」

「あ。森の精霊を使い放題だから、威力を極限まであげたってことか」

「いかにも。限界点はあると思うが、まだ魔力を込めることができそうだった」

「すげええ。これならドラゴンが来ても平気そうだな」

「あれも一応ドラゴンの一種なのだがな。外で出会っていたら、私一人では太刀打ちできん」


 へえ。そうなのか。

 後から聞いた話だけど、八本足はスワンプドラゴンと呼ばれる地竜の一種なんだってさ。

 空を狩場とする竜は飛竜。空を飛ぶことができるが地を狩場とする竜がドラゴン、竜と呼ばれてて、飛べない竜は地竜と呼ぶそうだ。

 

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