第30話 入場拒否

 今日は街に向かう日だ。あっという間だったなあ。大和と会ってからもう七日も経つのか。

 時の過ぎるのは早いものだ……。

 毎日いろいろあり過ぎて、真っ白けになりそうな勢いだった。

 

「どうしたんですか? ため息なんて」

「いや。いろいろ思い出していてさ」

『ひょろ憎だから仕方がない、ようです』


 パンダに乗り、心地いい風が髪の毛を撫でるも余り気分は変わらない。

 後ろからカルミアが心配して声をかけてくれる。悪い気はするが、この気持ちを彼女にぶちまけてしまおうか。

 ここなら彼女しかいないわけで、他の誰かに聞かれる心配もない。

 結界を拡大する前から一緒にいる彼女なら少しは俺の気持ちに理解を示してくれるかもしれないし?

 

「森の中がこんなに恐ろしいところだなんて思ってなかったんだよ」

「それですか。わたしもです。姉さんや族長は予想していたみたいですけど」


 スワンプドラゴンだっけ? あの恐ろし気な地竜だけじゃなく次の日もまたその次の日も竜種やそれに類する強力な魔物が結界に近寄ってきたんだよ。

 アザレア曰く、森の精霊を好むモンスターだとのこと。

 ちなみに、スワンプドラゴンの肉はなかなかの美味だった。トゲトゲ部分と鱗は村の共有財産としてありがたく使わせてもらっている。


「森の構造はよくわからないけど、広大な面積を誇っているんだよな」

「はい。踏破するには結構大変だと聞いてます。神獣なら数日で駆け抜けるかもしれませんが」

『踏破したいなら笹をよこせ、なようです』


 すかさず突っ込みを入れてくるパンダはいつもの調子だ。

 ん、待てよ。今更ながら確認したいことが出てきたぞ。

 

「森の精霊というからには他の精霊もいるのかな?」

「はい。神獣住まう大森林では森の精霊が豊富に存在します。他にも月の精霊や風の精霊などいろんな精霊がいます」

『風の精霊、なようです』

「なるほどなあ。大森林に棲息しているから、森の精霊が大好きなモンスターが多いってのは頷ける」

「はい。森エルフもそうですし。お会いしたことはありませんが、精霊ごとに神獣や森エルフのような種族がいると聞いています」


 やはり精霊は複数いるのね。大森林全体が森の精霊が支配的なら、この状況も致し方ない。

 俺のファンタジー知識だとモンスターにはそれぞれ属性があって、属性によって好む好まないがあると思っていた。

 その考えもあながち間違えではなく、大森林のモンスターは「森の精霊」属性だったってわけだ。

  

「思った以上にモンスターが強力過ぎてな。アイテムボックスを使えば多少何とかなると思ってたんだけど、全然ダメそうで」

「わたしもまだまだ修行不足です! レンさんにはレンさんにしかできないことがいっぱいあるじゃないですか」


 前置きの雑談が終わったところで、本音を吐露するとカルミアが励ましの言葉をくれた。

 俺にしかできないこと。確かにアイテムボックスを使った物の移動とか、時間経過の無い生鮮食品の保管とか利用用途は沢山ある。

 アイテムボックスから先を尖らせた丸太を多数出せば猛獣の相手もできるかなと思っていたのだけど、火を噴くモンスター相手には心もとなさ過ぎるよな。

 ふわりと首に両手を巻きつけ自分の頬を俺の背中に寄せるカルミア。

 

「それだけじゃないです。レンさんのしてくださったこと。いっぱいあります! 姉さんとまた会う事ができました!」

「それは俺のためでもあったんだ。協力してくれてありがとうな」

「むうう。まだありますよ。神獣はレンさんからしか笹の葉を食べようとしないんですよ」

「そうだっけ」

『パンダは笹が食べたいようです』


 笹の葉に反応してパンダが笹の葉を要求してきた。

 指示もしていないのにパンダが速度を緩め、立ち止まる。

 はいはい。笹ですよお。

 パンダから降りてぞんざいに笹をばら撒く。


「痛え!」


 追加で笹をだしてやったってのに手から離れる前に喰いつきやがった。

 こ、こいつめ。

 

「カルミア。こいつが俺からしか笹の葉を食べない理由が分かったぞ」

「神獣がレンさんを最も信頼されているからですよね」

「いや、俺がいればいつでも手軽に笹を食べることができるからだ。あと、言葉が通じるから笹を要求できる」

「それが信頼の証では……」


 頬をひくつかせ戸惑うカルミアであったが、俺の考えは少し違う。

 信頼、信頼ねえ。

 利便性しか考えてないんじゃねえのか、パンダは。もっしゃもっしゃ笹を貪り喰らう彼の頭にそっと手を乗せる。

 

「もがー」

「分かったって。邪魔しないから」


 歯を見せお怒りになったぞ。

 うーん。信頼ってのは保留にしておこう。

 ガソリン補給が終わった俺たちは、再びパンダカーを走らせるのであった。

 

 ◇◇◇

 

 おお、たった七日の間に街の入場門が復活しているではないか。材質が変わっているけどね。

 外枠だけ鉄で補強して残りは木材になっている。

 これだけすぐに復旧されるということは、街にとって扉は欠かせない存在だったということか。

 ちょっとだけ罪悪感が募るが、俺を酷い目に合わせた奴らの金で復旧しているのだろうからと自分で自分に言い訳して気にしないことを決め込む。

 

 街の手前まで来たところで、森エルフ変身魔道具を使うか使わないか迷う。

 「下手人は森エルフの男」という大和の言葉を思い出したからだ。そもそも俺の顔を知る者は極わずかなわけで、リスクとしては森エルフに変身する方が高いと判断した。

 なので、変身はせずそのまま門まで突入する。

 

 ところが――。

 

「今は入場禁止だ。水と食糧、飼葉ならば街の外で販売している」

「昼間っから禁止なのか?」

「すまんな。辺境伯とアルザ王国が結託し王都に侵攻していると聞いている。しばらくは閉鎖になるのだ。行商も街の外で行っている」

「行商はどこで?」

「北と西門前に行くといい」

「分かった。ありがとう」

「お前さんも気をつけろよ。北には向かうな」


 なんと。戦争開始前になっていた。

 きな臭いったらありゃしねえ。まあ、王都であれだけ派手に派閥争いをしたら他国から侵攻される隙を見せまくりだよな。

 ええと、俺たちは西から来たのでこの門は東門だと思う。

 街の中に入れないとなると、どうやって大和と合流すりゃいいか、悩みどころだ。

 

「どうしますか?」

「ここでこのまま待つのが一番確実だと思う。大和たちだって俺たちが街に入ることができないことは分かっているだろうし」

 

 カルミアの問いに動くか動かないか逡巡したけど、移動せずに待つことに決めた。

 本当は冒険者ギルドで待ち合わせだったのだけどね。

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